第二十一話 快復と暴走
再び場所は、ヤキソバ達が居座っている、火山の麓の林にて。
この世界での時間は、既に夕暮れ時で、太陽が徐々に、橙色になりながら、火山の裏側に隠れようとしている。池の周りの木々の一部が倒れ引き抜かれ、その場はさっきよりも少し荒れていた。
そこで一行は、先程のように暇を持て余していたが、時折山の方から聞こえる音に耳を傾けて、険しい顔をしていたりしていた。
ドォオオオオオオン!
(またどっちかが火を噴いたか?)
噴火と思い違えるほどの轟音も、今は誰も驚かない。ガルゴとタンタンメンの激闘は、もう一時間近く続いている。
最初は召喚の精霊が、千里眼のモニターに映し出された激闘を、皆で緊張して見つめていた。だがそれも時間が来ると飽きが来る。
(もう一回見せてもらうか?)
池でぼんやりと、自作の釣り糸を垂れていたアデルが、重い腰を上げて立ち上がる。そして近くでずっと無言で浮いている召喚の精霊に声をかけようとしたとき。
「どうしたんだヤキソバ?」
ふと目に入ったのは、近くの倒木(さっきガルゴが、作業中に踏み倒した)の上に乗っかり、そこで身体を腹這いにして、だらしない恰好で寝そべっている姿であった。
暇だから寝ているのとは、どこか様子が違う。彼の目は妙に疲れ切っているように見える。そして妙にに荒く息をしており、舌を出して蒸気と化した息を吐いている。その姿は熱中症にかかった犬のようである。
「あら本当……どうしたのよあんた?」
「ヤキソバさん、風邪? ……なわけないよね」
他の面々もこれに気がつき、一様にヤキソバに視線を向けた。不死身の半緑人であるヤキソバが、病気にかかるわけがない。それがこんな姿を見せているということは、かなりの異常事態なのではなかろうか?
『どうなんだろうな? さっきからな……だいたい鷹丸があいつと一戦やり始めた辺りか? ちょっとずつ身体が火照ってきて……いまじゃこの有様だ。これって何なんだよおい……』
今までやせ我慢して誰にも言わなかったヤキソバも、人から指摘されてようやく自身の異常を口にする。ニーナが訝しげに、ヤキソバの身体に触れてみる。
「何かヤキソバの身体の、魔力と気の流れが、尋常じゃなく荒れているみたい。何となく前に測ったより、力が上がってるような……」
『覚醒し始めたのかもな。近くで同類が派手に力を出している影響だろう。いいじゃねえか。向こうに頼む前に、こっちの問題が解決しちまいそうだぜ』
召喚の精霊が、考えられる原因を、そう前向きに説明する。
日はどんどん下がり、太陽は完全に山の裏側に隠れる。山頂での戦闘の音が、祭り囃子のように盛大に鳴る中、この場所に夜の暗がりが訪れようとしていた。
『うん……これは?』
「どうした? ……おっ!?」
夜の訪れが来始めたとき、この場のにいる、感覚の鋭い者達から、次々と何かに気がつき始める。辺りに漂い始めた気配にである。
(空間が歪み始めてる!? 誰かが空間を越えて、ここに転移しようとしているの!?)
ニーナがそう推察し始めたとき、林の各所に、真っ赤な扉が開き始めた。それは先程、彼らがこの世界に通った門と、形は粗末なれど、とてもよく似ていた。
その歪んだ形の、いくつもの門から、何かが這いでようとしていた。
火山地帯は、今までになく荒れていた。溶岩池の周囲の大地は、クレーターが蜂の巣のように、大量に出来上がっていた。クレーター同士が重なって、変な形の大きな穴が、いくつも出来上がってしまっている。
溶岩池の岸辺近くにできたクレーターに、となりの池から溶岩が流れ込んで、溶岩池が更に広がっている。
この現状の元凶は、ここで暴れている二体の巨大生物。言うまでもなく、ガルゴとタンタンメンである。
(くそがっ! いつになったらこいつは気がおさまるんだよ!)
ガルゴが心の中で強く毒づく。ガルゴの身体は既にボロボロだった。頑強だった皮膚は半分近くが焼けただれ、血もあちこちから流れ出ている。
この五時間にわたる死闘で、彼は既にタンタンメンの攻撃を何度も受けていた。核爆発にも耐えうるはずのガルゴの肉体。それに傷つけると言うことは、このタンタンメンの攻撃は、核兵器以上の威力があるということ。
精霊の忠告を聞き入れ、彼はずっとタンタンメンの視界に居続けて、ひたすらに奴の攻撃を避け続けていた。
タンタンメンは決して溶岩池から出ようとしなかったため、電撃や火球などの遠距離攻撃をずっと放ち続けていた。
最初は狙いが悪く、ガルゴは苦もなく避け続けた。だが時間が経つにつれて、奴の狙いと連射速度が上昇し、ガルゴは次第に苦戦を強いられるようになる。そしてその結果が、今の現状である。
ガルゴは既に満身創痍で、これ以上機敏に攻撃を避けるのも難しい。だが決着はまだつかない。何故なら少し前から、タンタンメンが攻撃をしてこないからだ。
「グフー! グフー!」
荒々しい息を上げながら、ガルゴを睨み付けているタンタンメン。その姿からは、相当な疲労が見受けられる。
先程火球を一発放とうと、口を大きく開き、ガルゴはそれに身構えたが、結局攻撃は出なかった。口から僅かな量の火気が吹き出ただけで、結局不発に終わったのだ。力を消費しすぎて、相当参っているようだ。
だが奴の目からは、正気の目は見えず、未だに敵が参ってくれる様子はない。ガルゴもタンタンメンも、互いに限界を迎えていた。
「おーい! 鷹丸~~~!」
そうしていたら、唐突に緊張感を崩す間延びした声が聞こえてきた。ガルゴが振り向くと、麓から空中を駆け上がって、こちらに飛んでくる大きな鳥。それは巨大鳶のタカ丸に乗った翔子であった。
『何やってんだ翔子! 巻き添え喰いたいのか!?』
麓で待機していた筈の仲間が、いきなりこの戦闘区域に入り込んできた。これにガルゴは激昂するが、翔子の口から放たれたのは、更に彼を悩ませることであった。
「他の皆もこっちに昇ってきてる! 大変なの! あの亡霊達があっちの世界から、もう追ってきたの! 今皆でこっちまで逃げてるとこ!」
日が暮れ始め、亡霊達も活動可能になり始めた時間に、そう衝撃的な事実が告げられた。
『んなもん自分でどうにかしろよ!』
「無理っ! あいつら前の世界と同じで、どんなに斬っても、すぐ復活するの! タンタンメンはどうしたの!?」
『わりいが、まだ話しはできねえよ!』
先程から攻撃を全くせずジッとしているタンタンメンを見て、翔子は僅かな希望にすがるが、残念ながらそう都合良く行かない。
数千発に渡って、魔法を高出力で撃ち続けたタンタンメンは、疲労が重なり、しばし力が充分に使えないようになっているだけだ。タンタンメンの敵意の目は、今姿を現した翔子にも向けられている。
「あれから何時間も経ってるのに、どんだけ寝起きが悪いんだよ……」
あまりにしぶとく暴走を続けているタンタンメンに、翔子は驚き、そして盛大に呆れた。
『とにかくここはまだやばい! とっとと山を下りて、別の方に逃げろ!』
「うっ、うん!」
ガルゴの言葉を受けて、翔子はすぐに山を登っている途中に連絡を告げようとする。
「えっ?」
『……これは?』
「グルゥ?」
その場の全員が感じ取ったのは、麓から山を駆け上ってくる、とてつもない力を放出している何かの気配。それは暴走特急のような猛スピードで、ぐんぐん山を駆け上ってくる。勿論この山に、電車など走っていない。
(どんでもねえ魔力と気功力だ!? 誰だいったい!? 召喚の精霊……なわけねえな。あいつがあんなすごい力があるわけねえ……)
「何なの! 新種の亡霊!?」
考えてる先に、山の下の方から、粉塵が上げながら、そこに何かが駆け上がってくる。その正体不明の何かに、翔子とガルゴは当惑する。
もしこれが敵だとしたら、下の方にいた味方は全員やられ、今自分たちに襲いかかろうとしているという最悪のシナリオである。
『うぉおおおおおおおおおおーーーーーー!』
幸いなことに、その最悪のシナリオではなかったようだ。チーターさえも驚愕させるような速度で、山を駆け上っているのはヤキソバであった。
血走った目で、四本の足を目にも止まらす速度で動かし、彼はこの爆走登山してこちらに近づいてきている。
『おい、お前……』
頂上の火山地帯にまで上り詰めたヤキソバは、何かを言おうとしたガルゴの足下を通り抜ける。そしてこの山の主である、溶岩池に浸かりながら立ち上がってこちらを見ていた、タンタンメンの方にまで突っ込んだ。
そしてそこで急ブレーキ。ズザザザッ!と四本の足が大地を削り、大地を刃で斬ったかのような切れ込みを作りながら、彼はタンタンメンの前で静止し、目の前の巨体と対峙した。
『何してんだ! そいつは危ね……!?』
ガルゴとタンタンメンが対峙したとき、ガルゴはタンタンメンの様子が先程と変わっていることに気がつく。
今までタンタンメンから発せられていた、生身の人間ならその空気に触れるだけで即死しそうな、敵意の威圧感は、一瞬のうちに、夢の終わりのように消え去っていた。
タンタンメンの血走った目も、今は大分落ち着きを取り戻し始めていた。
『……ヤキソバ? あんた何してんのよ?』
この時になって初めて、タンタンメンが唸り声以外の声を上げた。
麒麟の声帯が人の言葉を話せるように出来ていないので、当然その声は魔法か何かの特殊能力で発せられたものだ。
その声は先程までの獣のような唸り声とは全く違う、少女のような年代の、若い女性の声であった。
大分力を使い続けて疲弊した状態で、古い知り合いと唐突に再会したことで、彼女の意識は完全に快復したらしい。
つまりこれで精霊の計画の一段階は成功したのである。
『ちょっと何か変よあんた。そんな無駄に力を垂れ流して……何かやばいことでもあった?』
友達に話すような気さくな口調で、ヤキソバに問いかけるタンタンメン。その巨体と、先程前の暴れぷりとは、あまりにかけ離れた姿である。
(あの気さくそうな姉ちゃんぽい声が、さっきまでクソみたいに暴れてた奴だと?)
今までこいつと死闘を繰り広げていたガルゴが、一番に違和感を感じ取っていた。しかしどうやら、これが彼女の素であるようだ。
その一方で、彼女の言うとおりヤキソバの様子がおかしい。その血走った目と、溢れ出る力は、先程までのタンタンメンと瓜二つ。怒れる麒麟が、大型の者から小型の者へと、移り変わったよう。
『ちょっとどうしたのよ! 私、あんたを怒らせるようなことした? それとも紺様から何か言いつけでもあんの?』
心配の声をかけるタンタンメン。それにヤキソバは、今まで俯いていた顔を持ち上げて、ゆっくりタンタンメンを、その怒りの目で見つめる。
『ぐおんどりゃぁああああああああ!』
叫ばれたのは意味不明の奇声。その小さな身体から放たれてとは思えないほどの大音量の声に、タンタンメンもガルゴも翔子も、動転する。
『身体があちいんだよ! すげえ苛つくんだよ! くそがぁああああ!』
発せられた言葉は、彼女の質問の答えになっていない激昂の言葉であった。亡霊出現前も様子がおかしかったが、今は更に酷くなっている。
当然ガルゴと翔子はますます当惑するが、タンタンメンの方は、それとは別の意味で驚いている。
『あんた……ヤキソバじゃないわね? いったい誰よ?』
(そういえばヤキソバって、本名じゃなかったっけ?)
ヤキソバの今の肉体の主が変わっていることに気づくタンタンメン。そしてそれを今になって思い出し、今のヤキソバの本名を知らないことに気づく翔子であった。
『レイコ様の時と同じ感じかしら? ……まあ、いいわ。誰だか知らないけど、あんた少し落ち着きなさい。力が暴走して、精神も抑制がきかなくなってるわ』
『今までクソみたいに暴れてた奴が言うんじゃねえぇええええええええええっ!』
狂った様子で、尚且つ正論と言える事を、ヤキソバはタンタンメンを見上げながら盛大に叫ぶ。
『ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう? 何でだよ!? 何で俺がこんな目に!? ただ映画見に行っただけのなのに……石にされるわ、小動物にされるわ、変な蜘蛛に襲われるわ、コスプレ共に捕まるわ、化け物と戦わされるわ、幽霊に襲われるわ……ざけんじゃねえ! おいてめえ! この苛立ちどうしてくれる!』
『いやそんなの私知らないし……』
力の覚醒の影響のせいか、心が暴走し、今まで腹の底に溜めていた苛立ちを狂ったように叫ぶヤキソバ。タンタンメンも、この症状にどう対処すればいいか判らず困惑し、ちらり近くにいたガルゴに目を向ける。だがそのガルゴも、手と首を振って、対処不能の意思を示していた。
『今無性に、誰かに八つ当たりしたい気分なんだよ! デカブツ女! てめえ丁度いいから、俺の怒りを全部受けろ!』
『そんな無茶苦茶な……まあ周りがこんなになるまで暴れたのは悪かったけどさ……そもそも何で私起こされたの?』
『無駄口叩くな!』
タンタンメンを見上げながら、ヤキソバが大きく口を開ける。その口の奥から、赤い輝きが発せられた。あの火球を吐くつもりだ。
『全くしょうがないわね……判ったわよ、好きなだけうちなさいよ……』
ヤキソバの火球の溜めは少しかかり、その口の奥から今までにない力が零れ始める。
最初は余裕の雰囲気だったタンタンメンも、そのエネルギーの強さを感じ取ると、徐々に焦りが生まれ始めた。
『ちょっとまっ……』
タンタンメンが言い終わる前に、ヤキソバの口から火球が放たれる。それは今まで魔物に使っていた技と、見た目は変わらない。だがその炎の輝きは、今までより強く見える。
そしてそれが、今までの火球よりも高速で、タンタンメンに飛んでいった。
溶岩池から出れない上に、巨体故に当てやすい大きな的であるタンタンメンに、それをかわす術はない。普通ならば、あれだけ体格差があれば、攻撃を当てられても大したことはないと思うだろう。
タンタンメンの視点からすれば、豆粒のように小さいそれが、彼女の首の根元に着弾した。
ボウン!
『グボォ!?』
発せられた二つの音は、あの小さな火球の衝突は思えないほどの爆音と、タンタンメンの悲鳴であった。
今までどんな攻撃を受けても、一切傷を負わなかったタンタンメン。ガルゴの必殺の熱線を受けても、目を覚まさなかった彼女が、ここに来て初めて、味覚以外の刺激で悲鳴を上げたのだ。
着弾点から、凄まじいまでの熱と衝撃が発生し、それがタンタンメンの首元を振るわせる。タンタンメンは身体を震わせて、溶岩池に使っていた身体が、少し後退したように見えた。
『うぉおおおおおおおーーーーーーー!』
ヤキソバの次の行動は、火球による遠距離攻撃ではなかった。彼の全身から、青白い光のオーラが、霧のように発生し、彼の身体を包み込む。
そのオーラは球形となって、ヤキソバの全身を包みこむ。
(何てすごい気功の力! こいつヤキソバの肉体の力を、完全に使いこなしてる!? いやヤキソバ本人よりも、力が強いような……?)
かつては蜘蛛怪人一匹にすらびびっていたヤキソバが、今この大怪獣を怯えさせるほどの力を放出しているのだ。あまりに急な強さのインフレである。
タンタンメンも同じぐらい強いはずだが、先程のガルゴとの闘争のせいで、魔法も気功術もまともに使えない。そして手足を溶岩池の底に突っ込んで動かせない。まさに手も足も出ないサンドバッグ状態である。
ヤキソバが飛んだ。飛ぶようにジャンプしたのではなく、気功のオーラを纏った彼の身体が浮き上がり、ロケットのように上へと飛行したのだ。
青い砲弾と化したヤキソバが、まともに動けないタンタンメンの顔面に向かって、高速で飛ぶ。そして彼女の顔に、思いっきり体当たりした。
『ぶべえっ!』
先程の火球と同様に、ヤキソバの体格は、タンタンメンからすれば豆粒のような大きさである。だがそんな小さな物質が当たっただけで、タンタンメンは大ダメージを受けた。
リングの上で、ストレートパンチを受けたボクサーのように、彼女の顔が横に仰け反る。体当たりを終えたヤキソバは、空中を大道芸のように周りながら落下し、元いた地面に着地した。
『てめえ、何やられてんだ! さっきまでの頑丈さはどうした!』
この様子を見て、ガルゴが苛ついた声で叫ぶ。今まで自分のどんな技を受けても、全く効かなかった者が、いきなりこんな奴にぼこられているのが気に入らなかったようだ。
『しょうがないでしょ! 寝てる間は防御強化の技を使ってて、今はもうそれが解けちゃってるんだから!』
ガルゴの言葉に、泣きそうな声でそう返すタンタンメン。どうやらあの異常な打たれ強さは、睡眠中限定だったようだ




