第二十二話 最後の人妖
一方で翔子よりも少し遅れて、陸路で山を駆け上る者達がいた。召喚の精霊と、さくら山のレグン達である。
「後ろ、まだ追ってきてるか!?」
「ああ、だが大分距離をとった。まだこっちの世界に来たばかりで、本調子じゃないのかもな!」
山をもの凄い勢いで駆け上る集団と、その隣を浮きながらついてくる精霊達。偽緑人で強靱な肉体を持つレグン達は、空を飛べる翔子達ほどではないが、並の登山家を遙かに凌ぐ速さで、しかも登山用具無しでこの山を登っていく。
彼らの目線にある火口地帯はもうすぐそこ。モクモクと噴出される火山ガスが、こちらにまで流れてきている。
ドゥウウウウウン!
(この音……まだ追いかけっこは続いているのか? やはりここに来たのは間違いだったか?)
度々聞こえる轟音に、アデルはそう解釈する。タンタンメンが正気に戻っていて、彼女の協力を得られるかもと思って登ってきたが、この状況でそれを後悔し始める。
(しかしヤキソバを置いていくわけにはいかないな……あいついきなり先走って、いったいどうしたんだ?)
真っ先にこちらも追いつけない速度で、山を登っていった仲間を心配しながら、アデル達レグン族は、再びこの火山地帯に登り詰めた。
『ぐぇええええええええっーーーーー!』
そこで彼らが聞いたのは、ヤキソバでもガルゴでもない、聞き覚えのない女性の悲鳴だった。そしてそこで見た者は、彼らが心配していたのとは、全く逆の光景であった。
ヤキソバがあの、気功の飛行突進で、タンタンメンを痛めつけている光景であった。
もう何発目かも判らない突進攻撃を受けて、タンタンメンの身体からは、溶岩とは異なる種類の赤い液体が付着していている。頭部にはコブが出来ており、鰐のように鋭く生えそろった歯が何本か欠けていた。
「何!? この状況どうなってんの!?」
「あいつ何だ!? ヤキソバなのか!?」
最初に声を上げたニーナとアデルを含めて、登頂完了した者達全員が、その光景に唖然としている。
タンタンメンはヤキソバによって、今ボコボコにされているのだ。タンタンメンは疲労で反撃も出来なければ、溶岩池から逃げ出すことも出来ない。まさにヤキソバにとって、恰好のサンドバッグであった。
『ありゃあ暴走だな。ついにやっちまったか……』
この謎の事態に、一人だけ理解している者がいた。召喚の精霊である。彼の発言に、その場の者の多くが、精霊の方に首を向く。
精霊を見ずにヤキソバとタンタンメンの闘争を見ているのものも、しっかりと聞き耳を立てていた。
「暴走? 何だよ、今まであいつは不安定だったってのか?」
彼と一番長く一緒にいるアデルは、この言葉に納得していない。彼にあんな風になる兆候は、今まで一度もなかったのだ。
『俺が初めてあいつに会った時には、既に兆候ありだったぞ。どうやら感情が強く高ぶると、力が不安定になるらしいな。あの時は俺がさっさと立ち去ったおかげで、すぐに収まったが……。今回はあの時とは逆だな。タンタンメンの力に反応して、急に力が覚醒して、それと一緒に感情が高ぶってる。ありゃあかなり危ないな。早く逃げた方がいいかも』
「逃げるって……私ら今、亡霊に追われて絶体絶命なんだけど……そうえばもう追いつかれてもおかしくないのに、何か遅いわね?」
もうじきあの亡霊達も、山を登ってこちらに追いついてくる。結局の所、安心できる場所など無い。
とはいえ、いつヤキソバの怒りがこちらに向けられるか判らない以上、やはりここから離れるしかないのだろうか……
『だからといって、あれをほっとくの不味いんだよな~~。もしタンタンメンが死んじまったら……まああいつも半緑人だからまた生き返れるんだが、この火口の蓋が開いちまう』
「蓋? あの巨大麒麟がここから離れると、何か困ったことでもあるの?」
こう話している間にも、タンタンメンはヤキソバに、ボコボコにやられている。その巨大さゆえの生命力と、全身に張った防護結界による防御力強化で、すぐに致命には至っていない。
最もその結界は、睡眠中の者と比べると遥かに弱く、ヤキソバの攻撃を完全に無効化できていない。あの様子じゃいつ息絶えてもおかしくない。
もしそうなった場合、一体どんな不味いことが起こるというのか?
『この火山は、人妖並みにやばい化け物共を封じるための、大きな壺だ。大昔に緑人や偽緑人が、この世界にいっぱいいてな。そのときのあいつらがやってたゲームの名残だ……』
「緑人がこの世界に? それにゲーム?」
『とにかくその壺を外したら、人妖並みにやばい災厄が、この世界の全土を襲うぜ……』
封印された魔物。何だかありがちな話しだが、確かにその話しはやばい。折角人妖が絶滅しかかってるのに、それ以上の怪物を解き放ったら、元も子もない。
「でもあれ……止めにかかって私達は大丈夫なわけ?」
『危ないな。下手すりゃこっちが獲物にされかねねえ……。まあタンタンメンが死んで、危ないのはこの世界だけで、またあっちの世界に戻れば、別にこっちは危なくないんだがな……』
「そんなっ!?」
「じゃあそうしましょう」
「うんそうだな……。別にこの世界を助ける義理なんてないし」
「元々この世界も、石化病で滅んでるんだろう? じゃあ結局同じだな」
翔子一人が深刻な様子で、後の者達はえらく淡泊に、この世界を見捨てる発言。翔子一人が目を点にしている中、皆がこの場を逃げる決断をしようとしているとき……
『ああ~~話し込んで所悪い。そっちの話しには俺も賛成だが……ちょっとやばいことになってる』
その巨体から皆を見下ろす形で、何やら別の話題を振ってきたのはガルゴ。ちなみに賛成とは、この世界を見捨てる判断のことである。
「何だよ? これ以上やばいこと? そういう話しありすぎて、かなりむかついてくんだけどよ……あの亡霊か?」
『亡霊ならもういねえよ。別の奴に混ざって消えちまった。その代わりにその混ざった奴なんだけどよ。結構久しぶりの嫌な匂いが、こっちに近づいてきてるぜ……』
翔子達が登った火山の麓を、何かが駆け上がっている。さっきまでは彼らを追って、亡霊達が追っていたが、今はそれと入れ替わるように、別のもっと凶悪な者が走っていた。
それは大きな蛇だった。全身の鱗が、雪のように真っ白な白蛇である。
外見はそのアルビノのような色を除けば、普通の蛇とほとんど変わらない。だが明らかに普通の蛇と違う特徴が、誰もが判る。
太くて長い胴体の上半身の辺りが、途中でタコの足のように、いくつにも分裂していた。その別れた胴体の、一つ一つが、独立した蛇の胴体となっており、その先には普通の蛇の姿がある。その蛇の首と頭は、それぞれ独立して動いており、それらが飾り物ではなく、間違いなくその蛇の一部だと判る。この蛇は頭と胴体が、一つの身体に複数ついているのである。
あちらの世界には、頭が二つある蛇というものがいる。だが今ここにいるこの蛇は、異様さのレベルがそれよりも遥かに上だ。
そして更に異様なのは、その大きさ。この蛇はもはや怪獣と言っていい程の大蛇であった。体格はあのガルゴよりも一回り大きく、牛だって一飲みにできそうなレベルである。
そんな怪獣蛇が、火山の麓から火口目掛けて、その巨大な身体をくねらせながら移動しているのだ。大蛇の通った後には、水の流れていない大河のような、広くて深い溝が出来上がっている。
これほど大きな蛇の足跡など、そうお目にかかれるものではない。そしてこの存在は、どう見ても人に友好的な存在には見えない。それが今、翔子達がいる火口に向かっているのだ。
召喚の精霊が見せた映像を見て、翔子とガルゴ以外の者達が、唖然としていた。亡霊共がここまで来るのが妙に遅いと思ったら、もっとやばそうなのが、こちらに向かっているのだ。
いや亡霊達はすぐ復活するから、それよりはマシだろうか? 最もこの大蛇が、今ここにいる戦力で倒せる者かどうかが問題だが。
「確かに懐かしいね。また出てくるなんて……」
『てことは、ストラテジストはまだ生き残ってたてことか……。しかし今回は一匹だけなのか?』
アデルにとっては脈絡なく現れた未知の生物であるが、どうやら翔子とガルゴにとっては違うらしい。皆が説明をしろと、無言の視線を彼らに要求した。
「あれは石眼よ。皆だって知ってるでしょ?」
「石眼!? あんなにでかいわけ?」
ニーナがあり得ないと荒げる。石眼とは、人妖と一体化して力と繁殖能力を進化させた現地世界のモンスターであり、二つの世界の人間を、全てに石にした元凶である。
レグン達がその世界に来たときは、既に彼らは死に絶えた後だった。だが残された映像資料などで、それがどのような生物なのかは知っている。
あの真っ白な蛇の姿は確かに似ている。だがあんな怪獣レベルの大きさではなかったし、頭と胴体も一つだけだったはずだ。
「あれは大石眼っていって。石眼の親分みたいなもんよ。前の世界で戦ったことがあるの。あの時はストラテジストていう人妖の親玉が中に入ってて、あいつをやっつけて魔王はいなくなったと思ったんだけど……」
『まだいたみたいだな……さっきの亡霊共も、あいつに取り込まれたみたいだ。ある力全部、俺たちを倒すために使ったってか? えらく恨まれたもんだ……』
ただでさえ暴走したヤキソバという大問題があるのに、まさかの人妖の乱入者である。映像を見る限り、この石眼は山登りがあまり得意でないのか、走行速度は思ったより鈍い。
これなら最初の亡霊を差し向けた方が良かったのではないかと思うぐらいだ。
「これなら別に怖くないな。とっととここから逃げればいいんだし……」
「ちょっと待って! そうなるとヤキソバはどうなるわけ!?」
翔子の言葉に皆がハッとする。ここから自分たちが逃走すれば、間違いなくあの石眼は、ヤキソバを狙う。
ヤキソバは石化病から世界を救う、唯一の希望だ。ヤキソバが奴を倒せれば問題ないが、もし逆に倒されたら……
「おいおいそれはやばいだろ! 折角希望の星を見つけたってのに……」
『それは大丈夫だろ。もし石化させられても、ぶっ壊せば元に戻せる』
アデルの危惧を、ガルゴがあっさり否定する。その不可解な発言に、皆が頭上のガルゴを見上げた。
「壊せば元に戻る? 何言ってんだ? そんなことしたら死んじまうだろ?」
『ヤキソバも俺と同じ緑人なんだろ? だったら身体を砕かれも死なないよ……。壊れれば、石化が解けた状態で、また蘇る。あっちの世界で実践済みだ』
「あっ」
その事実にアデルはハッと気がつく。確かに緑人は不死身の存在だ。彼らレグン族と違って、殺されても一時期のパワーダウンと引き替えに、また復活できるのだ。
復活と同時に石化も解けるならば、実の所問題ない。
「そうか、いいんだな別に……。よし、皆逃げよう! オレンジボール頼む」
『うん……まあいいか。そんじゃ早速……』
何か微妙な口調の召喚の精霊が、異世界へと通じる転移の門を開ける準備を始める。皆が安堵の息を吐く中、翔子が精霊以上に微妙な表情だ。ふとヤキソバの方を見る。
ヤキソバの一方的な攻撃はまだ続いている。あれだけの力を振るって、あれだけボコっていながら、未だに暴走状態は解ける様子はない。
タンタンメンは結界による防御結界も既に切れかかっている。タンタンメンの姿は、さっき見たときよりも遥かに酷い。全身の鱗がはげ落ち、全身から血液がダクダクと流れている。流れ出た血が下の溶岩池に落ちて蒸気を上げている。
このままだとタンタンメンが死に、この世界に精霊が言う災害がこの世界を襲ってしまう。実はこの世界は、つい先日まで翔子達が召喚されて滞在していた世界なのだ。
当然六年二組の他の皆も、この世界の別の大陸の方に今もいる。
(好きでこの世界に来たわけじゃなかったけど……今まで住んでた世界が、また酷い目にあうなんて……それも私達のせいで……。ううん、そうでなくても、このタンタンメンさんをどうにか助けることは……)
精霊の転移の門の準備がおおよそ整った。彼の隣に、先程も見た空間の穴が開き、それが徐々に大きくなっている。
皆が早くここから逃れたいと、その穴が人が通れるぐらいに拡大するのを、今か今かと待っている。
「ちょっ、ちょっと待って! 私から提案!」
その時、翔子が苦し紛れの閃きで叫んだ。皆が何事かと、彼女の方を向くと、翔子がしばし戸惑い、唾を飲み込み、そして再び叫ぶ。
「あいつを……ヤキソバをここから離して石眼にぶつけられないかな! あいつの殴り相手が、あっちに移れば、この世界も私達の世界も救われわ!」
翔子の提案はヤキソバに、タンタンメンではなく石眼をサンドバックの相手をさせるというもの。確かにそれだと、タンタンメンは殺さずに、全てを解決させることが出来るが……
『面白い案だが……どうやってあいつの矛先を変えるんだよ?』
「私が説得する!」
そう言って翔子は、真っ直ぐにヤキソバとタンタンメンの元へと走り出した。




