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エルフ少女の探しもの  作者: 紅茶


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前編:鋼鉄の冒険者

 かつて、世界には『魔法』という名の奇跡が満ちていたと、古いおとぎ話は語る。

 しかし、それはとうの昔に失われた。現代の世界を支配しているのは、黒々とした煤煙を吐き出し、重々しい金属音を響かせる『科学』と『機械』の技術である。


「撃ち抜け! 圧搾機構コンプレッサー、限界まで回せ!」


 薄暗い地下水道の中、男の怒号と同時に、すさまじい排気音が鼓膜を打った。

 男の背中に背負われた巨大な高圧ボンベから、太いゴムチューブを通して右腕の巨大な鉄筒へと空気が送り込まれる。

 標的は、分厚い甲殻を持った巨大な変異種の毒蜘蛛だ。


「ガァァァァァァァンッ!!」


 男が引き金を引いた瞬間、火薬の爆発と圧縮空気の解放が同時に起こり、鉄筒の先端から極太の鋼鉄のパイルバンカーが射出された。

 分厚い鋼すら貫くその一撃は、毒蜘蛛の強固な甲殻を容易く粉砕し、緑色の体液を四方へまき散らしながら絶命させる。


「よしっ、やったぞ! 後衛、掃討を頼む!」


「了解! 弾幕張ります!」


 後方に控えていた別の冒険者が、六本の銃身を束ねた回転式の重鉄銃ガトリングガンを構え、残った子蜘蛛たちに向けて鉛玉の雨を降らせた。

 薬莢がバラバラと地面に落ちる澄んだ音と、火薬の匂いが地下空間に充満する。


 これが、現代の『冒険者』たちだ。


 彼らは各々が開発、あるいは工房に発注した重火器や機械仕掛けの武装を用い、世界中に点在する『ダンジョン』へと潜る。ダンジョンには古代の遺物や貴重な鉱石が眠っており、それらを持ち帰ることで彼らは日銭を稼いでいた。


 中には、ダンジョン深層で途方もない古代の宝物に巡り合い、一夜にして巨万の富と最強の武力を手にした辺境の少年の噂などもあり、一攫千金を夢見る命知らずたちが、今日もギルドの門を叩いている。


     *


 蒸気と煤煙で空が常に鉛色に曇る、王都の冒険者ギルド。


 屈強な機械化兵や、硝煙の匂いを染み込ませた荒くれ者たちがひしめき合うその場所に、一人の小柄な少女が足を踏み入れた。


 目深に被ったキャスケット帽に、くすんだ灰色の外套。年齢は十五、六ほどに見える。

 周囲のいかつい冒険者たちと比べると、あまりにも華奢で、そして場違いなほどに静かな空気を纏っていた。帽子の隙間からは、煤けた街には似合わない、月明かりを溶かしたような銀色の髪が数本こぼれている。


 少女は周囲の喧騒を気にするそぶりもなく、まっすぐに受付カウンターへと歩み寄った。


「あの。すみません」


「はいはい、次の方……あら?」


 書類仕事に追われていた受付嬢のリリアは、顔を上げて目を瞬かせた。こんな子供が迷い込むような場所ではないからだ。


「迷子かしら? ここは冒険者ギルドよ。お小遣い稼ぎなら、商業ギルドの方に行った方が……」


「いえ、ここに用があります。ダンジョンの中にある、宝物というのを取りに行きたいのですが」


 少女の口調は、ひどく淡々としていた。感情の起伏が薄く、まるで今日の夕食の買い物にでも行くようなトーンだ。


「宝物? ……あなた、冒険者としてダンジョンに潜りたいっていうこと?」


「はい。そう言えば入れてもらえると、街の入り口にいた人に聞きました」


 仕組みを全く理解していない様子の少女に、リリアは深々とため息をついた。


「はぁ……あのね、お嬢ちゃん。ダンジョンっていうのは観光地じゃないの。魔物がうろつく危険地帯なのよ。だから、ギルドに登録して、ちゃんとしたテストに合格した『冒険者』しか入ることは許されていないの」


「なるほど」


「それに、冒険者になったからってどこでも行けるわけじゃないわ。実績に応じてFからSまでのランクが付けられていて、自分のランク以下のダンジョンにしか潜れない決まりになっているのよ。あなたは今から登録するんだから、当然、一番下のFランクからのスタートになるわ」


 少女はこくりと頷き、静かに首を傾げた。


「わかりました。それなら、Fランクというのは、どこのダンジョンに行けるんですか?」


「そうね、王都の地下下水道でのネズミ退治か、東の森の浅い洞窟あたりかしら。リストはこれよ」


 リリアがバン、と分厚い台帳をカウンターに置く。

 少女は無言でそのページをめくっていったが、やがて探しているものが見当たらなかったのか、視線を上げた。


「……ここに行きたいのですが」


 少女が指差したのは、カウンターの後ろの壁に貼り出されている、巨大な羊皮紙の地図の一部だった。

 それを見たリリアは、思わず素っ頓狂な声を上げた。


「そこはBランク指定の『大断層・機獣の墓標』よ!? 王都周辺では最上位クラスの危険度で、現在ギルドに登録している者たちの中でも、指折りの実力者しか潜行を許されていない場所じゃない! Fランクの初心者が行けるわけないでしょ!」


「そうですか。地道にFランクから実績を積まないと入れないんですね」


「当たり前よ!」


「面倒ですね……わかりました。帰ります」


 少女があっさりと踵を返した、その時だった。


「おーい、リリアちゃん! 依頼完了したぜ!」


 ギルドの重厚な両開き扉が乱暴に蹴破られ、一組のパーティが意気揚々と入ってきた。

 全身に重厚な機械装甲を纏った大男や、身の丈を超える長銃を担いだ女。いずれも一目で歴戦の猛者と分かるオーラを放っている。

 彼らが現れた瞬間、ギルド内の空気が一変し、どよめきが広がった。


「おい、あれって……Sランクパーティの『鋼の暁』じゃねえか!」


「今回も最深部まで潜ってきたらしいぜ」


 先頭を歩くのは、長身で精悍な顔つきの青年だった。

 彼の背中には、まるで内燃機関のエンジンのような機構が組み込まれた、途方もなく巨大な機械大剣が背負われている。

 彼らを見た瞬間、リリアの態度は劇的に変化した。面倒くさそうな顔は消え去り、目を露骨なハートマークに変えて身を乗り出す。


「きゃあっ! ヴォルフ様! お帰りなさいませ! 今回の探索はいかがでしたか!?」


 少女の存在など完全に頭から抜け落ち、リリアは推しの冒険者にすり寄った。

 しかし、『鋼の暁』のリーダーである青年――ヴォルフは、苦笑しながらリリアを手で制した。


「ただいま、リリアちゃん。でも、先客がいるんじゃないのか? 俺たちの報告は後でいいよ」


「えっ? あ、いえ、この子はただの迷子で、登録もまだの初心者ですから! 気にしないでください!」


 リリアが慌てて誤魔化そうとしたが、ヴォルフの鋭い視線は、立ち去ろうとしていた少女の背中をしっかりと捉えていた。


「ふーん……」


 ヴォルフは少女に歩み寄り、その小さな背中に声をかけた。


「君、冒険者を始めるのかい?」


「いえ」


 少女は帽子を押さえながら振り返り、淡々と答えた。


「ダンジョンに入りたかったんですけど、叶わなそうなので、帰るところです」


「入りたいダンジョンというのは?」


「あそこの、えーと『機獣の墓標』?です」


 その言葉を聞いた瞬間、周囲にいた冒険者たちが「初心者がBランクだと!?」と嘲笑の声を上げた。

 しかし、ヴォルフだけは笑わなかった。彼は鋭い観察眼で少女の佇まいを上から下まで見分し、ふっと目を細めた。


「君、勝手に入るつもりだね?」


「……」


 少女はわずかに目を瞬かせた。


「ん、まぁ。よくわかりましたね」


「僕は人の心が読めるんだ」


 ヴォルフが冗談めかして笑う。

 実際には読心術などという魔法のような力はない。だが、彼の長年の死線で培われた直感が、この少女から「引き止めても無駄だ」という確固たる意志を読み取っていたのだ。


「Bランクダンジョンがどれほど危険か、分かっているのか?」


「いえ、まぁ。少しモンスターがいるくらいですよね」


「少し、か。……いいか、あそこは昔の機械工廠が暴走した巣窟だ。鋼鉄の装甲を持った機械獣がうようよしていて、普通の銃弾じゃ傷一つつけられない。俺たちSランクのパーティでさえ、少しでも準備を怠れば命を落とす。丸腰の君が行けば、五分でミンチにされるぞ」


 ヴォルフは真剣な声で警告した。

 しかし、少女の表情には微塵も恐怖の色が浮かばない。「そうですか」と、まるで他人事のように聞き流している。


(……駄目だ、こいつには全く響いていない。言葉で止めても、夜中に一人で忍び込むタイプだ)


 ヴォルフは深々とため息をつき、頭を掻いた。

 そして、背後に控える仲間たちを見渡した。


「ガストン、シエラ。悪いが予定変更だ。次の潜行、この子を連れて行くぞ」


「はぁっ!? リーダー、本気かよ!?」


 仲間の大男が目を剥くが、ヴォルフは肩をすくめた。


「仕方ないだろ。この子は潜ると言ったら必ずやる目をしてる。みすみす死にに行くのを見殺しにはできないさ」


「まったく……あんたのお人好しには呆れるよ。まぁ、あんたが決めたなら従うけどね」


 狙撃手の女が呆れたようにため息をついた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいヴォルフ様! そんなの安全上の規定違反です! いくらSランクの皆様でも、初心者をBランクに連れて行くなんて——」


「俺が責任を持って守る。それで文句ないだろ?」


 リリアの抗議を、ヴォルフは有無を言わさぬ笑顔で押し切った。


「手伝ってくれるなら、助かります」


 少女がぺこりと頭を下げる。


「お礼は無事に帰ってきてからでいい。ただし、条件がある」


 ヴォルフは少女の目を見据えて言った。


「潜行は一週間後だ。それまでに最低限の冒険者登録を済ませ、生き残るための準備と装備を整えてこい。いいな?」


「はい。わかりました」


 少女は静かに頷き、ギルドを後にした。

 その細い背中を見送りながら、ヴォルフはどうして自分がこんな得体の知れない子供に肩入れしてしまったのか、不思議な感覚を覚えていた。

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