お化け話しー⑥土の方
お化けの話し―⑥土の方
「土の方っていうの知ってる?」
「どういう意味?」
小学生のランドセルを背負ったふたりの少年が学校からの帰り道にお話しをしながら歩いていた。
このこと知っていると聞いたのは「たかしくん」。詳しく問い返したのは「みちおくん」。
たかしくんが路肩の盛られた土を見て指で示した。
「これだよ」
「これ? これがどうしたの?」
「これは土の方のひとつに次ぎないんだ」
「ん?」
そうしていたら、自転車の呼び鈴がなった。
ーリンリン。
ふたりは呼び鈴の方を見た。
そのふたりの呼び鈴への眼差しは違っていた。たかしくんは、しかめていて、みちおくんはハッとしていた。
たかしくんがみちおくんに言う。
「とにかく土の方を時々見ては感謝することっていわれているんだって」
「感謝? 感謝って”ありがとう”ってこと?」
「そう、ありがとうって心の中で唱えるんだって」
「なんで?」
「なんでって、ぼくもよくわからなかったんでけれど、そういう気持ちを日頃からもつのが大切なんだっていってたんだ」
「日頃からって、ときどき気が付いた時に”ありがとう”すればいいってこと?」
「そう。そんなのみんな学校であいさつしているよっていったら」
「うん」
「学校だけじゃなくどこででもそれができるくらいにならなきゃいけないんだって。それが自分を助けることにつながるからだって」
「なんだ。それならしているよ」
「あはははは。そうだよね。しているからいいんだよね」
たかしくんはほっとした顔をしていつもと同じところで分かれて帰った。
みちおくんは思った。
たかしくんどうしたんだろう。でも元気だったし、また明日会えばわかるか。
その翌日、学校の教室に着いたみちおくんはたかしくんがまだ到着していないのをみると残念がった。
朝おはようの言葉をかけて元気か様子を見ようと思ったからだった。
そのまま時間が過ぎてもたかしくんは現れなかった。
そのことに気が付いたみちおくんが先生に訊ねようとして朝のHRが終わった時間に先生に近寄って行く。すると先生は急いで退室してしまった。
たかしくん。
みちおくんは不安なこころを抱えたまま呆然としてしまった。
心の中でどうしようともしかしたらと思っていたら「もうすぐテストあるだろ」とのクラスメートの声に気をとられてハッとしたままチャイムがなった。
チャイムの音にせかされて席に着いたみちおくんは、なにごともありませんようにとお願いした。
その後なんとか授業を受け終わってから、職員室の先生のところへ向かうことにした。
「失礼します」
おじぎをして職員室に入る。
担任の先生のところへ向い、先生の顔を見ると焦っているのを感じ取った彼は、息をのんだ。
悪い方向に向いたんじゃないだろうかと。それで彼は固唾をのんで先生を見ていたら、先生がみちおくんに気が付いた。
駆け寄るみちおくん。
「どうしたの? みちおくん」
先生が無理に笑顔を作っているのを見ながらも何も言わないでみちおくんは言った。
「先生。たかしくんはどうしてお休みしているんですか?」
ハッとしている顔をしているとみちおくんは気が付いた。気が付いて驚いていたが先生には伝わらなかった。何故なら先生もハッとしていたからだった。目が合った瞬間。みちおくんはいつも元気だよってお母さんに笑顔を向ける時のように反射的に動かした笑顔で迎えた。
「うーん。それについてはね、その先生も今その当たっているところだからもう少し待ってね。帰りのHRにはお知らせできると思うから」
「うん。分かった」
「みちおくん。そこは”はい、わかりました。ありがとうございます”って言うんだよ」
「はい。はい、分かりました。ありがとうございます」
そうして、みちおくんは元気に職員室を後にした。廊下に出るまでなるべく他の先生の顔を見ないようにした。正確には目を合わせないようにした。
「失礼しました」
退出するあいさつもこころなしか早口になっていた。
頭を下げて、扉を閉める。
小さくひと息ついて、廊下を歩きだした。
みちおくんの頭の中は悪い出来事でも起こったんじゃないかと心配になったが、”ありがとうございます”の言葉を思い出した。
「うん、大丈夫」
きっと。大丈夫。
次の授業まであと少ししかない。階段を駆け上がらなくちゃ。
「廊下は走るな」
男の先生の声が聞こえる。
そうだった。こういう時こそ、歩くことだった。
もうひと呼吸した後に、歩き出す。
授業に遅れたら遅れたで、職員室の担任の先生のところへ行っていましたと伝えればいい。報告すればいいんだ。
そういう気持ちでいることこそ将来大人になってから役に立つ、自分を助けるものとなるだろう。そう教えてくれた先生を思い出す。
焦る顔。笑顔。やる気に満ちた顔。楽しそうな顔。眠そうな顔。退屈そうな顔。
すると、今度は母親の顔が浮かんできた。
怒る顔。泣きじゃくる顔。何があったか分からないが前に進もうと頑張っていこうねという顔。楽しそうな顔。出来たと思わない? と聞いてくる顔。
楽しくなった。
楽しくなったら、不安だったこともフッとこころが軽くなった。
うん。頷いたみちおくんは教室の扉を開けて、次の授業に向き合った。
その日の帰りのHR。
先生は言っていた通りに、たかしくんのことを教えてくれた。
「たかしくんは風邪を引いて学校を休まれたそうです。たかしくんのおうちの人と連絡がつきました。インフルエンザが流行っているのでその検査をしていて連絡が遅れてしまったそうです。たかしくんはインフルエンザではなかったそうです。先生からもみなさんのおうちの方へ連絡をしておきますが、もしインフルエンザかどうか訊ねられたら違うと答えてあげてください。忘れちゃった人は連絡来ているはずだよって確認をしてもらってください。宜しくお願いします」
ダブルで嬉しくなってみちおくんは「よし!」と言っていた。
隣の席のあきこちゃんが見ていた。
先生がみちおくんにおうちの人に渡してみてもらうお知らせのプリントをたかしくんの分を届けてもらえるか訊ねた。
みちおくんは快諾した。
「そうか」
安堵した先生の満面な微笑みが、みちおくんのこころをさらに強くした。
「よし。宜しくお願いします」
「はい! また明日」
「はい! また明日」
みちおくんは学校で習った歌を歌いながら元気に下校していく。
途中、たかしくんが言っていた”土の方”と指で示していた場所まで来た。
「ありがとうございます」
みちおくんはあいさつをした。
通りすがりのお母さんくらいの人がびっくりしていた。
みちおくんの元気な様子に、大丈夫だろうけれどと思いながらも通り過ぎていく。
みちおくんは力がみなぎっていた。
いつもは通らないたかしくんちへの道。遊ぶときはいつも分かれ道で待ち合わせていた。どちらかの家に行く時も一度ここで待ち合わせる。
ひとりで歩く。
何故だか懐かしさと嬉しさと哀しさを感じる気がした。
いつもと変わらない。
そう。
ここだ。
呼び鈴を鳴らす。
出てきたのはたかしくんのお姉さんだった。
たかしくんのお姉さんはたかしくんのお母さんの妹さんで、たかしくんとみちおくんがお姉さんと呼ぶようになっていてそう呼んでいる。
何かあって用事が無ければ自分に付き添ってくれるのがこのお姉さんだった。たかしくんからそう聞いていたみりおくんは、たかしくんの風邪をひいたことでお見舞いに来たのだろうと考えた。
「お久しぶりです。みちおくん」
「はい。お久しぶりです。たかしくんのお姉さん」
「ははは。おばさん呼びを避けてみたら、なんだか今はこっぱずかしい気持ちになってます」
「まだよくわからないけれど、たかしくんのお姉さんはまだ若いのでお姉さんであっていると思います」
「ふふふ。その答えを聞きたかったのかもしれない。ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「で、どうしたの? 先生にプリントでも頼まれた?」
「えーっと、待ってください」
みちおくんは手提げかばんの中に入れたプリントを取り出してお姉さんへ手渡した。
「先生からのプリントでおうちの人に読んでもらいたいものです。たかしくんのお母さんに渡るようにしてください」
「了解です。しかと承りました」
「ありがとうございます」
「たかしくんの様子はどうですか?」
「そうね。熱が出てる分熱くて少し苦しそうだけれど、あれくらいなら心配いらないわよ」
見つめるみちおくん。
「あぁ、それくらいならケロっと治ったりするから」
まだ見つめるみちおくん。
「もう、大丈夫よ。めったにそこから酷くなったりしたこと無いの」
見つめるみちおくん。
「絶対。大丈夫」
頷くみちおくん。
「また来ます」
「わかった。伝えとく」
「お姉さんも風邪ひかないよう。それではさようなら」
「ありがとう。さようなら。たかしに伝えておくね」
もう一度頷いて帰っていくみちおくんの背中を嬉しそうに見つめるたかしくんのお姉さんは、玄関まで顔をのぞかせに来たたかしくんのお母さんとお話しをしながら、家の中へ入って行った。
みちおくんは家に着いて、家の中の人間の存在を確認するように部屋を見て回った。部屋の中の物を見て思い出すみちおくん。台所で母親を見つけたみちおくんは内心大きくホッとしながら、母親へ声をかけた。
「お母さん、ただいま」
「おかえりー」
いつも通り”おかえり”の”り”が長くなっている。
そのことに安堵する。
抱きつきたいけれど抱きつくのが恥ずかしいので、ランドセルを置いて、プリントを渡した。
「あー、はいはい」
「おやつ。腹減った」
「あははははは。みちお、今の”腹減った”は、たかしくんみたい」
笑いながらプリントに視線を走らせる母親。
えっ。
そう驚いたみちおくんは、確かにと深く腑に落ちるものを感じたが、それがなんなのかみちおくんにはわからなかった。
「おやつ」
そう言って、冷蔵庫を開ける。
「お茶飲みなさい」
ジュースに手を伸ばそうとするのを察知した母親が声を掛ける。
「お母さん」
「何?」
「新しい葉っぱが生えてたよ」
「あぁ、本当?」
「うん。たかしくんが教えてくれた土の方のところ」
「そうなんだ」
「ありがとうするといいんだって」
「ん? ありがとう?」
「そう」
「ほーん。そうか。そうか。ありがとうをするといいって言っていたか」
「そう」
「わかった。お母さんも見かけたらありがとうって言っておくから」
「唱えればいいんだって」
「あはは。呪文か」
楽しそうに母親が笑うのを見て、まぁ、いいかと肩の力を抜く。
みちおくんはOFFモードに入ったかのように、片手におやつを持ちながら居間へ移動し始めた。
「こら、ランドセルほっぽりだすんじゃないの」
「はーい」
そういいつつも、台所に戻ってくると、お茶を注いでお茶を持っていった。最後にランドセルを移動させる。




