第三十六話 言葉はときに魔法に匹敵する。 実際、魔法を使う方はご注意くださいませ
拝啓、この手紙を見つけて読んでくれている人へ。
その書き出しの手紙を読み始めると、聞いていた皆はすぐに引き込まれていった。
プッチさんの言葉に、懐かしい彼の姿をすぐに思い出したのだろう。
掃除の人への感謝、部屋に置かれたアイテムたち、そして部屋が開かずの間になってしまった理由の、永続魔法。
スヴァルトは頬杖をついていた手で口を覆った。目にうっすら涙が浮いている。
年齢を重ねると涙もろくなりますよね、分かります。
邪魔くさついでに、頼みをもう一つ。
私も読み切っていない箇所に差し掛かった。
俺の友達の、近衛騎士団長にでも頼んだら手配してくれるから、お願いだし怖がったり怯えたりしないでくれ。ロクサレーンに、別で分けてある分を必ず渡してほしい。俺が旅中に使ってた鞄に詰めてある。中身は、あいつが使えそうな装備と、エリクサーと、俺が旅中に集めた金の半分だ。目録とか作るならそれも王様と相談して。あいつはいつも城にいるわけじゃないから、王様からの報奨とか嫌がって受け取らなさそうだから、必ず渡してほしい。そして、言伝してほしい。約束破ってごめんな、孤児院の子どもたちと遊びに行ってくれよ、って。それで伝わると思うから。
この部屋の片付けが終わったら、みんなもう、わざわざここに来んなよって言ってたって伝えて。俺のこと忘れちゃうのは寂しいけど、……忘れねえか、一応国救った英雄なんだし? 俺がいたこと、帰ったことにこだわらないで、毎日元気に生きてくれ。もちろん、君もな。
父さんが書いたこの国が、みんなが、平和を迎えて、幸せになってよかった。みんなが生きていて、物語が繰り返すんじゃなくて一つの人生として続いて終わっていく。それが俺には、心から嬉しい。
何か他にも縁あって、俺みたいな稀人を召喚しちゃったら、ちゃんと責任持てよってことも伝えて。言っとくけど、他世界からの召喚って、ある意味誘拐だし、失踪だし、迷惑千万なんだからな?! 俺ら稀人は帰る手段持ってるから、ギリギリセーフってことにしてやるけどさ。
でもまあ、もとの世界よりもこの世界のことをとびきり愛してくれている人なら、いいのかもしれない。
この手紙を見つけて読んでくれた君がこれから幸せでありますように。
じゃあ、無責任な言葉で終わることにする。ここは笑うところだからな?
あとはよろしく。
プッチ。pt. 藤島洸九郎。
誰もなにも言わなかった。
王ですら発言しないのだ。言いたいことがあるのをぐっと堪えていた。
全部読み終えて、ぐるっとみんなの顔を見渡して、もう一度手紙の最後に書かれた署名に目を落とす。
プッチさんの本名、藤島洸九郎。
マリン様とロクサレーンに教えてもらったこうくろうという名はこういう漢字を書くのですね。
そうか、藤島さんってい……。
藤島さん?
「はうぁ?! 藤島さんっ?!」
静寂を切り裂いたのは私の情けない驚きの叫びだった。
全員が肩をビクッと震わせて驚きながら私を見た。
コンビニで困っていたから千円貸した藤島さん?!
私の家の前のマンションの、地域共同ごみ収集場所で時々顔を見かける男の方。
言葉を交わしたのはあれが初めて。それ以外は今まで、ペコッと会釈する程度だった。
「あわわわ、藤島さんがプッチさん?! そういえば確かにこの言葉…っ」
親切な四方さんが、これから幸せでありますように。
別れ際に贈られた言葉は、この手紙にも書かれているのと同じ文言。
そういや、この世界に来てから何回かこの言い回しで言葉をもらった気がする。
アール殿下や、フローレライから。
「フローレライ様…っ、『幸せでありますように』ってお祈りに意味はありますか…っ?!」
「お祈りじゃないよぉ、『言祝ぎ』だよぉ」
「『言祝ぎ』ですか?」
「そうー、言葉に魔力を乗せるのさぁ。『言霊』ってあるだろぉ? 呪いの逆みたいなんものさぁ。一定量以上の魔力を持っている者の『言祝ぎ』はもう魔法を実行してるのと変わらないよぉ。ついでに、心からそう思っている、相手のためを思っている、っていうものじゃないと『言祝ぎ』に力は乗らないよぉ。だから案外みんな親しい人に贈る挨拶としてしょっちゅう言うよぉ。逆に一定量以上の魔力を持っている者は気をつけなきゃいけないねぇ」
アール殿下をガバッと見る。
「私ではその魔力量に達していませんわ。フローレライの言う一定量というのは、国を揺るがす大魔法使いクラスのことかしら? 稀人プッチ様もそこに含まれますわね」
ということは、藤島さんが私に告げた『言祝ぎ』は。
自分のステータスについていた、救国の英雄の加護、という文字を思い出す。
「うわわわわ…っ」
もとの世界に戻っても魔力を有しているの? アイテムは持って帰れなかった様子だ。でも、こちらの世界で上げたステータスはどうなったの? あっちで魔法は使えるの?!
聞いてみたいことが山程ある。
お金を返してくれる約束をしていたから、次に会うのはきっと休日明けのゴミ出しの時間だろう。
でも、私は今、ここ。
君乙Fの世界のヘリオス国から帰りたいと思っていない。テラアストライガが存在するこの世界から、もとの世界へ戻りたいなんて思えない。
会うのは、不可能だ。
ぶるぶる震えだした私を、テラはそっと抱き寄せた。
「落ち着け、しぐれ、深呼吸して。ゆっくり考えよう」
「はい、はい…っ」
荒かった呼吸を整えるため、深呼吸を始める。
そんな私を心配して、頬を撫でてくれながら顔を覗き込んでくれるテラの表情。
その至近距離では呼吸も心拍数も落ち着き戻らないから時間をください、でもお顔は眺めていたいので離れないでください。ああ、贅沢時間…っ。
「しぐれ殿はやはり稀人プッチ様と面識があったか」
スヴァルトの問いかけに、深呼吸を終えて、テラアストライガに見惚れていた思考をもとに戻す。
「ご本名をうかがってようやく気づきましたが、本当に面識だけです。縁あって藤島さん…、プッチさんをお助けして、感謝を述べられ、後日会う約束をしました。その時に『言祝ぎ』を受けております。私の加護は、そのあたりの影響かと」
「稀人プッチを助けた、と?」
驚きが広がる。
テラも同様にひどく驚いている。
助けた、って色々助け方があるでしょ?! 一概に敵を力でねじ伏せて助けるみたいなこと想像してないでしょうね?! してるよねきっと!!
「では、稀人しぐれは稀人プッチの恩人ということになるのか。……いやはや」
あーっ!! 私の立場をこれ以上上に据えようとする考えやめてーっ。
「やっぱり知り合いだったんじゃねえか!! それに、その手紙!! もっと他に書いてねえのか!! マリンのことは!!」
ずっと黙って気配を潜めていたロクサレーンが、怒りをあらわに叫んだ。
思わずビクッと身が跳ねた。
また、手の中で手紙がクシャリと握りしめられる。
ロクサレーンが向けてきた敵意に顕著に反応してしまう自分を、テラは優しく抱きしめてくれる。
そして静かにロクサレーンを見た。
戦闘能力のない私には感じられなかったけれど、テラから溢れ出した気の力、闘気の片鱗で、全員がビリッと恐ろしいほどの気迫を肌で感じたそうだ。
「今のところこれで書いてあることは全部……。遊び心であぶり出しとか仕掛けてないのなら、だけど」
小学校の時に習うよね、あぶり出し。秘密の手紙を書いてみよう、的な。
「あぶり出し?! なんでもいいからもっとあるべきだろ!! 俺宛じゃなくてよかったのに!! あいつ…っ!!」
ロクサレーンがマリンを見る。
マリンは無表情を装っている。
そんな姉の態度を見て、ロクサレーンは私の手の中の手紙目掛けて、手を伸ばして駆けてきた。
ひっ、と短く悲鳴をあげてしまう。
もちろん、私を抱きしめてくれていたテラが、ロクサレーンが容易に私に触れることを許しはしなかった。
次の瞬間には、ロクサレーンはマリンに向かって投げつけられていた。
どっ、と、宙を飛んで投げつけられた弟をマリンは全身全霊を使って受け止める。
ロクサレーンを受け止めたマリンもすごいけれど、瞬きもしない間に、こちらに向かって掴みかかってきていたはずの彼があっち側に飛ばされているってどういうこと?
あとで騎士団長ジョアンから解説を受けたんだけど、掴みかかってきたロクサレーンの頭を素早く掴んで、瞬時に足を払い、マリンに向かって片手の力だけで投げ捨て、私を抱く体勢に戻ったらしい。
私が感じたのなんて、テラの身体がちょっと離れて、ちょっと抱きしめ直された、その程度だ。
一部始終が見えていたジョアンもすごいけど、男一人を軽々片手で止めて、投げ捨てるってどんな握力と筋力? やっぱり身体強化も入ってる?
「ちくしょう…っ、クソおっさんめ…!!」
マリンに抱き止められる形で拘束されたロクサレーンは、奥歯を噛み締めて呻いた。
ふぁーっ!! またテラアストライガ様を貶したな?! 後で覚えてろ!!
「落ち着け、手紙の内容は分かった。稀人しぐれ様、感謝する。……さて、プッチの部屋の中は後で訪れ、目録を立て、彼の望むとおりにしよう」
スヴァルトはすぐにこの先の展望を組み立て始めた。
「稀人プッチの部屋のことが終わるまで、稀人しぐれは王都に留めおくのですか? ……ふむ、仕方ない。それまでの間に古都へ行く準備を進めておくか」
ニザヴェリルがスヴァルトに尋ねてからすぐ、一人で納得した。
「ニザヴェリル、しばし待て」
「何をですか、叔父上? そう、稀人しぐれをなぜテラにぃにお任せに? 稀人しぐれがテラにぃに好意を寄せている話は聞きましたが、……それでよいとお考えか?」
ちらっとニザヴェリルはテラを見た。
残念そうな落胆がその眼差しに含まれているのがありありと見える。
「自慢ではありませんが、テラにぃの女性関係のことに関しては幼いころから見てきましたので、よく知っているつもりです。それを鑑みると、……アースやアールはなぜ物申さなかった? 特にアース、お主が先んじて稀人しぐれの世話係に名乗りを上げるべきだっただろう?」
王族として、攻略対象メインヒーローとしては至極真っ当な飛び火を受けて、アースが笑顔のまま凍りついた。
王子様から、巻き込まないでほしい、と思っている気持ちが漏れていた。
「テラ様の女性関係…っ」
思わず口から溢れていた。
ぶるぶると今までになく身体が震えた。
知りたい、知っておきたい気もする、でも知りたくない、全力で拒否したい、ああでも。
頭の中は堂々巡り。
血の気が引いて、指先が冷たくなる気がした。
そんな私の様子に、テラはものすごく慌てた。
「ちょっ…っ!! しぐれ、待ってくれ!! …ニザぼ…、ニザヴェリル…ッ…殿下ぁ、てめぇ…っ!! 誤解を招く言い方ばっかりするな!!」
王の御前にいる手前、礼節と本音が焦りと怒りのせいでごっちゃになっている。
そのテラアストライガのあんまりな挙動と言葉遣いに、スヴァルトは可哀想なものを見る目で呆れて、肘をついたままの手をブンブン振った。
「あー、よいよい。無礼講でよいから、言葉遣いなど気にするな。今ここで交わされる言葉のすべては私が知りたくて求めるものとする。自由に話せ」
スヴァルトの温情に、テラはほっとした表情を見せたあと、口を開いた。
登場キャラクターの名前
しぐれ
テラアストライガ
マリン
ロクサレーン
スヴァルト
アースガルド
ニザヴェリル
(手紙で出演・プッチ)




