第三十五話 豪華攻略対象一同勢揃い。目線こちらにくださーい
裏手から城の中に入ると、テラは何かを察したかのように上を見た。
一緒になってその視線の先を追ってみたが、城の天井が見えただけ。
「テラ様、どうされたのですか?」
問いかけてみると、テラはゆっくり視線を戻して、優しく説明をしてくれた。
「オババが探索魔法を使った。こっちの位置を探ったみたいだ。おおかた、ニザヴェリル殿下が来ているのに王のもとへ来ないから、心配されたんだろう」
ちらっとテラの青い目は冷ややかに、まだちゃんと口を押さえているニザヴェリルを見た。
「このまま謁見の間に行こう。向こうも来るだろ。そこのほうが喋りやすいし、こっちも聞きやすい。アース殿下かオババが一緒にいてくれたら、その腕も回復してくれる」
「おおっ」
思わず楽しげな声を上げてしまった。
いよいよ初めての回復魔法体験?!
この腕の鬱血赤黒紫治るの?! 打ち身のひどい状態、のようなもの想像していました。二、三日はこの色味が変化していくのとお付き合いだなと思っていたのに。
ポーションもだけど、回復魔法もやっぱりすごい。
そして、アース殿下は実は回復魔法の達人だ。
攻略対象のメインヒーローではあるが、戦闘では回復やバッファーとしての役目が多い。だからといって戦闘能力が低いわけでもなく、剣も得意というオールラウンダー。
まあ、王族絶対守るマンという強力なタンク(騎士団長)とアタッカー(両近衛兵団長)が居るのだから、必然的にそういうポジションに落ち着くというか。
ちなみに、アール殿下は攻撃魔法特化型だ。そして、鞭の使い手。
彼女が稀人とハッピーエンドを迎えてこの国の女王様になったら、間違いなく現代日本人の結構それなりの年齢を重ねた人は『女王様!!』とアールに向かって別の意味で叫ぶことになるんだけど。
そこんとこ絶対狙っただろ、公式ぃっ!!
私があまりにも楽しげな様子で怪我を回復させてくれる話を受け入れたから、テラは複雑な表情を浮かべた。
「その腕の痣、殿下一人が握っただけでそんなことになったわけじゃないだろう? 大きさからして女の手形か? 誰にやられた?」
「いえ、皆さんやろうと思ってやったわけじゃないことは分かっていますので、そんなに気にしないでください。この袖も、ロクサレーンがこの怪我に気づいて、確かめるために切っただけなので誰もなにも悪くないのです」
私がステータス初期値しかない身体能力なのだから仕方ない。
もともとの身体もそこそこ痣の出来やすい身体だった。こちらの世界の身体もそうなのかもしれない。
それって体質です。キスマークも腰についた手形も。ねぇ、テラ様もそう思わない? と聞いてみたかった。
「誰もなにも悪くなかろうが、わざとじゃなかろうが、怪我を負わされたことに変わりはなく、服を切られたことも事実だ」
それはそうなんだけど。
「悪意がないから、なんてことだけで簡単に許すな。しぐれのその考えは優しいが、甘いだけだ。優しいことは美徳だが、とても小さな子どもらにでも向けておけ。この世界じゃ、そこそこ立って歩いて口がきけるようになった子どもでも戦って当たり前なんだ。戦えないしぐれが身を守るために、警戒してくれ、頼むから」
おおう、私は、そこそこ立って歩いて口がきける子どもたちより戦闘力ないとのご判断ですか。
自覚がある分、身につまされます。
「そこは、テラにぃがいつでも守ると言わぬのですか? ……やっぱり」
ニザヴェリルがつい、口を開いて突っ込みを入れてきた。
「黙ってろ、ニザァ!!」
「ぐむ…っ」
テラの気迫に気圧され、ニザヴェリルは慌てて口を閉ざす。
「なんでクソおっさんが稀人を四六時中守るんだよ? 王族の責務じゃねえのか? 大負けに負けても近衛兵団の仕事だろ? それを嫁もらったばっかりだっていうこのいい年したおっさんに他の女任すのかよ? 王の周りや軍の仕組みってのはやっぱり俺には理解できねえ」
引きずられているのをすでに諦めているロクサレーンが、心底理解できないと悪態を吐く。
「そもそもお前がひょいひょい勝手に不法侵入で王城に乗り込んでくっから悪いんだろうが!! プッチの部屋のことを調べたかったら、正規の手続きで城に来る手順踏め、救国の浄化の旅のお仲間さんよぉ?! ……、……俺が嫁もらった? なんの話だ?」
謁見の間にたどり着き、なんとテラは両開きの大きな謁見の間の扉をキックオープンした。
蹴破っていません。
あくまでキックオープンです。
両手が塞がっているから仕方なくです。
王が使う謁見の間だよ? 作法はどこかな?
私はなにも見ていません。いや、そのカッコよさはバッチリ心に焼き付けましたが。
開かれた謁見の間の中に、テラは右手で引きずっていたロクサレーンを中にポイと投げ込んだ。
ロクサレーンは素早く身体を回転させ、立ち上がる。何でもないフリをしているが、ふらふらだし、ボロボロだった。
ニザヴェリルも続いて謁見の間へ入ってくる。
「テラにぃ、結婚したのですか? いつの間に?」
「しーてーねえ!! 噂の出どころはどこだ!! ロクサレーン!!」
「知るか。街の酒場じゃ大盛り上がりだったぞ。おおかた兵士の誰かだろ? 火のないところに煙は立たない」
ロクサレーンは私が言ったことわざをそのまま使って言い放った。
どきりとして、身が強張る。
そんな小さな反応さえ、密着して抱かれているせいか、テラにつぶさに伝わったようだった。
「しぐれ!!」
ばっと、テラが腕の中の私に慌てた表情を向けた。
テラが口を開きかける。
その言葉が否定であってほしいと心から望んだ。
「待たせたな。来たぞ」
謁見の間の入り口に、スヴァルト王率いる攻略対象一団がやってきた。
テラも私も、彼らへと一度目を向けた。
スヴァルト王、アースガルド王子、近衛兵団長イングウェイ、第二魔法師団長フローレライ、女性近衛兵団長マリン、アールヴヘイム王女、家令長ロシェ、筆頭メイド長グリシャ、今駆けつけてきたばかりの騎士団長ジョアン。
そしてもう謁見の間の中にいる、暗殺者ロクサレーン、魔導王ニザヴェリル。
攻略対象が勢揃い。
なんて豪華。
スチルでください。
携帯のシャッフル壁紙にたっぷり組み込みます。
常時用の壁紙はテラアストライガ様関連なので不動ですが。
はっ?! 私の携帯、今真っ暗なままだった!!
皆が謁見の間に入り、ロシェとグリシャが扉を閉めた。
スヴァルトが玉座へ移動するのを待ち、ニザヴェリルとアース、アールがその下に続く。
そして近衛兵団長が両脇を固め、騎士団長が続いた。
フローレライは自由なもので、本来ならテラアストライガも同じように、おおよその立ち位置が決まった場所に着くはずだった。
しかし、私を抱いたまま不動となり、彼らを見る側に回った。
言葉にせずに、スヴァルトが軽く手を振る。楽にしろという合図だ。
もうすでにため息を吐きたそうな表情と苦笑いを浮かべ、ひじ掛けを使って頬杖をついて自らも気楽さを演出した。
「さて、どうしようか? 何か話をしていたか? 続けてもよいぞ? 私は待とう」
スヴァルトのはからいに対しテラは思わず私を見て口を開きかけたようだが、ぐっと思いとどまって耐えた。
「いや、あとで二人だけのときにでも出来る話だ。それより、アース殿下、しぐれに回復魔法をかけてくれ」
「なにかあったのか?」
みんなの視線は元々ほとんど私たちに集まっていたが、より一層私だけに注目が集まった。
すぐにドレスの袖がおかしいことに気づかれ、そして腕の痣に気づかれる。
ドアの方でびょんとグリシャが飛び上がった。
「ひどいな。痛むだろう? さぁ、しぐれ、手を」
駆け寄ってきて私の腕の状態を見たアースは、ちらっとテラをうかがってから、私に手を差し出してきた。
なぜ一度テラを見たのでしょう?
私も一度テラを見上げてみる。
なぜかテラは黙って目を閉じていた。
差し出した手をそっとアースが取り、もう一方の手を腕に添える。
短い呪文が小さな声量で囁かれ、ふわっと風が動いた。
赤黒紫だった肌に温かで優しい光が集まり、光が霧散して消えると、肌は正常な肌に戻っていた。
痛みももうない、艶やかで健康的な肌に。
「うわぁ……!!」
思わず感動で、アースに感謝を告げるよりも先に感嘆の声を上げていた。
くすりとアースが笑った声を聞いて、ハッと我に返る。そして態度を改めて、あまりに大人気なかった恥ずかしさを押し隠して、アースに礼を告げた。
「ありがとうございます、アース殿下」
「なに。いつでも言ってくれ。君が怪我を負うならば、どんな、どれほどのものであろうと必ず治すよ」
うぅん、美麗スマイル。
それは戦いが常にある世界では一つの殺し文句というやつではないでしょうか? こっそり一生の付き合いまで宣言していませんか?
もうすでに、打たれ弱さに自信が持てますー♪ 状態な自分には、どんな怪我でも治してくれる宣言はありがたいが、是非ともそんな事態は起こって欲しくない。言われたら逆に心配になります。
「おやぁ? 私の言祝ぎを受けていても痛むほどのダメージかい? よかったねぇ、言祝ぎかけてなかったら蓄積ダメージで骨折してたかもねぇ。やっぱり早めに稀人しぐれに物理防御系のお守り渡すねぇ」
フローレライが恐ろしいことを言った。
蓄積ダメージで骨折?!
マリンの顔から血の気が引いたのが見えた。
しーっ、しぃーっ、マリン様、今名乗り出ようとかしちゃ駄目ーっ!! 絶対ややこしくなる!!
そういや、ここにいる誰よりもテラは私に触れる。
抱き上げ、抱き寄せ、手を引き、頭を撫でたり、もっともっとすごいこともした。だけど、怪我を負うようなことは一度もなかった。
腰に手形はついてたけど。キスマークと歯形のことはちょっと横に置いといてね?
きっと私が気づきさえもしていないほど繊細に、この身を扱ってくれているのだろう。
それは、最初に抱き上げてくれたあの時からずっとずっと、今も、ずっと。
「うむ、そうしてくれ、フロー。しぐれ殿の怪我も治ったようだ、こちらの話をしてもよいか? しぐれ殿、テラ」
スヴァルトが場を仕切り直す。
アースが側を離れていき、テラはようやく私を腕の中から下ろした。
それでも側から離してくれはせず、背をそっと支えてくれている。
嬉しくて嬉しくて、たくましい腕に寄り添うように立った。
「しぐれ殿、先ほど稀人プッチの部屋から手紙を見つけ出したそうだね? それはどこに?」
「あ、ここに」
ずっとちゃんと持っていた手紙は、もう結構見るも無惨にクシャクシャだった。
そりゃ、あっちに抱かれこっちに抱かれ、引っ張られ連れて行かれ、握りしめ、握りしめ、こうなるよね。
一応、国としては劣化防止系の魔法をかけて綺麗に展示してもおかしくない、救国の英雄である稀人直筆の手紙なんだけどね。ごめんなさい。
「読ませてくれるか?」
「はい」
でも。
ちらりとマリンの顔を見た。マリンは私の視線の意味に気づいたようだが、すぐにふいと目を逸らせた。
ロシェが進み出てきて私から手紙を受け取り、それをスヴァルト王に恭しく届けた。
手紙に目を落としたスヴァルトは。
「……ふむ、読めん」
早々に諦めた。
潔い。
普通、貴族や王族なんて立場のある者たちは、自分の無知を隠したがるもんだ。
それがなんて潔さ。
フローレライを呼んで、手紙を手渡した。
「うーん、無理ぃ。解読するのぉ? 時間かかるよぉ?」
そしてやっぱり、私へと注目が戻る。
フローレライの手から手紙はふわっと飛んで、私の手の中に戻ってきた。
「読めるぅ? 稀人しぐれ」
「はい…」
そして、手紙の朗読が始まったのだった。
登場キャラクターの名前
しぐれ
テラアストライガ
ニザヴェリル
ロクサレーン
スヴァルト
アースガルド
アールヴヘイム
イングウェイ
ジョアン
マリン
グリシャ
ロシェ




