第302話 不機嫌な受付嬢
「今日もありがとにゃ~」
月の庭の地下にある修練場で、ミャーは律儀に頭を下げた。
今日は仕事である冒険者の指導日だったが、思っている以上に時間が経つのが早い。
昼間から指導を開始して、もう夕方頃だ。
あまり退屈しないのも、きっと彼女たちが熱心に努力しているからだろう。
アルド、ローズ、ナタリア、そして、ミャー。
見知った顔つきであったのも大きい。
初日こそよそよそしくしていたが、数回会ってことで、偽りの姿でも同じような接し方になってしまっていた。
「みゃあみゃあ、この後ご飯行かないかにゃ?」
「行かないよ、今日は予定があるから」
「みゃ~、いつもラリエルは予定があるにゃ~」
「今日は本当に予定があるんだよ」
「”今日”は……?」
あっ、やばっ。
「あ~、早く友達と美味しいご飯食べたいな~」
「いいにゃ~」
う、うん。追求しないのか。
いや、助かるけども。
「じゃあ、お疲れさまでした。次回は一週間後で大丈夫ですか?」
「あっ、うん。それでいいよ」
日程が決まったことで、皆が修練場を後にする。
それにしても、本当にミャーが元気になってくれてよかった。
一時は一生残る傷跡ができるかもしれないと心配したが、それも医学の発展のおかげか、今ではすっかり完治している。
ああいう天真爛漫な子には、不幸になってほしくはないしな。
う~んっと身体を伸ばし、少し遅れて月の庭の地下の階段を上る。
すると、
「今日もお疲れさまでした」
言葉とは裏腹に、どこかムスッとした表情をしているカレンがそこに立っていた。
「お~、カレン。そんな顔してるとしわが増えるぞ?」
「ふーんだ! しわくちゃになったら、そのローブを貰いますよー」
ふむ、隠してたのが相当良くなかったみたいだな。
最近はずっと不機嫌気味なカレン。
もちろんあの時のことは謝罪済みだが、それでも根に持っているのか、普段よりも触れずらい生意気感。
まぁ、それもこれも全部俺が蒔いた種が原因なのだが。
「ご飯奢りで手を打とう」
「それ、私が言う立場のセリフなんですけど?」
「ちょっと高級なものでもいいんだぞ?」
「そんなのに釣られる私だと思います?」
「うん」
「……」
いや、そんなジトっとした目で見ないでくれ。
半分冗談なんだから。
「はぁ……」
カレンはため息をこぼしながら、言葉にする。
「レオンさん、私はがっかりしました」
「ちょっとって値踏みしようとしたことに?」
「……」
「いや、本当にごめん。続けてくれ」
「私、レオンさんとは信頼関係を築けていると思っていました。頼ってばっかりなのは、いつも私の方でしたけど……」
カレンはこう見えて真面目な子だ。
受付嬢の仕事を誰よりも頑張っていると聞くし、秘密にしてほしいことはマスターにさえ漏らさない。
彼女の過去を知っている分、つい他の受付嬢よりも甘く見てしまうところはある。
ただ、それを抜きにしても、信頼という面ではアリサさんと並ぶほどだと思っているのだが……
「それでも、そう思ってました。だから、素直に言ってほしかったです。困っているなら、頼ってほしかったです」
あの時の俺は考えが固執していた。
秘密にすれば何も問題はないと。
だから、これは信頼の有無とは別の話だ。
レティナやシャルにも素直に話せなかった内容なのだから。
「そんなに私は頼りない受付嬢でしたか?」
カレンは少し悲しげな表情でうつむく。
信頼の有無とは別。
そうは思っても、それはあくまで俺側の理屈にすぎない。
彼女の立場からすれば、そんな事情は関係がないのだ。
何故頼ってくれなかったのか。
ただその一点だけがずっと胸の中で残り続けていたのだろう。
「黙っていた上でこんなことを言っても、信じてくれないかもしれないけど、俺はカレンのことを信頼してるよ。これは嘘偽りなんかじゃない。だから、申し訳なかった」
カレンに向けて、きちんと頭を下げる。
普段ならば調子づくので絶対に伝えないが、今回は言葉にしなくてはいけない場面だ。
ちゃんと心に届いていればいいのだが……
「……どのくらい信頼しているんですか」
「えっと、アリサさんと同じくらいかな」
「本当に?」
「本当だけど」
「ふ~ん……では、身体で表現してください」
か、身体で……?
聞き間違いかと一瞬疑ったが、確かにそう聞こえた。
なので、俺はとりあえず大きく手を広げて、目一杯の信頼を見せつける。
「こ~んくらい!」
「……ふっ」
ん? 今笑ったか?
「では、このギルドを一周して戻ってきてください」
「えっ、普通に嫌だけど」
「さっきのは噓だったんですね、分かりました」
「ちょっと待っとけよ!」
い、意味が分からないが、とりあえず今は従うしかない!
そう思うと、急いでギルドの外に出る。
そして、全力疾走で外周を回ると、再びカレンの元に駆け寄った。
「し、してきたぞ!」
「本当にしてきましたか? いくらなんでも早すぎません?」
「じゃあ、外にいる人たちに聞いてみてくれ」
「……まぁ、いいでしょう。では、そこでしゃがんでください」
何がしたいのかは不明だが、ここまできて断る理由もない。
俺は忠実にその場でしゃがみ、カレンを見上げた。
「じゃあ、お手!」
「……」
うん、どこに埋めようかな?
とても満足げに俺を見下ろすカレン。
まさかあんな顔を見せておいて、調子に乗るだなんて思ってもみなかった。
全部演技だったのではないか? と疑りたくなるほどの生意気な表情である。
「ワンちゃん?」
「誰がワンちゃんだ」
差し出された手を取らず、俺は呆れながらに立ち上がる。
「それで? 満足しましたか?」
「ん~、その姿だとやっぱり可愛さが勝っちゃいますね。できれば、ローブを脱いでもう一度」
「じゃあ、また来世で」
「じょ、冗談ですよ! 怖いこと言うのはやめてください!」
歩き出した俺の後ろをカレンが付いてくる。
ここは修練場に繋がる通路なので、一目がつかない。
というか、周りの目があれば、俺も従順に従うことはなかっただろう。
これでお互い様……という空気にしてくれたのかな。
「マスターの血でも入っているんじゃないか?」
「それ誉め言葉です?」
「えっ、なんかマスターとは似たくないっていう風に聞こえるけど」
「誉め言葉でした! 嬉しい!」
カレンは自分で口角を上げて、作り笑顔を浮かべる。
どこか憎めず愛嬌がある。
彼女にはこの言葉がぴったりだ。
もうすぐそこで出口というところで、カレンはふと足を止めた。
「レオンさん、次は絶対に力にならせてくださいね」
「もちろん。その時はよろしく」
彼女を頼るほどの出来事は、正直もう起きないだろう。
だが、全部が全部今回と同じ状況である必要はないのだ。
仕事関連の軽い相談でも、きっと喜んで話を聞いてくれるに違いない。
大事なのは一人で抱え込まないこと。
一人で抱え込むほど、かえって周囲に迷惑をかけるということを、今回の件で嫌というほど思い知ったのだから。
月の庭を出ると、もう太陽は沈みかかっていた。
このままの足で向かうか。
そう決めた俺は、少しだけ肩の荷が下りたのを感じながら、ゆっくりと目的地に向かうのだった。




