ピクニックに出発!
いざ、ピクニックと言う名の学外演習。いや、学外演習と言う名のピクニックに出かけるべく、ルーナリア達は学園の裏門から森へと出発していた。
森といっても、所詮は学園の敷地であるし、貴族が足を踏み入れることを考慮して、しっかりと道が整備されている。さすがに舗装はされていないものの、二人が並んで歩いても問題ない幅の道だ。
しかしながら、しばし歩けば学園の建物は見えなくなり、鬱蒼とした木々が辺りを囲み、確かにここは森だと気付かされる。3.4メートルほどの高さはありそうな木々に囲まれ、晴天であったはずの日差しはさほど 届かない。しっとりとした空気が漂っていた。
「いい匂い…」
木々の匂いも、葉の匂いも、土の匂いも全てが心地よく、ルーナリアはテンポ良く歩きながら呟いた。
「森が好き?」
僅かな呟きもしっかり拾い、隣を歩くウィルフレドはルーナリアを見た。
「自然が好きです。山で育ちましたから。学園にある庭園も確かに綺麗ですけど、こういう…人の手が入っていないところの方が落ちつきます」
この歩道はしっかりと人の手が入っていますけれど、と笑って付け足す。
「少し歩くけど、湖もなかなかいい景色だよ」
「それも楽しみです。山には小川はありましたけど、湖はなかったので」
学外演習には渋々了承したルーナリアだったが、湖を見れることは楽しみにしていた。学園に来てから外を出歩くことは減ったので、こういう形でも外を歩けることは嬉しいことだった。
「楽しみに思っていてくれたなら良かったよ。どうせなら制服じゃなくて、私服が良かったけどね。ピクニック感が出るからさ」
「ピクニックと言う名の学外演習ですからね」
残念そうに制服を着た腕を広げるウィルフレドに、同じく制服を纏ったルーナリアは苦笑する。
前を歩くレイアードとマルクランも、もちろん制服だ。学外演習時は制服着用と決まっているので、学園にいる時と変わらない格好になる。
「制服と言う名の戦闘着ですし」
防御魔法が施されている制服は、余程のことがなければ破れることもなく、安い鎧よりも防御力が高いのだ。だから学園も、演習時に制服の着用を義務付けている。
「殿下はよくここに来られるのですか?」
「時々ね。たまにのんびり外の空気を吸いたくなることがあるんだ」
「そうなんですね」
「今日はリアと一緒に来られて良かったよ。いつもより楽しめそうだ」
機嫌良さそうに笑うウィルフレドに、ルーナリアも笑みを返した。
この王子殿下は、本当にルーナリアの呪いを気にしていないようだと、感じ取る。マルクランが何も言っていなければ、何の呪いかも分からないというのに。普通であれば、呪われている人間になんて、わざわざ近づきはしない。自分にまで害が及ぶかもしれないからだ。
何の呪いかも分からないというのに、それでも共にいようとすることは、王族としてはマイナスだ。マルクランやルーナリアを信用しているから、自分に害はない呪いだとわかっているのだろうが、自身にとってマイナスになるかも知れない者を切り捨てられないのは弱みになる。
けれど、人としてはプラスだとも思えた。ウィルフレドが王子殿下でなければ、普通に仲良くできたかも知れないとルーナリアはこっそり思っていた。
「どうかした?」
「いえ、殿下は変わっているなぁと改めて思っただけですよ」
「なんだい、それは」
困ったような顔でウィルフレドは笑った。
「そういえば、今日はあの時の剣じゃないんだね?」
ルーナリアの腰ベルトに括り付けられている短剣を見て、ウィルフレドは問いかけた。
今日ルーナリアが持っている剣は、この間の魔物の時に使ったものとは違い、長さは半分ほど、そして魔石は付いていない、ごく普通の短剣だ。
「あの時の剣はとっておきの時に使う用なんです。普通の獣相手なら、こっちの方が使い勝手がいいんですよ」
革でできた、使い古した鞘に軽く手を当てる。何年も使用している、手にしっくりと来る剣と鞘だ。
「そういえば、リアは魔物と対峙した事が何度かあるのか?」
「はい。時々魔物が迷い込んで来る事がありましたから。大体は父が対応していましたが、小物の時はたまに私も剣を振るいました。父は私が剣をもつことをあまりよく思っていないんですが、何かあった時に対応できるように、教えてもらいました」
「リアはフォルマに守られるばかりだと言っていたから、あの時の魔物との立ち会いには驚いたよ」
「……父は、全てから私を守ってくれるつもりではいたんです。ですが、虹の世代の魔力持ちは絶対に魔法学園に入らなければならないとなってしまったので、万が一を考えて戦い方を教えてくれました。本当は、小物であっても、魔物との戦闘実践などさせたくなかったと思います」
戦い方を教えてくれた時の父の顔を思い出すと、胸が痛む。辛そうな顔で、何度も手を出しそうになるのを堪え、キツく拳を握っていた。ルーナリアが怪我など負わないように、いざという時を見極めるために視線は鋭くなり、眉間のシワも深くなっていた。あれを何も知らない人が見たなら、ルーナリアの戦い方が気に入らずに怒っていると怯えた事だろう。
無事に無傷で魔物を倒した後も、父は安堵した顔は見せず、どこか苦しそうなままだった。本当は戦わなくてもいいのに、戦い方を教えなければならない事が、それを見守らなければならない事が、辛くて仕方がなかったのだ。
「その前から、自分の身は自分で守れるようにとお願いして剣は教わっていましたし、父の戦い方はずっと見ていたので、ある程度の魔物なら対応できるようになりました」
戦い方は見て覚えた。何度も何度も、何パターンも見て、頭に叩き込んだ。
剣を合わせては弾き飛ばされ、何度も尻餅をつき、剣ダコを潰し、父に渋い顔をされながら、自分のものにしていった。
「リアくらいの女の子で、一人で魔物を倒せるなんてそういないよ。しかも攻撃魔法なしだろ?今すぐ騎士になれるよ」
「父にも言われました。男だったら騎士になれたなって」
「女騎士もいるけどね」
「父が許さないでしょうね。きっと」
「僕もそう思う。僕からは絶対に推薦したりしないから安心して」
「ふふふ」
「最強の魔法使いなのに剣の腕もたつからな、フォルマは」
さっきまでにこやかに話していたのに、急に真面目な顔をしたウィルフレドを、ルーナリアはついつい笑って見た。
「殿下は剣技は得意なのですか?」
今日もしっかりと従えられている宝剣を見つつ、問いかけた。
「…フォルマに数秒で剣を弾かれる程度の腕だよ…」
「それはこの学園の生徒全員ではないですか…」
「僕はリアにも剣を弾かれる気がする」
「そんな弱気にならなくても…」
「リアに負けたら立ち直れなそうだ」
「殿下は護衛対象なんですから、いいじゃないですか。それに、素晴らしい攻撃魔法が使えるんですから、問題ありませんよ」
分かりやすく落ち込み、まっすぐ前を向いたまま途方にくれたような顔をするウィルフレドに、ルーナリアは苦笑する。普段は王族の威厳を放っているのに、父のことが絡むと途端に少年の様になるウィルフレドが、どこか可愛く見えてしまうのだ。
「国民が守りたいと思う人になってしまえばいいじゃないですか。強いに越したことはありませんが、強さを極めることだけが王族に求められていることではないでしょう。国民の心を掴むことだって大事だと思いますよ」
ウィルフレドはハッとした様な顔をし、ルーナリアを見た。
「守られる人は、守られるべくして守られればいいと思います」
「リアはいい事言うね。ウィルは何をウジウジしてるのか知らないけど、おとなしく守られていればいいんだよ。どうしたって僕の方が魔法の腕は上なんだからね」
「そして国民の心を掴めるように研鑽する事だな」
「お前たちな…」
今まで前を歩きながら会話に混ざる事のなかったマルクランとレイアードが、振り返ってにこやかに口を挟んだ。マルクランに至っては、体ごと後ろを向き、後ろ歩きをしながらニヤニヤしている。
「リアの心を掴めていないのに、国民の心を掴めるかなぁ」
「マル!」
「わ〜お。ウィルが怒った!」
「調子にのるからだ」
「でもレイだって同じ事を思っていただろ?」
「まぁな」
「お前ら!」
幼なじみ二人の軽口に顔を赤くし、ウィルフレドは小走りで近づいていった。マルクランがこちらも小走りでそれから逃げ、軽く追いかけっこをしている。それをルーナリアはまたも苦笑いで見、同じく苦笑いをしていたレイアードと目を合わせ、また笑った。




