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ドラドラとドラキン 3/3




 妖怪変化。

 宇宙に飛び出す科学技術を持つ世界においても根強く残っているように。

 魔法やスキルといった不可思議な力が一般的に使われる世界においてもまた、噂が絶えることはない。

 だが、科学力がメインの世界に比べ、魔法力がメインの世界では、恐怖の対象としては弱い。

 もっと身近で、明確で、物理的に危険で、人類の敵と呼ばれる魔物が存在するからだ。


 だから、深雪地帯のとある街に、雪女と思われる妖怪が出現するようになっても、住民は騒ぎ立てなかった。


 現れる時間帯は、ばらばら。

 昼だったり、夜だったり、数日置きだったり、月に一度だったり。

 現れる場所は、同じ。

 温かい料理が人気な料理店で、特に鍋料理が美味しい店に頻発する。


 彼女はそこで、ただ、郷土料理を食するだけ。

 それなのに、妖怪変化である「雪女」呼ばわりされているのは、いくつかの理由があるから。


 まずは、何をおいても外見の完成具合。

 美男美女がスタンダードなこの世界においても、その容姿は突出していた。

 まるで、氷で創られた理想的な彫刻のよう。

 珍しい水色の長い髪もまた、彼女の完璧さを際立たせている。

 

 加えて、肌の白さ。

 肌色の域を超えた、新雪のごとき純白。

 厚着で隠された合間から見える顔や手だけでも、異常な白さに目を奪われる。

 シミどころか、シワさえ見当たらない肌は、人の温もりを感じさせない。

 好奇心に負け手を伸ばした男は、その身を凍らせてしまうだろう。


 それに、世間知らず。

 上等な防寒着に身を包み、庶民の料理を楽しむ舌も持っているのに、金銭を一切持ち合わせていない。

 なので、支払いはいつも、アイテム。

 低ランクで需要が少ないアイテムでも、最低金貨一枚の価値はあるのに、けっしてお釣りを受け取ろうとしない。

 曰く、「お金なんて持っていても料理以外で使わないし、それにすぐ無くしてしまうから」

 貴族の箱入り令嬢でも、もっとまともな常識を持っているはず。


 極めつけは、素性が不明な点。

 観光客が少ない深雪の街なのに、何度もやってくる。

 何度もやってくるのに、長居せず、宿泊もしない。

 街の外から来ているはずなのに、門番に認識されず、雪道に足跡を残さず、気づくと料理屋の席に座っている。


 最後の理由だけで真っ当な存在でないのは明らかだが、それを問題にする者はいない。

 どんなに怪しかろうと、雪景色と郷土料理を愛する客に違いはないのだから。

 嬉しそうに、そして幸せそうに、あったかな鍋料理を頬張る彼女を拒否できる者は、それこそ人の道を外れた妖怪ヒトデナシ。

 雪解けの春を彷彿とさせるその笑顔は、人と妖怪の垣根を飛び越える魅力があった。


 唯一の心配事は、その魅力。

 伝承によると、雪女という種族は、女性だけが生まれる家系なので、人里に降りて男を魅了し連れ帰る習性があるらしい。

 今のところ、行方不明なった者は確認されていないが、もしそれが現実になったら、彼女を野放しにはできない。

 その時が人と妖怪との最後の蜜月になるのだろうが、いらぬ心配だろう。

 だって彼女は、どんな男も一声で虜にする美しさを持っているのに、決して自分からは話しかけようとしないから。

 きっと、お眼鏡に適う相手がいないのだろう。


 彼女と釣り合いが取れるのは、どんな男だろうか?

 彼女に負けないほどの美の女神に愛された色男か。

 それとも正反対で、屈強な肉体を有する偉丈夫か。

 はたまた、凍てついた世界さえも支配する王様か。



 そんな噂に花を咲かせる住民たちに、その答えを突き付けるかのように。

 ある日、雪女は、一人の男を連れてきた。

 くすんだ緑の髪と服の、中年男。

 それ以外に目立つところが無い普通の、いや普通未満の冴えない男。

 しかも、美しい雪女と手を繋いでいるのに、げんなりした顔をしている。


 色男はもとより、偉丈夫にも、王様にも、とても見えやしない。

 雪女が住む集落は女ばかりなので、性欲の強さが重視されるのかもしれないが、そんな覇気さえ感じ取れない。

 だとすれば、いったい何が決め手になったのだろうか?


 そんな住民たちの疑問をよそに、げんなり顔の男が口を開く。


「ええと~、そのですね~」


 明らかに乗り気じゃない中年男を急かすように、雪女はその背中を何度も叩いている。


「俺はその~、こう見えて商人の真似事をやっていまして~。とは言っても、商会ギルドには登録していないモグリなんですが~。それでも多少は、販路を持っていたり持っていなかったりで~。……そんなわけで、もしよかったら、仕事の依頼ができないかなーと思う次第でして、はい」


 今や街の名物となった雪女の夫らしき相手なので、根気強く聞いてみると、意外にも商売の話であった。

 仕事の依頼として、作ってほしいのは、2種類の玩具。

 必要な材料は、街の周辺にある樹木だけ。

 部品が多く一式作るにはそれなりの時間を要するが、さほど高い技術は必要なく、期限やノルマもない。

 

「このドラキンという玩具の駒は、大きさの統一はそこそこでいいですが、盤のマスからはみ出さないよう注意してください。もう一つのドラドラという玩具の牌は、できるだけ大きさを統一させてください」


 時間は、ある。

 それも、持て余すほどに。

 雪が多い日は外出不可だし、特に寒い時期はそれが何日も続くので、家の中でできるのは内職か子作りだけ。

 内職といっても、あまり需要のない民族工芸くらいで、寒い時期の稼ぎは無いに等しく、ギリギリの生活を強いられている。


「平べったい駒の玩具は金貨1枚。牌が多い玩具は金貨3枚の買取でどうでしょう? 

 ……え? もっと高く買い取れって? はぁ~、これだから世間知らずのお嬢様はよぉ~。耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ。人様の世には何にでも適正価格ってもんがあって、それより多くても少なくても世間を混乱させるだけなんだよ。きちんと規律された統制下じゃないと人の社会は回っていかないんだよ。社会の歯車だけに。

 ――って、痛い痛いっ! 魔法で創った氷柱で背中を刺すのはさすがに痛いって! 照れ隠しを通り過ぎて殺意高すぎだろっ!!」


 偉そうに物の価値を語るげんなり顔の男であったが、その価値も世間一般とはだいぶズレていた。

 物価が安いこの地域では、平均月収が金貨2枚ほど。

 それなりに手間と時間を要するとはいえ、他の仕事ができない時期の稼ぎとしては十分すぎる。 


「それでは、商談成立ということで、こちらとしても大変助かります。雪解けの時期に引き取りに来ますので、それまで無理せずにお願いします。とはいっても、需要は増える予定なので、たくさん完成しても全部買取しますよ」


 なので、話は、あっさりまとまった。

 妖怪変化である雪女の怪しい夫という点を差し引いても、魅力的なお誘いだったからだ。

 ただし、本当に支払いされるかは心配だが。


「念のため、保証金として金貨30枚を前払いしておきますね。もしも、俺が引き取りに来れなかった場合には、この金を使ってください。それでも足りない場合には、彼女に請求してください。

 ……ああ、ご心配なく。たとえ俺が行方不明になったとしても、彼女は今までどおり通い続けるので。というか、俺が野たれ死ぬとしたら、彼女が原因である可能性が非常に高いので」


 その懸念を察したらしいげんなり顔の男は、下手くそな笑顔を作り、十分な解決策を提示してきた。

 冴えなく覇気なく性欲もなさそうな中年男だが、どうやら商人としては頼りになるらしい。

 妻である雪女に怒られる姿は、とても情けないのだが。


「では、詳細な取り決めについても確認しておきましょうか。

 ……え? 自分は鍋料理を食べているから、その間に俺一人で話を進めろって? 言い出しっぺはあんたなのに? あー、はいはい、頑張りまーす。極悪非道な人類の敵にこの街が滅ぼされないよう精一杯頑張りまーす。

 ――だから痛いって! 氷柱で尻を刺すのは反則だって!!」


 雪女の夫はなぜ、こんなに怒られながらも、こんな深雪の街にまで、商談に来たのだろう?

 雪女がたくさん持っているアイテムを売れば、お金に困らないはずなのに。

 それに、交通の便が良い他の街でも、できるはずの仕事なのに。


 ……そんな疑問を抱いた住民が、げんなり顔の男が一人でいる時に、恐る恐る尋ねてみると。


「ああすいません、うちのカミさんがご迷惑を――って、誰が誰の嫁やねん!

 ……こほんっ! いやいや実はですね。全部あの冷血女に命令されたんですよね。どうやらこの店で飯を食っている時に、雪で仕事ができない時期が長くて困っている話を聞いたらしくてね。それでもし破産したら料理屋も続けられず、大好きな鍋料理が食えなくなるかもって思ったらしくてね。

 どんだけ食いしん坊かと。そもそもお前は人類を滅ぼす側だろうと。しかも何で敵対しているはずの俺に命令するのかと。いったいお前は何がしたいのかと。

 お互い色々と言いたいことがあると思うんですけどね。でも悪気はないようだから多めに見てもらえると助かるんですけどね。逆切れしたらマジでこの街ごと滅ぼしかねませんからね。まあそんときは俺が責任もって冷血女を消滅させますけどね。あっ、今までの話はオフレコでお願いしますね。じゃないと俺がまた怒られますからね」


 どうやら、雪女の夫は、見た目ほど尻に敷かれているわけではないらしい。

 そして雪女の方は、見た目以上に危険な妖怪だったらしい。

 もっとも、げんなり顔の男の話がどこまで本当か怪しいものだが。


「そんなわけでまあ、俺は巻き込まれただけの善良で気弱な小市民なんですが、玩具を作り手を探していたってのは本当の話なので、ここは一つあの怪しい冷血女の存在は無視して、純粋な商売としてこれから付き合っていただけるとありがたいのですよ。いや本当に、人類の未来のためにも」



 かくして、冷たく硬い積雪と、温かくとろとろな鍋料理だけが名物であった深雪の街に、新たな特産品が誕生した。


 最初は、退屈凌ぎと小銭稼ぎの内職レベル。

 二つの遊戯が世間に広まり、他の地域でも量産されるようになってからは、始まりの地として元祖扱い。

 見習いから熟練職人へとレベルアップした技術は、立派な産業にまで昇華。

 雪国の過酷な環境で育った樹木は重厚感と美しい木目が特徴的で、これを基に作られた玩具は最高峰の名品として高く評価されるようになったのだ。

 

 ――だけど、実際にどんな理由と場所で人気を博しているのかについて、雪国の職人が知るのはずっとずっと先の話。


 そして、本当に人類の未来に役立っているかについては、誰も知る由もない。




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― 新着の感想 ―
ポンコッツじゃこんな人間との取り引きなんてできそうにありませんからねぇ。さすが知性担当。
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