ドラドラとドラキン 2/3
「ローン! ハーツ! ドラドラドラー! マンガーン!!」
最高に面白い遊戯である麻雀で、最も簡単で最低な役牌ドラ満貫。
喰らった側はたまったもんじゃない。
もっとも、俺は放った側で、喰らったのはお嬢様だけどな!
「どうして旅人さんが上がるのよっ!? 私が捨てた牌は、一巡前にコルト君が捨てたばかりなのにっ」
「くくくっ、山越しで上位者から直取りするのは基本だぞ」
「私ずっと最下位なんですけどっ!? それでもやっと逆転が狙える芸術的な役満ができそうだったんですけどっ!?」
「くくくっ、我こそは芸術を台無しにする男!」
あー愉快や愉快!
平和的に貴族のお嬢様をギャフンさせるのは最高に楽しいな!
あん? 接待麻雀?
そんなのは俺に利益をもたらす者だけに許された特権。
だから、俺は誰にも接待する必要はないのだ!
「もう旅人さんってば、可愛い女の子をイジメる時だけは生き生きするわよね」
ハコテンでづがぁ~ん状態なお嬢様が、これ見よがしに大きな溜息を吐きながら非難してくる。
図星なので言い返せないが、自分が可愛いと主張しているところがムカつく。
次回も絶対にドンケツにしてやろう。
「悔しいけど、旅人さんは本当にこの手の遊戯がお上手よね」
若干引っかかる誉め言葉だが、素直に受け取っておこう。
もっとも、お遊びだとナメているうちは一生勝てないぞ。
麻雀は運の要素が大きいが、そんな運の管理も含めた長期戦略が決め手になるゲームなのだ。
麻雀に流れありますよ!
ともかく、これにて毎月恒例の晩食会後の余興は終了。
余興は、今回のように麻雀だったり、将棋だったり、トランプだったりと様々。
余興の勝者から順に好きなデザートを選べる。
基本、いつも俺が一位で、いつもお嬢様が最下位。
お嬢様が最下位なのは、俺が執拗に狙い撃ちしているから当然として。
あれ? もしかして、この俺が接待されているのか?
料理だけでなく場所まで提供している主催者だから当然かもしれないが。
うーん、あまり楽しいもんじゃないな、接待って。
お嬢様にトップを取られてドヤ顔されるより百倍マシだけどな!
「大人気ないって言葉は、きっと旅人さんのためにあるね」
ふん、大人の男はいつまでも子供心を忘れないものなんだよ。
遊び心がある大人は魅力的なんだよ。
エッチな雑誌にそう書いてあったんだよ!
「それはともかく、旅人さんが持っている玩具って、すっごく考えて作り込まれているものばかりよね」
「子供向けはともかく、大人向けの玩具だから当然だろうさ」
「当然じゃないわ。王都や大都市でもこんなに洗練された玩具は見たことないわよ」
「まあ、病気や食料の問題に振り回されるような地域では、玩具の開発にまで手を回す余裕なんて無いだろうからな」
「ということは、こんな玩具をたくさん持っている旅人さんの故郷は、よほど平和だったのでしょうね」
「まあな。賭け麻雀でマフィアの管轄が決まったり、負けたら指が切り落とされたりするけど、それも含めて平和だったぞ」
「魔物と戦うよりも物騒じゃない!」
それが賭け事を生業とする勝負師の世界である。
一度でいいから、人生を賭けた裏世界の裏レート麻雀を体感したいものである。
もちろん、見る専で。
必殺ツバメ返し!
「そういえば、私の屋敷に出入りしている商人から聞いた話だけどね、このまーじゃんやしょーぎに似ている大会が開催されている街があるそうなのよ。遊戯の名前は違っているけど、遊び方は聞いた限りだと同じだったわね」
「へー、やっぱり他のところでも似た遊びがあるんだな」
「でも私は、その街以外では聞いたことないし、その商人も同じそうで、普通ではありえない大会だと驚いていたわ」
「何が普通じゃないんだ?」
「その遊戯大会は、参加者自由のしかも無料で毎月開催されていて、上位になったら賞品としてなんとアイテムがもらえるの。だから、近隣の街で大流行しているそうなのよ」
「それはそれは、随分と太っ腹だな」
「そうね、豪華な晩餐の後にデザートまで御馳走してくれる誰かさんによく似ているわよね?」
誰が中年ぽっこり腹やねん。
「しかもね、優勝者には信じられないことにレベル9のアイテムが与えられるそうなのよっ。最高位のレベル10は王族しか扱えないから、実質最高位のアイテムが毎月無料で配布されているとんでもない大会なのよ!」
「新しい遊びを広めるためには、高価な賞金を出すのが手っ取り早いからな」
「でもね、毎回どちらの大会も同じ人が優勝していて、しかも運営側の人物だから、不正が疑われているそうなのよ。それでも2位以下の入賞者は、低ランクだけど本物のアイテムをもらっているから、文句を言う人は少ないそうね」
「その遊戯のルールが麻雀と将棋と同じだったら、不正は難しいと思うぞ」
「特にまーじゃんの方は運の要素が強い遊戯だからね。……それでも、毎回優勝してしまう人が身近にいた気がするけど、ね?」
またもや意味深長な視線を向けてくるお嬢様。
分かってる分かってるって。
俺はアニメや漫画によくいる鈍感主人公と違って、察しの良い普通のおっさんなんだぞ。
「ふむふむ。ようするにお嬢様は、俺をその大会に出場させたいんだよな? それで、優勝できるのかって煽ってるんだよな?」
俺は自他ともに認める温厚な性格だが、売られた喧嘩は割と買う方だぞ。
むろん、十二分な勝算がある時に限るけど。
「違いますけど? 煽っているのじゃなくて、疑っているのですけど? また私が知らないところで、馬鹿馬鹿しくも壮大な遊びをしてそうだと疑っているのですけど?」
「皆まで言わずとも分かっているって。お望みどおり、その大会に出場し、見事優勝してみせるさ。もしも偶然、その街に辿り着いたらな!」
「……ねえ、旅人さん? もしかしなくても、私に嘘がバレないために、誤魔化しているの?」
「ははは、なんのことやら」
「本当に誤魔化す気があるの? それって白状しているのと同じだと思うのだけど?」
うん、俺もそう思う。
◇ ◇ ◇
覇を競う大会は、文化が成熟した証。
その文化が浸透し、平等に競い合う精神が育ったからこそ、大勢が見守る表舞台で勝者を決める大会へと至る。
だから、古くは戦争と飢餓、近年でも魔族に翻弄される世界では、まともな大会など開催されるはずもなく。
戦闘能力を競う武術大会や、金銭を賭けるカジノが精々。
それだけに、とある街で唐突に開催された二つの大会の異常性が浮き彫りになるだろう。
そう、その大会には、異常が溢れていた。
最も目立つ異常さは、賞金の高さ。
入賞者にはアイテムが贈呈され、優勝者にはランク9、準優勝者にはランク5、三位にはランク4、四位にはランク3と、まさに大盤振る舞い。
しかも、同ランクであれば、アイテムの種類は自由に選べてしまう。
参加者から集めた金を賞品に回しているのであればまだ理解できるが、参加費は無料。
経歴はともかく、年齢や種族など、参加条件を一切問わない点も珍しい。
また、主催者が貴族でも大商人でもない、地方の都市に小さな店を構える凡庸な商人である点も、十分な異常性であろう。
だが、最も異常な点は、別にあった。
それは、これほどの大金を投じた大会が、玩具を使った遊戯の認知度を上げるためだけに開催された点である。
始まりは、小さな店に、小さな紙で貼りだされた案内文であった。
・今月末、二つ遊戯大会を開催します
・遊戯の名はドラドラとドラキンで、どちらか片方に参加可能
・入賞者にはアイテムをプレゼント
・参加条件は問わず、参加費も無料
・遊戯で使用する玩具は、当店にて絶賛発売中!
・詳細は、玩具を購入の上、店員に確認されたし
最初に告知された内容は、これだけ。
誰も見たことも聞いたこともない遊戯。
そもそも、遊戯の大会が開催されること自体が初めて。
しかも主催者は、街中の店でも目立たない小さな玩具屋。
とても怪しい案内であったが、それでも注目を集めたのはただ一つ。
高価なアイテムを無料かつ安全に獲得できるチャンスかもしれないから。
案内文を見た者は、何度も何度も店員に確認し、嘘偽りがあったら衛兵に突き出すと脅した上で、ようやく対象の玩具を購入し、ルールを教わり、家族や友人と特訓し始めた。
誇大広告としか思えない内容であったが、玩具の価格が銀貨1枚と比較的安価であったことや、試しに遊んでみると面白かったことが功を奏し、初開催の怪しい大会にも拘らず、街中からそこそこの人数が参加した。
動きの少ない遊戯であるため、見どころは少ないと思われたが、プレイヤーだけでなく、観客者も含め、大いに盛り上がった。
戦略性や一発逆転のゲーム性もさることながら、やはり釣り餌として用意された豪華賞品――アイテムの存在が大きい。
優勝者には、大貴族や大商人でもなければ到底入手不可能なランク9のアイテム。
優勝を逃したとしても、入賞者には最低でもランク3が保証されている。
危険を伴わない一攫千金なんて、この機会以外に無いと断言できる。
これで盛り上がらないはずがない。
歓喜と悲哀と怨嗟の声が飛び交うなか、決勝戦への出場者が決まった。
ドラドラは、三人。
ドラキンは、一人。
決勝戦を行うには、どちらも一人足りない。
そこで、謎のシード選手にして刺客が登場。
主催者側の人物で、二つの遊戯を熟知している真の強者であることは、想像に難くない。
本日一番のブーイングが飛び交うなか、くすんだ緑色の髪と服の中年男は、満面の笑顔で手を振っている。
予選を勝ち上がった挑戦者たちはいくぶん冷静で、「なるほど、そういう魂胆だったのか」と理解する。
刺客の存在があったからこそ、優勝者にはランク9といった異常な賞金が用意されたのだ。
主催者は、初めから優勝させる気がなかったのだ。
……だが、憤るのと同時に、納得する気持ちもある。
参加無料なのに豪華賞品があるこの遊戯大会は、参加者にとっては損はなく、逆に主催者にとっては負担ばかりだから、その程度のギミックはあって当然。
ルールを熟知した王者が相手となるが、だからこそ決勝戦はガチンコ勝負になるだろうし、この上ないチャンスでもあるのだ。
経験と戦術が重要なドラキン杯で優勝するのはまだ難しいだろうが、運の要素が強いドラドラ杯であれば十分勝機がある。
個々の特殊能力の使用を良しとされる本大会では、魔法やスキルを使い放題。
唯一、透視を防ぐ魔法が牌に付与されていて、反則行為も発見次第に即失格になるが、それ以外の制限はない。
その証拠に、ドラドラ杯の決勝進出者は、特化した能力者ばかり。
一人目は、直観スキル3を持つ冒険者。
打牌選択の上手さで高くて速い手を作り、振り込み回避も優れている。
ただし、配牌は毎回イマイチ。
二人目は、予知スキル1を持つ教会関係者。
ランクの低さ故、一巡先の牌までしか予知できないが、それでも有効性は十分。
彼女のリーチ一発ツモを避ける術は、鳴いて手順を変えるしかない。
三人目は、豪運スキルを持つ玩具屋の娘。
当初は、主催者の娘である彼女こそが刺客だと思われていた。
それほどまでに、配牌と引きの良さだけで勝ち進んできたギャンブル運の強さは、脅威である。
初めての大会とはいえ、ドラドラの特性に適応した曲者揃い。
加えて、三対一の構図。
果たして、謎のシード選手は、刺客としての責務を全うできるのだろうか。
決勝戦は、ドラドラ杯とドラキン杯が同時に行われた。
シード選手を中央に、右側にはドラドラの卓、左側にはドラキンの盤が設置。
両方の大会に参加するシード選手は、ドラキンの持ち時間を使ってドラドラを打つ。
どちらの遊戯も思考時間が削られる、舐めプ仕様。
それなのに、シード選手の圧勝に終わった。
ドラキン杯については、当然の結果といえる。
挑戦者は、思考加速スキルの持ち主であったが、ドラキンなる遊戯を知って1か月も経っていない。
周りも未経験者ばかりなので、まともな練習相手がおらず、上達するのが難しい。
――実のところ、シード選手も素人に毛が生えた程度の経験値であったが、基本的な定跡を使い、無駄に高いレベルにより高速回転する思考力で総当たり的な先読みがあれば、初心者など相手になるはずもない。
ドラキン杯において、対抗できる人材が育つには、まだ数年の熟成が必要であろう。
もう一方のドラドラ杯については、好勝負が期待され、実際に挑戦者三人が活躍する場面もあったのだが、終わってみれば、圧倒的な点数差をつけられての敗北。
シード選手が繰り広げる自称「漫画殺法」は変幻自在で、挑戦者を翻弄する。
相手の余剰牌を引き出して狙い撃つ最強の矛と、役を捨ててでも絶対に放銃しない最強の盾。
確率論に基づいたデジタル打ちかと思えば、非論理的な麻雀あるあるを体現するオカルティックな打ち筋も得意。
嶺上開花でバンバン上がり、裏ドラもバンバン乗せる。
――そんな多彩な技を成立させているのは、相手の手牌はもとより、牌山も全部読み切っているからこそ。
牌を透視する反則行為を行っているわけではない。
合法な技術で全ての牌を把握しているのだ。
基本は、木材で作られた牌の背中の模様で判別するガン牌。
レベルで強化された視力と記憶力をもってすれば、半数以上を判別可能。
残り半数は、相手の眼球に映る牌とか、マットについた牌の跡とか、牌の重さの違いとか、単純に洗牌の時に覚えていたりとか、ありとあらゆるせこい技術の積み重ねで、何処に何の牌が配置されているのか完璧に網羅。
これだけのアドバンテージがあれば、負ける方が難しい。
……のだが、そんな小細工不要で引っ繰り返してしまうのが豪運スキル。
今はまだ目覚めたばかりでランクが低いが、それでも油断していると問答無用な天和を発現させるので、大差で引き離しておかないと安心できない。
圧倒的な実力差に見えて実は、割とギリギリな結果だったのである。
そんな参加者側の無念と主催者側の苦悩をひっくるめて、初開催にも拘らず異常な好評を得た二つの遊戯大会は、毎月開催される運びとなった。
当時は、街中の暇人や好事家たちを中心とした大会であったが、回数を重ねるほどに街の外からの参加者も増え、しまいには引っ越して移住する者も続出。
参加者が増加すると、名物を持たなかった都市も徐々に賑わいを増していく。
二つの玩具は、他の街でも勝手に作られるようになり、併せて遊戯人口も急増。
遊戯大会の開催も他の街で真似されるようになるが、発祥の地に比べると魅力に欠けるため、参加者は断然少ない。
参加費無料で、しかも豪華賞品がもらえる大会なんて、よほど酔狂なスポンサーでもつかない限り、開催自体が難しいからだ。
想定以上の盛り上がりをみせる二つ遊戯。
その玩具の人気も高まり続け、当初は普及目的に銀貨1枚で売られていた品が十倍以上のプレミア価格となり、その代わりにシンプルな作りの廉価版が継続して銀貨1枚で販売されている。
また、類稀な豪運で毎回決勝戦に出場している玩具屋の娘もまた人気者になり、彼女と一勝負するために店を訪れる者も多い。
かくして、世界一有名な玩具屋になってしまったその店主は、勝負の世界にどっぷり嵌まり込む愛娘を憂いつつ、玩具の面白さを世に広めるため商売に励むのであった。
◇ ◇ ◇
後の世の歴史学者は語る。
採算を度外視してまで、ドラドラとドラキンという遊戯を急激に広めた者の目的とは、結局何であったのか。
主催者である玩具屋の店主の目的は明白。
店を存続させる収益を得たかったから。
ひいては、ドラドラとドラキンをきっかけに、玩具の魅力を世に広めたかったから。
だが、大会のスポンサーにして真の仕掛け人の目的は、果たして――。
盤上で競われる二つの遊戯。
競技人数も、ルールも、要素も、何もかもが違っている。
何故、この二つの遊戯を選んだのか。
二つの遊戯を比較した際に、もっとも違う点は、運が介在する度合いであろう。
ドラキンは、運の介在度が低い。
振り駒で決まる先手が有利とされるが、それでも実力の介在度に比べたら極僅か。
どれほど運が良くても、明確な実力差を覆すには至らない。
逆にドラドラは、運の介在度が高い。
配牌、引き、役作り、そして名を冠するドラの枚数。
特に短期決戦では顕著で、運が実力差を容易に覆してしまう。
この両極端な二つの遊戯の頂点に立ち続ける仕掛け人。
着々と世界中に広がっていく遊戯大会の仕掛け人が、最強の刺客として自ら大会に参加する理由。
それこそが、真の目的ではなかろうか。
「仕掛け人は、自らが考案し、知り尽くした遊戯で実力を誇示し、優越感に浸りたいのでは?」
そんな器が小さい目的だと主張する学者もいれば。
「仕掛け人は、運の介在度が対照的な二つの遊戯において、自分自身がどちらの遊戯で先に負けるのか実証することで、運と実力のどちらが真に勝るのか見定めたいのでは?」
といった高尚な目的だと主張する学者もいる。
……そんないくつもの仮説が立てられるが、本人自らが語らない限り、真相は藪の中。
確かに、優勝して敗者を見下ろしたい思惑もあったのだろう。
運と実力の対立にも興味があったのかもしれない。
しかし、本当の目的が「会社と人生を賭けた代打ちが暗躍する裏世界を見たかったから」であることを知る者、そして理解できる者は、本人以外に存在しない。
また、予想外に大きくなりすぎた大会の引き際を見失い、頭を抱えていることに同情する者も……。
そんな理解し難い目的と情けない状況も含め、くすんだ緑色の髪と服の中年男にとっては、道楽の一環でしかない。
緑髪の中年男は、決勝の舞台に立つ時、今日こそは敗北するやもしれぬ恐怖に身を震わせ、しかし愉快そうに笑いながら、いつも同じメロディを口ずさむのであった。




