人形売りの少女④/わたしのおーじさま
――――彼女は今日も待っている。
体育座りで店番をしながら、いつものように通り過ぎる客の足元を、彼女はただ見ていた。
人形を売り始めた頃は、不安ながらも期待を胸に客の顔を見ていたのだが。
売れるどころか立ち止まって見てくれる客さえ碌に居ない日々が続き、彼女の視線は段々と下がっていった。
それでも目をつぶっていないのは、まだ諦め切れていないからだ。
ミシルは、付与魔法が得意だった。
いや、付与魔法だけが使えた、という表現が正しいだろう。
通常、生活に密接する火魔法、水魔法、身体強化魔法の3つが基本的な魔法とされ、会得出来ない者は僅かだ。
その『僅か』に含まれるミシルは、子供の頃から劣等感に苛まれていた。
だが彼女には、基本的な魔法を使えない欠点を補って余りある才能が開花する。
まるで他の魔法を使えない代償に与えられたかのようなその魔法は、付与魔法と呼ばれており、汎用性の高さから重宝される才能であった。
素晴らしき魔法に目覚めたミシルを、家族は諸手を挙げて褒め称えたのだが、その分、失望も大きかった。
彼女の付与魔法は確かに素晴らしかったのだが、致命的な欠点を抱えていたのだ。
それは魔力量の少なさであった。
付与魔法は、その緻密さから他の魔法と比べ消費魔力が大きい。
このため、彼女の魔力量では短時間で効力を失う欠陥品しか生み出せなかったのだ。
家族はミシルを責めなかったのだが、落胆が大きく、いたたまれなくなった彼女はせめて家族の負担を減らそうと家を出たのである。
――――彼女は今日も待っている。
自分の商品に興味を持ってくれる客を。
自分の人形を認めてくれる相手を。
……そして、自分を人形から人へと変えてくれる王子様を。
ミシルが付与魔法で創る商品に、動く人形を選んだのは必然だったのだろう。
秀でた力を持たない少女が真っ当な商売で稼ぐのは難しい。
しかし、ミシルには付与魔法があった。
弱点があるとはいえ、自分の唯一無二の証である付与魔法に一縷の望みを賭けるしかなかったのだ。
彼女が人形を動かす理由は二つ。
一つは、魔法が全く使えなかった時期に、木偶の坊と揶揄されたこと。
役立たずの代名詞として使われる人形が動く事で、自分が何も出来ない人形ではないと証明したいからだ。
もう一つは、『人形姫』と題する本に感化されたこと。
この本は、悪い魔女の呪いに掛かり、物言わぬ人形に姿を変えられ店に置かれたお姫様が、誰からも見向きもされず捨てられようとした時、偶然通りかかった王子様に買われ、真実の愛により元の姿に戻るといった、ありふれたお伽噺であった。
人形という共通点に共感したミシルは、いつしか商品と自分自身を認めてくれる王子様を求めるようになっていたのだ。
――――彼女は今日も待っている。
しかし、欠陥のある商品が売れる事はない。
それでも諦め切れない彼女は、普段は皿洗いの仕事に勤しみ、休日に人形を売る日々を止めどなく送っていた。
……本当は、ミシルも分かっていたのだ。
自分の魔法が、何の役にも立たないことを。
自分と同じ取り柄のない人形が、誰の目にも留まらないことを。
自分を救い出してくれる王子様なんて、何処にも居ないことを。
「なるほど、動く人形か……。見せてもらってもいいかな?」
その日は、脈絡もなく訪れた。
目の前に立ち止まった誰かから声を掛けられ、だけども失意を恐れるミシルは顔を上げる事を躊躇う。
それでも僅かな望みに賭けて、恐る恐る視線を上げる。
そして、彼女は思った。
わたしの目の前に現れたのは、王子様、ではなく、……おじさまでした。
――――余談だが、後にミシルは、この日の出来事を何度も何度も思い出す。
はじめてあの人に会った時、待ち望んでいた王子様ではなかったと落胆したものだ。
だけど、あの人が、おじさまこそが、自分が求めていた本当の相手だったのかもしれないと…………。
◇ ◇ ◇
はじめて人形が売れた日――――この日を境に、ミシルの生活は一変する。
少女に声を掛け、淡い期待を抱かせ、見た目で落胆を与えた中年男。
だが彼は、実務的な意味では夢見る少女が求めていた以上の男であった。
男はミシルの動く人形に大層興味を抱き、それは致命的な欠点である持続性の無さを知った後も変わる事はなかった。
その証拠に、男は人形を全て買い上げ、笑顔で去って行ったのだ。
残されたミシルは、しばし呆然としていたが、徐々に正気を取り戻し、商品が売れた嬉しさにかまけ、客の名前も聞かず見送ってしまった事を後悔した。
だが、この日の幸運の女神は、まだ彼女を見捨てていなかった。
朧気な足取りで帰る途中、件の相手とばったり再会したのだ。
まるで、必然の出逢いであるかのように。
まるで、運命の糸に導かれたかのように。
まるで――――いや、実際はストーカーのように男が待ち伏せていたのだが。
どんな意図が絡み合おうとも、重要なのはミシル自身の想い。
この巡り合わせ、そして男からの仕事の依頼に宿縁を感じてしまった少女は、何処までも運命と言う名の深みに嵌まっていくのであった。
ミシルは男に、精神的な支えを期待していたのだが、それだけに留まらなかった。
素振りから金銭に余裕があると感じていたが、そんなものは上辺に過ぎなかったのだ。
男は直ぐさま持続性の対処方法を提案し、誰でも思いつけるが誰も真似出来ない方法で強引かつ容易に解決してみせた。
冒険者の切り札として重宝される魔力回復薬を、まるでジュースのように扱う様に驚いていたミシルだが、実験が成功した喜びで気にしないようになった。
また、男は付与魔法の新たな可能性をも見出した。
その使い道はミシルの目的と異なっていたのだが、二度目の実験が成功する頃には男の喜ぶ姿を見るだけで満足するようになっていた。
男はミシルの才能を絶賛し、特注品を供給する対価として目の眩むような金額を提示してきた。
誰かに認めてもらえるだけで満足していた彼女は代金を断ったのだが、「タダより怖いものは無い」という理屈で説教されてしまった。
「他に望むものはないのか?」
そう問われたミシルは、自分が認められるための手段だったものが、いつしか夢へと変わっていた事に気づく。
――――自分が作った人形を多くの人に買ってもらうこと。
――――自分の分身のような人形が、笑顔を生み出し役に立つこと。
それこそが、少女の本当の夢になっていたのだ。
ミシルの望みを聞いた男は、人形売り商売を成功させるため三つのサポートを約束した。
一つに、『店を準備』すること。
二つに、『助言と販促』をすること。
三つに、『身の保障』をすること。
その頃にはすっかり男を信用するようになっていたミシルは、サポートの意味をよく考えずに首を縦に振り、後に少し後悔する。
一つめの『店の準備』。これが常軌を逸していた。
翌日、男はミシルの意見を聞きながらも――――少女は遠慮してばかりで大した意見は出さなかったのだが――――最終的には強引に一戸建ての店舗を購入する。
金貨500枚の店を。一括払いで。
このためミシルは半ば強制的に覚悟を決め、実質的な本業であった皿洗いの仕事を辞め、人形売りの商売に専念したのである。
また男は、支度金として金貨300枚を渡してきた。
「足りない時は何時でも言ってくれ」と言う男の軽い言葉に、ミシルは顔を青くして頷く事しか出来なかった。
更に男が称した『店の準備』には続きがあった。
欠点を抱えるミシルが、売れる商品を作るためには魔力の供給が必要不可欠だ。
回復薬を飲みながらでは作業しにくいとの理由で、男はあるマジックアイテムを譲ってくれた。
水晶の形をしたそのアイテムは『魔力を貯蔵する』能力を持ち、人から人へ大量の魔力譲渡が可能になるという。
この時、そのアイテムがレア中のレアである事、そして男が大量の魔力を持つ事の異常性に、ミシルが気付かなかったのは幸いだったのだろう。
――――余談だが、後にミシルは、このアイテムについて道具屋に尋ね、世界中で数個しか発見されておらず、希少性と利便性から国宝に認定され値が付けられない代物、と聞いて卒倒する。
二つめの『助言と販促』は、一つめに比べ常識的な内容だったが、商売の成否という点で最も重要なものだった。
男はまず、顧客のターゲットを絞り込むべきと提案してきた。
「食材は単に売るだけでなく、それを使った調理方法を教示すると消費者の購入意欲が高まるそうだよ」
何故か料理に例えられた男の言葉は分かりにくかったが、要するに動く人形の使い道と客層を定めて販売する方がいいのだとミシルは理解した。
しかし、この中年男以外に売れた実績がなく、自分の商品に自信がない少女には、単なる観賞以外の用途は思い付けなかった。
そこで出された男の提案は、後の結果から見るに的を射ていたといえよう。
「赤子の遊び道具として売れないかな。赤子が喜ぶだけじゃなくて、子守で休む暇がない母親にも喜ばれるだろう」
確かに人形は子供向けの玩具として使われる事が多い。
ましてや踊る人形ともなれば子供の興味も増すだろう。
暮らしを営む母と子の役に立つ使い道が示され、ミシルは天啓を受けたかのように己が持つ魔法の意味を実感した。
そして、自分を認めてくれた男が、子供と母親を気遣える優しい人間だと知り嬉しく思った。
――――余談だが、後にミシルは、男には子供が居るどころか結婚さえしていないと聞いて驚き、自分でもよく分からない複雑な感情を抱く。
また、販促も効果的であった。
ミシルは店で人形を作りながら接客も行うため、常に店の中に居る事になる。
このため、疎かになる営業は男が手伝ってくれたのだが、販促など考えもしなかった彼女にとって驚きの連続であった。
男は手始めに、商品の宣伝と店への案内を兼ねた客引きとして、街で雑用をこなすコルトを任命した。
仲介した客の購入額から1割が報酬として支払われる仕組みだ。
仕事がない時や空き時間でも出来るため、コルトは喜んで引き受けた。
男の方ではその放浪癖を活かし、他の街で世間話と言う名の営業を行った。
また、何処からか代理店を見つけてくる事もあった。
通常、他の街への販売は運賃が嵩むため成立しない場合が多いのだが、決して積極的な営業ではなかったにもかかわらず、販路は確実に広がっていった。
もちろんこれは商品の高い完成度があっての話だが、男が知名度の向上に寄与した事も大きかった。
「俺の地元では製作よりも販売の方が評価されていてね、営業マンの方が高い給料をもらっていたよ。作るだけでは金にならないとはいえ、開発者の才能が埋もれてしまう悲しい現実だな」
そう疲れたように呟く男の背中には、深い哀愁が漂っていた。
――――余談だが、後にミシルは、やり手の商人なのだと思い込んでいた男が、実は無職の放浪人と聞いて驚き、自分でもよく分からない複雑な感情を抱く。
三つめの『身の保障』については、意味が分からず首を傾げたミシルに対し、男は慎重な面持ちで口を開いた。
「君の才能はとても貴重なものだ。その価値を知った者が悪用する可能性がある。
この人形は、人を幸せにするものであるべきだ。人を傷つける為に使われるのは忍びない。
だから君は、他の依頼には応えず、自分が作りたい物だけを作る方が安全だと思う。
それでも、もしもの時は出来る限り配慮するよ。
――――まあ、俺が言うのも何だがね」
最後の言葉だけは小声で聞き取れなかったが、ミシルは「おじさまが自分を心配してくれている」のだと感激し、おじさま以外の依頼は受けないよう固く決心した。
その決断は、もし男が知れば「ちょろいな!」とほくそ笑むほど素直で愚かしい選択だったが、幸か不幸か咎める者は居なかった。
彼女の夢は、「動く人形が誰かの助けになる」事だったが、男との出会いにより、「おじさまと一緒に作った」という前置きが付与されてしまったのである。
――――少女は、良くも悪くも純粋であった。
……確かに、少女の夢は叶ったのだろう。
……確かに、少女は役立たずの『木偶の坊』から変われたのだろう。
だけど、変化した自分が別の人形――――『操り人形』になる可能性には、思い至らなかったのである。
人形は、自分が人形である事に気づけない方が、幸せなのかもしれない。
◆ ◆ ◆
―――― ?日後 ――――
冒険者の街オクサードには、屈強な戦士に相応しくない名物があった。
掛け声で動き出す人形は、組み込まれた唄や音楽に合わせ長い時間を踊り続ける逸品である。
手軽な値段で買えるため子守用の玩具として人気を博し、店はいつも幼子を持つ親で賑わっている。
……客の中には、別の目的を持つ者もいた。
音に反応する自動性、複雑な動きを可能とする精密性、月単位で長持ちする持続性。
これ程の有用性を持つ付与魔法を使える者は王都にもおらず、スカウトや仕事依頼の訪客も少なくない。
仮に人形の制作者が際限なく仕事を受けていたら、その類い希な付与魔法は遺憾なく力を発揮し、多くの人間に禍福をもたらしただろう。
だが、どんなに大金を積まれても好条件を提示されても、彼女は決して首を縦に振らなかった。
痺れを切らした者は実力行使に出たが、送り込んだ刺客が戻ってくる事はなかった。
それどころか、刺客の雇い主さえも忽然と姿を消した。
……こうして、彼女を利用しようとする者は居なくなっていった。
――――希有な才能を持つ少女。
彼女は、最後まである男の言葉を愚直に守り、数多の誘いを断り続け、人形作りに傾倒するのだが――――――それはまた、別のお話。




