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人形売りの少女②/人形使いの真価




 困惑する少女の手を引きながら店へと向かう。


 こんな場合は相手に考えさせる時間を与えない方がいい。

 って、こんな場合ってどんな場合だよ?

 幸いにも少女は抵抗しなかったので、無事目的地に着く事が出来た。

 流石に嫌がる相手を連れ込むのは気が引けるしな。


「この店の料理が美味しいそうだよ。君は来た事あるかな?」

「いいいえいえ、こここんな高いお店、とてもとてもとても」


 連れてきたのは、この街で一番の高級店である。

 本日、コルトと一緒に昼飯を食べた店だ。

 ここが高級店とされる所以は、この街で最も高いランクの食材を扱い料理の種類が豊富であること。

 まあ、他店同様に調理方法がシンプル過ぎて、味に大差ないのが玉に瑕というか、俺にとっては致命的なのだが。


 今回この店を選んだ理由は、個室が有るからだ。

 個室の用途は会議だったり逢瀬だったりと様々だが、主に秘密保護のために使用されている。

 個室を使用可能なのは、基本的に予約した著名人に限られるそうだが……。


「個室は空いてるかな?」

「失礼ですが、ご予約は?」

「ああ、これでいいかな」

「……畏まりました。ご案内します」


 温和そうに見えて荒事も出来そうな雰囲気を持つ年配の店員さんに、コルトから聞いていた通りに金を握らせるとスムーズに事が運ぶ。

 権力者になったようで、ちょっと気分がいい。

 俺もつくづく小市民だな。


「お食事は如何なさいますか?」

「そうだな、君は何か食べたいものがあるかな?」

「いいえいえ、わわたしは何でもっ」

「それじゃあ適当にお勧めを頼む。それとゆっくり話がしたいので、料理は一度にまとめて持ってきてくれ」

「畏まりました」




 案内した後、注文を受けた店員さんが去っていく。

 個室は秘密裏に使われるだけあって、程よく広く程よいデザインが施されている。


「料理が来るまで自己紹介でもしようか」


 向かい合って席に着いた俺達は、まず自己紹介をする事にした。

 お互いにまだ名前も知らない関係だからな。

 料理が完成するまでの時間つぶしに丁度いいだろう。


「俺の名前はグリン。各地を旅している放浪者だ。この街には昨日着いたばかりだよ」

「わわわたしはミシルです。じゅじゅ16歳です。普段、は、皿洗いの仕事をしてますっ」


 こちらから促すと、人形売りの少女ことミシルはすんなりと個人情報を話してくれた。

 緊張しやすいようだが、話すこと自体が苦手という訳ではないようだ。

 その辺は年相応の女の子である。

 年は16歳と日本でもギリギリ結婚出来る頃合いだ。

 ……いや、素人の娘さんに手を出す勇気は無いが、一応な。


 普段は料理屋の皿洗い係に従事しており、十日市の日に休みを取って人形売りをしているそうだ。

 本当は人形売りを本業にしたいけど、全く売れないので皿洗いの方が本業になっている格好だ。

 人形の出来は悪くないと思うが、セールスポイントとなる動きの継続時間が10秒間では使い捨て同然。

 一発芸に価値を見出す者は今まで居なかったのだ。

 

 ミシルにとっては不幸な話だが、俺にとっては幸運な話となる。

 運値が低い俺にしては珍しい。



「お待たせ致しました」


 彼女の素性が分かったところで、ちょうど料理が運ばれてくる。

 この世界の料理は基本焼くだけなので仕上がるのも早い。

 お勧めだけあって見た目は中々豪勢だ。

 味が期待出来ないだけに余計残念な気持ちになるけどな。


 それにしても量が多い。

 日本では食べ残さない事を美徳とするが、少し食べ残す事が礼儀となる国もある。

 食べ尽くしてしまうと量が足りず不満だったと思われるからだ。

 それを見越して、この店も多めに出しているのかもしれない。

 有り難い気遣いだが、消化がいい若者ならともかく、おっさんともなると量より質が大切なんですよ。


 ――――そんな雑談を交えながら食事をする。

 相手が率先して喋るタイプではないのでリードするのが大変だが、仕事を依頼する側としては主導権を握っておきたいので頑張って大人ぶる。

 年齢も倍以上離れてるし。実感は無いが、父親と娘といった年齢差だからな。


「おお美味しい、です、とても」


 彼女も料理店で働いているのだが、庶民向けの安さが売りの店なので、比較的この料理でも満足出来たようだ。

 一応、この街で最高の料理屋だしな。

 俺の複製魔法で日本の料理を出した方が喜ばれるだろうが、最初からサービスし過ぎて警戒されても困る。

 後々の話のネタとして取っておこう。



「もう、いいのかな?」

「はははいっ。もうお腹いっぱいですっ」


 ミシルは食べ終えたようだが、緊張からか、もとより小食だったのか、料理が半分ほど残っている。

 そう言う俺も食べ切れていない。

 仕方ない、残り物はタッパに詰めてコルトのお土産にしよう。


 ……腹が満たされ、程よく時間も経過した。

 多少なりとも俺の事が分かり、彼女の緊張もほぐれただろう。

 それでは、本番の仕事の話に入るとしよう。




「一息ついた事だし、仕事の話に移ってもいいかな?」

「ははっ、はい!」


 さあ、ここからが本題である。

 そもそもミシル嬢に仕事を受ける意志があるのか聞いてないのだが、こちらの話を聞く体勢なので少なくとも興味はあるのだろう。

 期待を裏切らないように上手くメリットを説明して彼女をだます……、もとい納得させる必要がある。


「まず君の能力について詳しく教えてほしい。あの人形は付与魔法で動かしていたんだよね?」

「はは、はいっ」

「人形の動きはどうやって決めたのかな?」

「まま祭りの時に踊っていた人の動きを、まま真似ていますっ」

「なるほど。素晴らしい再現度だったね」

「ああありがとう、ごごございます!」


 褒められて嬉しそうな少女。

 俺は褒めて伸ばす方針の賛成派だ。


「あれ程の複雑な動きを付与するのは、大変じゃないのかな?」

「いい、いえいえ、おお思い浮かべながら魔力を注ぐだけですっ」

「……それは凄い」


 魔法がイメージに直結するとはいえ、複雑な命令も簡単にこなせるとはな。

 潜在能力が示す通り、付与魔法に関して天賦の才を持っているのだろう。

 才能という先天的なギフトを目の当たりにすると羨ましさを感じてしまう。

 まあ、棚ぼたで力を手に入れた俺が気にしちゃだめなんだろうがな。

 ……よし、称賛タイムは此処までにしようか。



「――――でも、君の付与魔法には難題があるようだね?」

「……はい。わわわたしの魔力は少ないので、動かせる時間が短いです……」

「魔力は時間をおくと回復するから、付与魔法の重ね掛けは出来ないのかな?」

「でで出来る人も居るかもしれませんが、わわわたしは一度中断すると後から追加出来ません……」


 俺は付与魔法が使えないのでよく分からないが、結構使い勝手が悪そうな魔法だ。

 ……いや、それだけ緻密さを必要とする難しい魔法なのだろう。

 故に、使い手が少ない珍重魔法でありながら、使い物にならない欠陥魔法なのだろう。


「つまり、君の魔力量と付与魔法の継続時間が比例すると考えていいのかな?」

「ははははい……。その、ごめんなさい…………」


 残念な情報だが、想定の範囲内だ。

 うん、この台詞は失敗フラグっぽいので使わない方がいいな。

 まだ仕事を受けた訳じゃないのに、涙目で申し訳なさそうにしている少女をもっと愛でていたいのだが、マジ泣きされても困るので次のステップに移ろう。


「魔力量を上げる方法はないのかな?」

「……れれレベルアップしかないと思います。ででですがわたしのステイタスでは多少レベルアップしても大差ないと思います。……ごめんなさい」


 これも予想どおりか。

 レベルを上げまくるのが最もシンプルで確実な方法なのだ。

 むろん、最も困難な方法でもあるが。

 ――――やはり、内部供給が無理なら、外部から補給するしかないようだ。



「それじゃあ、魔力回復薬を飲みながら魔法を使えばいいんじゃないかな?」

「…………? …………? …………え?」


 ミシルは言葉の意味が理解出来ないようで、何度も首を傾げている。可愛いじゃないか。

 俺の提案自体はシンプルなので、彼女の理解が追いつかないのはよほど常識外れな方法なのだろう。

 魔力回復薬は高価で希少だし、一般人が手に入れる金も必要もないだろうしな。

 発想自体が馬鹿げているのだろう。


「どうかな?」

「ままま魔力回復薬みたいな高価な薬は、みみ見た事もないので分かりませんっ」

「そうか……」

「は、はい……」


「――――だったら今から試してみよう」

「…………」

「……」

「………………」

「……」

「……………………え?」


 溜が長いよ!

 これから実験が始まるのに、この調子では先が思いやられる。

 ここは紳士としてエスコートすべきだろう。似非紳士だけどな。

 こちらの条件を提示し、最終的な是非さえ判断してもらえれば、多少強引に話を進めても問題ないだろう。うん、たぶん。


「これが魔力回復薬。ストローで少しずつ飲みながら魔法を使うといいよ。この付与魔法が切れた人形で試してみようか」


 ミシルの能力の限界が知りたいので、最高ランクの薬を使う事にする。

 彼女の魔力最大量は少ないので、この魔力回復薬なら舐めただけで全量回復するはずだ。

 ちびちび飲むためにはストローを使った方がいいだろう。


「ほほ本当に、こここの小瓶が魔力回復薬、なん、ですか?」

「ああ、そうだよ。沢山あるから遠慮なく使ってくれ」

「たたた、たくさんっ!?」

「ストローはこうやって飲み口に入れて、口にくわえて少しずつ吸い込む感じで使うといいよ」


 この世界にはストローがまだ無いかもしれないので、適当にレクチャーしておく。


「こここ、こう、ですか?」

「そうそう。そうやって少しずつ飲みながら付与魔法が使えるかな?」

「ややや、やってみますっ」


 ミシルは頷くと、左手で薬を持ってストローをくわえながら、右手では人形をぎゅっと握りしめる。

 ……真剣な表情でチューチューしながら人形を見つめる様は、中々にシュールである。


 おどおどしながらも、こちらが先導すると従ってくれるので助かる。

 気が弱いようだが、うじうじ悩むタイプではないのかな。

 単純に押しに弱いだけかもしれない。

 素直すぎて騙されないか心配だよ。

 ……俺のような、阿漕なおっさんに。


「――――――――」



 やがて、人形が光り出す。

 ミシルは詠唱しないタイプのようで、既に付与魔法を使っているようだ。


 ……暫くはその状態が続く。

 回復薬は小瓶で容量が少ないため、ちびちび飲んでも長くは掛からないだろう。




「――――おおお、終わり、ましたっ」


 1分後、薬を飲み終わるのと同時にミシルが終了宣言した。

 今までの状況を見るに、付与魔法は攻撃系魔法と同様に手の平から対象物に向けて放出しているのだろう。

 魔法陣を描いたり長々と詠唱したりと、もっと手間取るものだと思っていただけに拍子抜けだ。

 それとも、付与魔法のエキスパートである彼女ならではのやり方かもしれない。

 まあ、方法はどうでもいいのだが。


 そう、大事なのは、結果である。


「――――動いて!」


 俺が促すまでもなく、ミシルは率先して人形に命令を下す。

 その表情は、多少の恐れは残っているものの、それを上回る期待と喜びが滲み出ている。


 己の能力を遺憾なく発揮出来る機会に興奮しているのだろう。

 良い傾向である。

 俺も年甲斐もなくワクワクしてきたので、このままノリノリで進めよう。



 ――――露店で見た時と同じく、少女の言葉をトリガーに、人形は動き始める。


 ……10秒、……20秒、……30秒。


 …………1分、…………2分、…………3分と。


 人形は元気に踊り続ける。


 それは単に、動く時間が長くなっただけ。

 だけども、瞬間的な驚きから、継続的な驚きに変わる事で、踊る人形の存在感は段違いに増していく。


「…………」

「…………」



 たった二人の観客に見せつけるように、人形は踊り続ける。


 まるで、はじめて歩いた赤ん坊のように。

 まるで、己が生きていることを証明するように。


 人形は。

 懸命に。

 踊り続ける。



 ――――そして、10分が経過した頃、段々と動きが鈍くなっていき、最後まで足掻くよう小刻みに震えた後、……ぱたりと倒れた。




「…………」

「…………」


 実験は、大成功だ。

 ……だが、喜びよりも、見事な舞いを披露してくれていた人形が停止するのを見て、物悲しさを感じてしまった。

 瞳を潤ませている人形使いの少女も同じ気持ちなのだろう。


「成功、だね」

「はい…………、…………、…………、――――はいっ!」


 何度も頷き、徐々に実感したのか、ミシルは満面の笑顔で返事した。

 そんな彼女に釣られたのか、俺も感無量である。


 これが付与魔法か。

 自分が使えないだけに、感動もひとしおだ。

 今更ながら、魔法が存在する世界に来たんだなって実感する。

 やっぱり魔法って凄い!





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