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55.


「おはよう」

習慣になってる挨拶は、わざと小声にしておいた。もしかして、兄さんたちが寝てたら悪いから。でも、そんな気遣いは無用だったみたい。


「おはよう! よく眠れた?」

「おはようございます。カナこそきちんと眠れましたか? ええ、顔色は良さそうですね」

「おはよう」


兄さんたちは私のそばに立ってはキスを繰り返して朝ごはんの準備にかかる。いつの間におはようのキスが一般化したのか、それは記憶があいまいだ。あいまいにしとけ。

ユーリとケルンもそばに来たから、キスを…………キスを、口に、されました。

あり?


「おっと。口にしてもよくなったのなら言え、カナ。勿体ないだろ?」

「そういえば昨日に口づけを交わしましたか。あれで、以降の了解とみなすんですか? 風龍」

「ふっくら甘くて、美味しい唇だ。ケルンは? 同意とみなすの?」


「「仕方ない」」


……ユーリとケルンの答えがかぶることって、多分、私の記憶の中では初めてのことなんじゃないかな。そ、それがこんな案件でいいの? キス、キスの同意は私はしてないつもりだけど?! っつか、ななななななんの同意にゃのかにゃ?!


すみません、の、にっこりだけで私を黙らせたユーリの笑顔が底知れない。とりあえず噛みまくってる思考を黙らせた。

スルー能力を最大限に発揮して卵料理のリクエストを取っていく。…………なぁ。……なぁ、つまりこれって明日の朝からの挨拶がほっぺたから全員分で口に代わるんだろうか。ちょ、それはどうかな。年頃の彼氏もいない娘さんとしてふしだらすぎないかな。

ふしだらって。もう死語じゃねぇ?

眉間にしわを寄せて、性的にだらしがないって状態をあらわす単語を脳内検索する。牛乳とチーズもどきをうっかり入れちゃった。今朝はチーズオムレツになったね。自動的にね。


小悪魔は絶対に違う。二股……多股? 待って、積極的に私が行ってるわけじゃなくてもここは多情って罵られるとこ? 何度も断ってても? 本気で嫌がってないこと、読み取られてる?

オムレツは全部で三つ。一個ずつを皿に盛りつけてトールに運んでもらう。目玉は二個の人と三個の人がいるから……っと。

待ち時間にパンを切ってトーストする。私は生パン派。トーストしちゃうと口の中に刺さらない? こっちのパンってどっしり重いタイプだからさぁ。表面がカリカリになるまで焼くと刺さるんだよね。

切ったパンはかごに戻してライに運んでもらう。ユーリにお願いして飲み物を。ケルンはカトラリーを。ブックロゥはスープをよそってくれる。お、今朝はポタージュだ。ラッキー。好きなんだよね。


ほかほかしてる卵を自分で運んで食卓に。いっただきまーす! って声を上げることろには、私の脳裏からはもう多情の類義語は出て来なかった。




「んーと、そろそろ昨日の顛末が知りたいかなぁ」


切り出したのはご飯の後だ。食器を下げたあと飲み物を変えて、ゆったりとケルンに膝の上でリラックスしてもらう。頼むよぅ! ってねだり倒して買ってもらった、ケルン専用のブラシで毛を梳きながら何気なく切り出してみた。ちらっと兄さんたちが交わした視線の意味はわかんない。だけど、無言の話し合いは是と出た。ライが口を開く。


「昨夜に行った屋敷は崩壊した。不幸な事故があってな」

「いきなりの結末がひどすぎる」

「ナーナの声を分不相応にも聞いた指導者は、前々から体の不調を訴えていたようですよ。僕たちの目の前でお亡くなりに」

「単語のチョイスが怖すぎる! い、いやいやあの人、殺しても死にそうになかったっていうか、扉だったし」

「ああ、では死因が対外的に変わりますね。綻びとの融合に失敗、崩壊となったわけです」

「死因が変わっちゃってるよ、トール?!!」

「それでなくとも狂信集団の集団自殺だよ。話題になりそうだね? これでカナに目を付ける団体が減るといいんだけど」

「最大大手ってそういう意味か! 突っ込まずにおれない話題に地雷しか埋まってない!!」


はぁはぁと肩で息をする。淡々と話題を振ってくれるだけに突っ込むのが礼儀だって思ったけどコレはひどい。大量に死人が出てるっていうのに私のテンションがおかしい。


現実感が、なさすぎる。


目を閉じて、開けた。礼拝堂なんて私の柄じゃない。だけどあとで、教会には連れて行ってもらおう。一人きりで世界に生まれてくる人はいない。夕べに亡くなってしまった人たちにもきっと、家族の人がいるから。


「石の話は、ミハルから聞いたよ。黒神父が何をしようとしてたかも」

「なら話は早い。カナ、お前が閉める扉はあと……」

「ざっと3つです、ナーナ。僕と精霊殿が細かくした扉の再現を待ってみますが、昨日に作られていた人口の綻びは、歪みになりきれないような小物ばかりでした」

「我らが壊した綻びが扉となって定着するまでは、だからお前は休みだな。この大陸における異常な数の集中も、タームの短さも信仰者どもがテコ入れしていたがゆえのことだと思う。呼ばれた気が寄り集まって難儀な扉に成長しようが、なに、現物を見るまでは断じられまいよ。待ちだな」


…………最後のケルンの言葉の内容が重い。うーえ、数が減ったし目途も立ったけど。最後のハードル、高そうだなぁ。

結論が出たところで、教会に行きたいことを告げる。先回りして読んでたのか、ユーリがショールをかけてくれた。手を取って、街外れに何も言わずに転移される。一人で? と聞かれたので、別にかまわないよ、と答えた。ほぼ同時にみんなの姿が私の周りに転移してきて、ミハルの腕がお腹に回る。


「お祈りだから、一瞬で済むよ? 退屈かも」

「一瞬で済むなら退屈でもあるまい」


正論で気遣いを吹き飛ばされましたよ生徒会長。確かに、ミハルが気にしないっていうなら気にしないけどね。

教会の位置を知らないので兄さんたちに案内してもらう。他教徒の人が祈ってもいいのか確認するとたじろがれた。しまった、前提を間違えたか。この層の人じゃない兄さんたちに聞いたのがアホだね、私。人外に聞くのはもっと愚かだ。

ちょっと考えて違う手を考え付いた。

保護者と一緒だから、今はどんなお店にも入れる。美味しそうなプチ・デセールの詰め合わせがほしいと口にした。ちょープチで! 一口サイズで! の主張はユーリとブックロゥが聞き届けてくれる。お花屋さんに付いて行ってくれたのは意外にもトール。トール、すっごい男らしい人なんだよね。見かけによらず。だから花屋で積極的に献花を選んでくれたのは予想外。こんなに細やかに私の希望を聞いてくれるのも。

かごいっぱいになった華やかさを抱えて、しばし考え込む。無駄な往復になっちゃうけどいいかな? 迷惑かな。

……兄さんたちが決して私を否定しないのを知ってて、わざと問う気はない。ミハルにお願いして、いったん屋敷に戻ってもらった。ブックロゥに色つきの紙をもらう。荷物を床に置いたまま、ちゃちゃっと折ったのは剣。手裏剣は馴染みがないだろうけど、真ん中にそれっぽく色を付ければ……勲章みたいに見える? どう?


「……カナのいた場所では、武器をそうやって作るのですか?」

「……うん? トール、何言ってんの?」

「カナ? カナが一枚の紙から作っちゃったこれは、何かなってトールは聞いてるんだと思うよ。僕も聞きたい。これ、どういう意図?」

「意図って……飾りっていうか子供のおもちゃだよ」


弟妹がいるって言ってたでしょう? だからこのくらいなら折れるって言うと、みんなの顔が壮絶に歪む。

あっああああ。

外人さん仕様、か。忘れてた。


「私の民族、手先が器用なの」

「それにしてもこれは……」


なんだか絶句しちゃってるミハルを尻目に何本かの剣と、それから勲章を作る。犬とか猫も折ってみた。定番の鶴ももちろん折ったよ。受けがいいって聞いたことがあるし。ペンギンも折ってみた。ペットに見えるかな? の答えは無言の頷き。そ、……そんなに食いつかれると嬉しいかも。

ふふんってドヤ顔しつつも手早く折って、着色。かごに入れて準備を終える。ミハルに言って、今度は樹海に連れて来てもらった。いつか、一番最初に扉を閉めたところだ。トランディーノ、だっけ。紫色の小さな花を植えたところ。


記憶の通りに風にそよいでるところから少し離れて、ケルンに穴を掘ってもらった。デセールの箱、花、剣と勲章を埋めて、目印に杭を立ててもらう。墓石にしなかったのは、森の中に似合わないから。

私の自己満足で本格的にここに記念碑作るのも、なんか違うだろって思うから。


線香も鉦もないけど手を合わせる。せめて、誠実に祈りたかった。彼らが欲しがってたモノって、基本的には子供のころにさかのぼる。アレが欲しかった、本当に欲しかったものはいつでももらえなかった。私に聞き取れたのは、圧倒的にその手の怨嗟だった。だから。

おもちゃだけど剣を用意したよ? 愛玩動物も、綺麗なお菓子も、花も。

ドレスはセンスの問題だから、天国で自力で作って。そう告げる。呟きはこぼれてミハルに伝わった、のかな? 兄さんたちが後ろでなにやら納得してる。こっちにはこの手の語りかけがなかったのか……や、そんなわけがあるかい。死者を悼むのは、どこの世界の誰でも同じでしょうよ。



静かに風が吹く。天国まで届けばいい。日当たりのいい場所で、たくさん遊んでほしかった。

恨みつらみだけを抱えて、死んでしまった彼らに。


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