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56.途中より3人称・吐き気の表現アリ


あれから何日間かたった。休暇時期はゆったりと時間が進む気がする。兄さんたちは自分の研究や武器の手入れをしてたし、人外にとって何日かなんて暇にもならない。大人しくしてるって身をもって証明したからか、執拗なまでに確認しつつも留守にしてくれた。まぁね、当然、外出禁止も付いてきてるけどね。ご丁寧なことに私が一歩でも屋敷から出たら警報が鳴るシステムまで構築していきやがりましたよ主事。おっ、ついに長の付く役職が無くなったよ? 児童会長。


ぼんやりしてる間に、たくさん、本当にたくさん考えた。もうすぐ施錠のお役目が終わる。

あと何件か。ケルンがそう言ってたよね? ハードル上がる予定らしいけど。

……そしたら、じゃあついに、人外と私の新生活が始まるわけだ。


でも、どこで。


もぞりとソファの上で足を引き寄せる。部屋の中にいたら兄さんたちが心配するんで、いつの間にか居間で自室のようにくつろぐようになってる。お花を買いに行くときも思った。……私、この生活に、どっぷり慣れてる。慣れきってる。

兄さんたちと離れるのは、少し、さびしいなぁ。

素直にそう思えた。恋愛感情を向こうが一方的に持ってるから一緒にはいられない。ましてや兄さんたちは向こうにも居場所がある。帰る手段も確立してる。私のそばにいていい理由なんて一つもないのに、それでもどこか、悲しかった。

ふんわりと甘い匂いをさせながら、クッキーが網の上で冷まされていく。砂糖は控えめ、グラノーラそっくりのざくざく成分でまとめ上げられたあれは、今日の私のお昼だ。食欲がないこの時期のためにブックロゥが作ってくれた。


……そんな優しさと愛情を、手放すのか。


わかってる。感傷だ。一過性の吊り橋効果みたいな、冗談のように効いてる保護者の意識が過剰になってるだけの愛情を無くしちゃう呆気なさ…………んにゃ。んーにゃ、私。間違うな。

恋心を知らないからって、人の気持ちまで決めつけたらダメ。

はふ、と息を吐く。帰れる兄さんたちに帰られない私。どちらもきっと、これからも幸せに暮らしていくと思う。特に私は、人外の彼らから溺れるほどに愛される。ミハルはあっという間に私に対する適度な距離感を掴んでる。落ち着いたらもう少しは離してやろうな、とも言われてる。一日に何時間かの自由時間を手に入れられるのはきっと、そんなに遠い未来じゃない。


あーあーあー。なーにーをーいつまで、グジグジと。女でしょ、私。腹を括んないと。


愛情が返せない以上、縛ることは許されない。でしょ?




ご飯を食べてお薬をもらうと、またウトウトした。本を読もうとしてたんだけど眠気に負けたよ。おとぎ話は今や収集よりも一歩進んで、当時の社会情勢と、ひるがえって私のいた現代情勢にまで学習を進められてる。ブックロゥもトールも、ライだって理解力は私なんかより数段上だ。この人たち、きっと私のいた層に飛ばされても適応できるね。読み書きはさすがに苦労してるみたいだけど、口語ならかなりのレベルまで教えてみた。ユーリとミハルとケルンがものっっっすっごく嫌がって、それからすぐに日本語習得は中断する羽目になったけど。

そうそう、鍋も、美味しく食べられたよ。

しゃぶしゃぶ用のお肉とかないから、ハムで代用してみました。ちくわがないから簡単なぎょろっけね。あ、ぎょろっけは知らないかな? 天ぷらでもいい。……って、説明したのがもう懐かしい。ブックロゥがくるくる目を回してた。ぶっちゃけた話、すっごくかわいかったよ。うん。


テレビもネットもない場所で、やることっていったらあんまりないのに。私は快適に過ごしてる。…………あのね、ゲームについてはね、私は、もう二度とアイツらとはしないから。

ボードゲーム、惨敗。玉つき系、全敗。ダーツに至っては、まっすぐに投げられない私に同情された勢いだ。カード? ははは、際立つチート集団にどんなレベルで負けたか、思い出したくもないね。なんつーか、それ娼館で教わった? 系の優雅でゆったりした扇遊びでさえ奴らには敵わなかった。……よくよく考えると、手を抜いてもらっても勝てない私に彼らが憐みをくれたのも仕方ないか。ここまで負けてると。


どうもこの鎮痛剤は眠くなっていけない。ただでさえこの時期は眠くなるのに、天井知らずで怖い。眠れる私も怖い。

目をあけたらガラスの向こうにピンク色が見えた。夕焼けだ。中庭に出て、枯れてる花殻を摘んだり空の色を見てるうちに日が暮れる。帰ってきたミハルとユーリにハグして……えっと、ユーリからは口にキスを受ける。


言うな。なーんにも、言ってくれるな。


挨拶のキスは、なし崩しに口にすることが暗黙の了解になった。兄さんたちもね。考えるだけ無駄だ、私が許すからカナは考えるな。ミハルが私に暗示をかけたくれたから(比ゆ的な意味だよ?)、もう、いいことにした。したの。恥ずかしいとかナイの!

今日あったこと、してたことを口々に言い合いながら食事をとる。ざくざくクッキーはとろみの強いスープとの相性も抜群。

笑いとジョークと思いやりに満ちてる時間。和気藹々なんて単語で言い表せる。

なべてこの世はこともなし。私としてはそっちの表現も捨てがたいね。

何もない日が、一番、尊い。


「カナ。扉のことだが」

「はい? あ、新しいのが出来たの? ケルン」

「ええ。……ナーナ、聞いてください。僕たちは次の扉で最後だと思ってます」

「…………うん?」


え、どういうこと? あといくつかって言ってなかったっけ……あ、でも、統合してハードルが上がるかも、とかまで説明受けてた。その関連?


「結局のところ、かの最大大手だけがナーナの邪魔をしていたようです。歪みは増えず、綻びとしての収束の速さに問題もない。その、それで逆に」

「あの場に合った歪みが寄り集まってな。ねじくれ、分離は到底不可能なまでにいびつに凝り固まった。……生き残った人間の幼子に、重なって、だ」


ケルンの重たい声が事実を告げてくる。何拍もたってようやく、じわじわと意味が浸みてきた。それで息を止められる。なに? なんて言ったの? お、さなご?


テーブルについていた全員が言葉を無くして私を見る。私の顔色は真っ青だったに違いない。ミハルが背中を叩いてくる。そうだ。息、息をしないと。

ごくりと口の中に合った空気を飲む。それでも新しい酸素が入ってこない。小刻みに自分が首を振ってるのがわかる。止められない。止められないよ。だって。


「子供に、扉が重なってる? 辛い思い、させてる?」

「お前よりはやや年下だろうな。我にとっては幼子だが、人間としては少年期というあたりか。……カナ。気休めにもならんだろうが、彼らは歪みとして凝り固まっている状態だ。人間としての意識は、すでにほぼ無い」

「……かれ、ら?」


恐る恐る口にすると、ケルンとユーリが悲痛そうな顔をして頷いた。二人だと指の仕草だけで教えてくれる。

つまり、私よりも保護の必要そうな子供たちが、あんな、あんな嫌な気持ちばかりを押し付けられて、歪められて、それで。


「それ、ってさぁ。…………いいや」


私のせいだ。私が、鍵として呼ばれたからだ。いや違う。鍵にしたのは向こうだろ? 私に責任はない。ない。…………ある。のかも、わかんない。

けど、この間の黒神父関連の建物が一気に廃墟化したことは知ってる。儀式を行ってた彼らがあの夜に全員死亡したことも……街の噂で聞いた。


生き残りが、いたのか。


がくりと膝が折れた。ミハルが間髪入れずに私をすくいあげる。叫びださないようにするためにはミハルの服を全力で掴まないといけなかった。キリキリキリ。音がするようで気持ちが悪い。頭の中で、ねじが巻かれるような金属音。


「見るからに保護が必要だってわかる小っちゃい子よりは、まだ、マシだよ。ありがとうケルン」


なんとか目を合わせて礼を言ったあとは耐え切れなくなった。笑う足をしかりつけてトイレに急ぐ。汚い話だけど、ありったけの胃の中身を水洗トイレで流した。水を飲んでは吐く。胃液の味はまだしない。だけときっと明日からはするだろう。苦くて、痛いあの味。

私が背負ってきたものの味。これから持ち続ける罪悪感の味。


ちょーぜつ、ハードモード。


ぐるぐる回る視界が黒くなる。せめても、と廊下に出た時点で、私は意識を手放した。




________________________________________


「ミハル、カナに遮断の魔法をかけてもいいでしょうか」

「かまわんがトール……無駄だと先に忠告しておくぞ。カナはもはや、私との結びつきが龍同士のように強くなっている。本人にふるう魔力はなくとも、掛けられたものを無効にするくらいの効果は出ているようだ。現に、先日の狂信者との際も聞こえるはずのない声を聞いているだろう?」


ミハルが断じると、トールとブックロゥが目を瞬いた。あれは、龍との関係性か。緑の賢者が声なくつぶやく。


「……では、扉の声を聞いていることも」

「さてそれはわからぬ。異層から呼び出された特異性ゆえか、二体もの龍に執着を受けるゆえか。もとより私に理由はいらんからな。カナが、カナである限り」

「そう……、そうでした。納得しました」


トールが目を閉じ、一時だけ激情を封じることに全力を尽くした。ライとブックロゥもそれにならう。ちりちりとした見えない刺激が空間を飛び交っているようだった。そうしてそれは、ミハルの腕の中でぐったりしている要という形になって帰結する。

彼女に向ける、感情として。


ミハルが、意識を無くした要を腕に抱えて居間に戻ってきたときに殺気立ったものはいなかった。その場にいる全員がそろそろ要の性分を読めるようになっていたことが大きい。廊下で転がっていた、とミハルが説明した時も無言で頷いたのみだった。要は、誰のことをも責めない。八つ当たりして、しかるべき時にさえ。


「…………最後の扉だから、ナーナの心中で占める割合の大きい事柄になったのでしょうか」

「風龍。言っても詮無きことです。ですが、ええ、その推測はあながち外れてもいないでしょう」

「因果律からいけばカナがこっちに残るために、整理しておくべき感情、だもんね。弟妹って言ってた」

「ヒロトとやらと違い、こちらに来てから一切、名前を呼んでおらん家族だ。話題にも上がらん。懐かしがりもせん」

「だから、思い入れも一筋縄でゆかぬ……か。男女の双子であったよ」


ケルンがもたらした情報に、バルトが眉をしかめる。


「父や母は」

「それって今回の綻びの素のこと、じゃないよね? ……それについては、カナの中で分類済みだよ。親のする躾だ、子供なら素直に受け取りもするさ。思考を禁じられていようが、便利に使われていようが」

「その分、呪縛は深く重い。……大恩ある上司や上役といった重さか。カナにとって」

「正解ですライ。雑談に紛れて私たちも注意深く聞きだしてみました。彼女としては、両親はもう別れを告げている存在です。職場移動のようなものてしょうか。ある意味、裏打ちされているのですよ。離れていても、親は親であり続ける、と」

「…………打って変わって弟妹たちはどうか? 実に複雑だ。彼女が責任を持つべき存在。保護すべき、守るべきもの。しかし彼らは決して協力的でない部下でもあり、失敗はすべてカナに帰る。悪意をもってね」

「責任と、愛情と、憎悪。ナーナが向き合う今度の扉は、大きすぎます」


それでも、要は笑うのだろうとケルンは思う。へにゃりと眉を下げ、助けなんてすぐに呼ぶからー、と守られない宣言を繰り返し、彼女がするべきことを歯を食いしばってやり遂げる。

肉体的にはともかく、精神的には男よりも強いあり方だ。


「イヤだヤメロ、できてしまった扉を壊し、都合のいい綻びになるまで待て。そう言いたいのにな」


ぽつりとミハルが要の目尻に唇を落とす。まだ乾いているそこは、最後の歪みを消した時にきっと盛大に濡れる。腫れ上がり、粘膜を赤く染め、制御できない涙をまき散らしながら、彼女は見るなと意地を張るのだろう。

愛おしくて子供で強い、哀れな小娘。龍が愛情をかけるのにふさわしい、奇跡のような要。


「綻びが、扉たりえるまでは」

「何日間か、というところです、母上。しかし同時に、そちらの守護者どもが消える時期でもあります」

「「「……なにを」」」


言いさしたライ、トール、ブックロゥがぎちりと動きを止めた。息を飲み、だがそれだけで瞬時に体勢を整え直してくる。ふんわりと口角まで上げて。


「もしかしてユーリ、最後の綻びに関する話をしてる? それについてはもうケルンに聞いたよ。最後の施錠時、扉が消えたあとに『ゲート』が開く。本来なら鍵と守護者はそれを持って自分の居場所に帰る。そうだね?」

「そうだ」

「カナが帰ることはない。こちらにいるべきものになったから。なので俺たちだけがゲートをくぐる。今回は特殊事情ゆえにゲートをくぐっても王もどきのところに出ず、自分のいるべき場所に帰る。そうだな?」

「……そうだ」

「ならば私たちは、カナのそばからは離れることにはなりませんね。いるべき場所に、帰ります」


極上の笑みを見せる人間の雄どもに、ユーリの壮絶な殺気が叩きつけられた。並の人間なら息を止めそうなプレッシャーで中庭で大木が揺れる。砂の舞う音すら邸内にまで聞こえてきた。しかし。

この何月かの間にどれほどの実力を上げてきたものか、守護者は誰もたじろがなかった。

年若いとはいえ龍の本気に、である。忌々しげに舌打ちしたユーリが手を振りおろした。遠くで雷鳴が聞こえる。無造作に振ったようにみえた魔力は膨大だったらしい。弾けた音はむしろ爆発音に近かった。

立て続けにその音を聞きながらも動じない男どもは、無言で火花を散らし続ける。呆れたミハルがバルトを伴い要の寝室に消えれば、そこからは実力行使での話し合いとなったようだ。


カナが起きてきた翌朝には、どれだけの血量も荒れ果てた壁もズルズルの床も切り飛ばされた腕も、存在してはいなかった。



作中に出てくる親御さんと子供の関係性ですが、大変に歪んでいます。子供には子供の言い分があり、大人には彼らの理屈があります。両方を経験した私としては、同じ立場を経験してからでないと一概に言えない、のが現実かと。

これは小説です、お話なんです。言い訳ではなく、それを飲み込める方でないと、これからの展開として厳しいと思います。締めに入ります。

ここから強引に、ハッピー、かどうかはともかく幸せにしますから。ご都合主義、満載でお送りしますです。はい。


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