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54.


「眠らせたい。強制的に、お前に眠りを」

「かけたらイヤだ、ミハル。風呂に入る。それから酒をかっくらう。私にはそれでも、過ぎるご褒美だよ」

「そうか?」


しれっと脱衣所に一緒に入ってきたバルトが会話に参加してくるや否や、眼にも止まらない速さで蹴り飛ばされた。うっわーお。漫画的効果って本当に可能なんだ。ドア巻き込んで崩れてる。おいおいおい。脱衣所の扉が無くなりましたよ?


「致し方ない。私がここで見ているがゆえ、とっとと入ってこい」

「優しさのかけらもねぇな?!」


傷心。いいですかミハル。私はぐったりしてるのよ? 濃厚だった血の匂いで……とか言いかけてへらりと飲み込んだ。おーけーおーけー。ソンジ長、私は可能な限り急いで体を洗い流し出てきますとも。ソンジなんやん。ナニ組織やん。


気前よく服を脱いで放り、下着類だけ洗濯機に突っ込んでおく。湯船につかるより先に体を洗う。髪も。……これで何回目の風呂だろう。なんかこう、青だぬきの中のヒロインポジになってない? お銀さん?


風呂に浸かってからこそこそと外を伺う。ミハルの視線はなかった。だから、思い切ってお湯の中にもぐる。とぷん。頭のてっぺんまで沈んで、すぐに上がった。大きく息を吸い込んで、またお湯の中へ。今度は叫んでみた。苦しい。コレは無謀な試みでした。どうしてやってみようと思ったのよ、むしろ。

たゆたゆと揺らぎたくて、水深が浅すぎることにすぐに気が付く。残念な頭だなぁ私。想像して、しかるべきなことだろ?

ざばりと体を湯船から出せば盛大に湯気が上がる。犬のように頭を振って軽く水気を取った。ミハル、と声をかけるより早くタオルが飛んでくる。ばっさーって頭から下がったタオルでざっと拭いて。

これは、この先も一人にならない方がよさそうだって判断してミハルを見上げると、心得たように頷かれた。


……や、違う。違うよミハル。一緒に眠るってそんなスプーンポジションじゃなくてね?! ミハル挟んだ川の字とか、それ『川』じゃないから! なんか違うから!!


「……もっと、泣くかと思っていた」


ぽつりと声が落ちてくる。頭のてっぺんから。ミハルが頬ずりしてるところから。

泣く権利なんか、ないじゃん。

私が原因だとか思い上がっちゃ、きっとダメじゃん。

ぼそぼそ反論すると、ぎゅって抱き込まれる。回される腕が二本より多い。ミハル飛び越えてバルトも腕くれてんのか。優しい人たち。


「……いっぱい、悲鳴が聞こえた」

「ああ。やはり聞こえてしまったか。できるだけ塞いだのだが」

「仕方あるまい、バルト。カナは少しずつだが成長している。聞きたくなくとも、あれだけ声高に嘆かれればな」

「……みんな、どうにかして、って、言ってた」


スプーンポジション、顔が見えないから夜の間の告白におすすめだね。無駄知識が増えてって怖い。


「誰か助けて。どうして自分が。必ず復讐してやる。この悔しさ、忘れはせぬ」

「……カナ? それが、お前のきいた声か?」

「ん。……ミハル? どうしてあの部屋には黒神父しかいなかったのにいっぱい声がしたの? 目を開けてた間は聞こえなかったよ。呪われてたの? あの人」

「ふむ。そうさなぁ。……そうさな、カナ」

「カナ? お前、そこまで聞こえていて気が付かなかったのか? あの部屋の階下あたりにな、広いホールがあったんだが」


バルトがミハルの台詞を途中でさえぎって話してくれたところによると、どうもあの黒神父、歪みを人工的に作る実験をしてたらしい。……腐っても、神父なのに。


「狂信者ゆえに、その手段に行きついたのだろうよ。正しく教義に基づいて扉を閉められるのは信者のみ。しかし現実に異層からきた小娘は施錠しているらしい。なれば小娘を排除すると同時に扉をも作らねばならんだろう。最初は他の大陸から顕現した扉を連れて来ていたらしいが」

「人工的に綻びを作ってしまえば、ことがもっと容易いと考えたのだろうな。思いの場所に自分の意をくむ鍵を配置すれば、見せたい彼らに感動的な位置から奇跡を見せられる。実に単純な思考だな」


…………人工の、扉?


「……我の見た範囲で簡単に言うと、不平不満を持っている人間を集めて、愚痴を紙に書かせていたな。監督者がいて、これを音読させてはもっと下種な表現に変えさせる。カナが時々、言うだろう?」

「言葉が、現実を連れてくる」

「そうだ。不平不満は着実に溜まり、醜悪な顔になった人間は歪みに引かれやすい。それが何十、百人の単位で広間に集められ愚痴の大合唱だ。どうも、これが扉の核だと小石を持たせて信じ込ませるようにしていたらしいな。扉を開ければ、嫌な現実から逃げることができる。自分の努力で、目を背けていたい事実を誤認できる」


端的な単語だけで、もうお腹がいっぱいだ。石に関しても愚痴に関しても誤認の言葉について、詳しくて具体的な例なんて聞きたくもなかった。バルトとミハル、私が見たものよりもすごく、もっと、嫌なものを見ちゃったんだ。…………ほんと、最低なシステムだと思う。どこがって、ダメ人間のツボを、突きすぎてるところが。


「小石というがミハル。貴石ではあったぞ」

「それのどこに価値がある。宝石なら、似合いの物をあつらえさせる。どちらにしろ、あそこまで濁っていては私は触らんぞ」


ていうか、詳しいね二人とも。どうしてそこまで丁寧に説明できるほど状況を読んでんの? なに、私が同じもの見てても気が付かないほど間抜けなだけ?

ほんのちょっとだけ目を座らせると、暗闇なのにバルトがなだめるようにして私の小手のとこを叩いてくる。ぽんぽん。ん、もう。子ども扱いだ。

チートってことで追及するな? なら、いつか私が大人になれば、ミハルたちみたいにいろんなことが見て取れるようになるかな。


「濁ってるソウルジェムはいいとして、じゃあ、あのおっさんが言ってた石の意志って扉の気持ちだってこと? 違ってたのに?」

「そう思わせていた、が正解だろう」

「ん? カナは違うと思うのか?」

「思うっていうかおじさんは扉じゃなかったよ。あのトップの黒神父は扉だったけど……。あ、ミハルたちには説明が行ってないのかな? 私、目にした光景の中でならどれが扉なのか、扉が何をどうしたいのか大体わかるんだ」


一言の内にこんなに扉を混ぜ込んだのは初めてだ。……っつか、あり? この間……や、今日か。今日に説明した時、ミハルはいなかったっけ? どうして二人して、そんなに驚いてんの。


「……ケルンに聞いてみなければ断定はできぬが。それはまた、随分と異能な」

「重なった綻びを分離できていたのはそのせいか……っ。器用なのではなく特異なのか。お前」

「…………あ、うん。なんとなく私が変なやり方してたってのは、伝わってきた……」


脱力してシーツに顔を伏せる。龍をして異能とか特異とか言われちゃいましたよ。おいおいおい。んっとに、私だってこと以外は順調なヒロインっぷりだな。条件付けとして。

……え、あれ? ヒロインなら、最終的にうちに帰れる、んだよね? 基本的にね? じゃあ、私は? 帰れないって設定されたってことは、その時点でもしかしてヒロインじゃなくなってたり、とか?


…………あー、はははは。寝るか。


「しまった、結局お酒を飲んでない」



落ちるようにして睡魔に引きずり込まれる。朝になって呟いた時にはもう、ミハルもバルトも私のベッドからいなくなってた。


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