53.
質問です。
私と龍の一行が空中にいきなり現れたことで、いったい誰が一番、驚いたでしょうか。
答え。
えっと…………。ユーリ、かな。意外だけど。
意外と言えばそのテンションに、だろう。他の人がハッとして私たちを見上げてきたのに対して、ユーリは一拍おいてからイヤイヤ振り返った。面倒そうに顔を上げてくる。
ここは、どこかの部屋の中、だった。さっきまでのバルトの話の流れからすると、私を狙ってた狂信派のうち、最大大手の幹部……か、トップの部屋だろう。悪の組織の執務室。なんてかっこいい響き。赤いマスクの小生意気なちびはいない? 総統?! とか叫んでないかな。
ぐるりを見渡したところで生きてる人は他に誰もいない。あ、他にってつまり、今いるのは悪の総統さんだよ。手とか足から血を流してる。顔色悪し。けど、表情はまだ勝気のままだ。薄い色の金髪は長髪で、そっけなく括っててもその艶々ぶりは見て取れた。黒い神父服……っあー。アレか。教会とか宗教の狂信派だもんなぁ。トップがその手の服でもおかしくないのか。しかもこの人、扉だ。歪み、綻びだよ。人間と重なるってこういうふうに変化しちゃうんだなぁ。見た目じゃまったくわかんない。
って、だから宗教家なのに私への排除の手段として外聞構わず街のチンピラもどきを使っちゃったりするわけね。微妙。そこはいっそ、手下まで宗教家であってほしいところだ。
「信仰者がいるからな。誰もがこのように目立つ服を着ていれば犯罪も犯しにくかろう?使い捨ての駒にはそれなりの様式美が求められる……どれ、カナ。体調は悪くならんか? 連れて来ておいてなんだが、お前が気持ち悪くなってしまえば」
「バルトがミハルに怒られる。ん。……うん、あとちょっとしか持たない。だから手早く確認する。……ライ? その人が、私に……悪意を持ってた人?」
返ってきたのは、5人が同時にため息をついたり諦観したり諦めたり……おいおい、ちょ、全部一緒じゃねぇか感情がよぅ!! ……してる呟きだった。狂いなく同時に発声されたから、何を言われてたのかはわからない。人型になってるケルンが首を振り、真っ白い布を何もない空間から取り出す。さっき街で会ったおじさんの死体……や、死体でしょうよコレ。この状態で生きてたら人外レベルだよ。……と、あと、口にするにははばかられる、赤い液体が飛び散ってる床をそれで隠したかったみたいだ。
……どうしよう、反対にホラー的効果を助長しちゃってるって突っ込んであげたほうがいいんだろうか。恐ろしい勢いでにじんだ、まだらに染まる白と赤。普通に怖くなったよ。ユーリはユーリでどんな魔法をかけたのか、室内の匂いが急激に薄れたし。
い、いやいや木の匂いとかまでにはしなくていいから。
血まみれの床と死体、憎悪を形にしたような視線の宗教家、そして苦々しい顔たちの兄さんたち。爽やかな木の香り。
ほら、最後だけ浮いてるでしょ。光景に合ってない。
「トール? ブックロゥ?」
「……はい。そうです。こちらの方が首謀者であると、風龍と地の精霊殿は特定されました」
「僕たちが来る前に、カナをさらおうとした中年男性は死んでたよ。聞きたいなら、詳細に説明するけど?」
「謹んでお断りします……」
どこの世界の22歳女子が殺人現場の詳細情報を聞きたがるんだよ。名探偵か? ……や、兄さんたちも、そんなびっくりしなくてもいいじゃないか。もしかしてこれは、私が流血現場を見て取り乱して話になんなくなるっつって置いてかれたパターンだったのね。危ないのもそうだったんだろうけど。
っつかね、きちんと私は自覚してるよ。この事態、平和ボケしてる私が、人を殺したの?! とかって騒ぎ立てていいところじゃない。責めるところですらない。
むごい現状、見たいものじゃないけど、受け止めきれないモノなんかじゃないよ。
「私が思うに、このおじさんが死んじゃったのは彼の判断のせいだ。覚えておくべき人なら、教えて? この人は、私が殺してってお願いした?」
「いや」
「私が、何らかの落ち度でもってこの人に恨まれる経緯を持ってる?」
「……いいえ」
「この人の立場からいって、私を害する正当性は見られる?」
「それはそうかも。でも、カナが受け止めるべきものじゃない」
「……私がお願いした筋から発生して、この人が死んじゃった?」
「いいえ、ナーナ」
「なら、私がこの人の死に責任を覚える必要はないね。それで正しいとか、こんな冷淡な態度が人としてどうなのかとかは、私は、知らない。だけど、……困った。うまく言えないな」
「いいや」
五人分のNoをくらっても、私が人の生死に関して冷たすぎることは肯定されることじゃない。それは知ってる。けど、ぶっちゃければ受け止めきれる重さじゃないことも確か。私が背負えるのは、さっき言ってたことで私が殺しちゃった人たちだけだよ。それ以上は無理だ。
「お前の言いたいことは、よく、わかる。……カナは、我が伴侶は、私が思っていたよりも賢いようだ。助かった」
「ふむ。まさかの聞き分けの良さだな。それで、お前。何を望む」
バルトが顔を向けると、黒神父服はハッとバルトを見つめた。一瞬のうちに眉根が寄り、嫌悪の表情になる。……なんで?
「異層よりお越しの龍のかたですね。可及的速やかに、もとの層に戻られるように伏してお願いいたします。そちらの皆様が執着しているという少女を連れて、平穏なる場所にしまいこめばよろしいのでは」
……うん。まっとうなこと言ってらぁ。
そう思えたのはこの部屋の中で私だけだったらしい。ミハルとバルト以外、驚きを表に出して顔を上げてきた。なになになにケルン。どうしてうっすら笑ってんの。
「さすがに狂信者ともなればふてぶてしい。龍の執着を知って、そう抜かすか」
「三体分なれば、心して、ゆめ関わるなかれ。宗主殿は厳に教会へそう通知されましたが。逆に聞きたいのです。ならばなぜこの層におられるのか。その方が大事なれば」
「大事なればこそ、我が伴侶の意志が何よりも重んじられる。……お前。お前は不思議に思わなかったのか。どうして私が伴侶をこの場に連れてきたか。どうして、お前に、この可憐な声を聞かせるのか」
「……行くぞカナ。これ以後はまだお前には早すぎる」
何を勝手な。そう抗うことは、きっと出来たはずだった。イヤだよ。そんな簡単な言葉でいい。ほら私、口を開け。
かすかすと喉が鳴る。促してくれたバルトに、身勝手さをなじりたい。おっさんの死に私の責任はない。けど、関わり合いはある。だったら、最後までいるべきだ。それをミハルに伝えたいのに。
握ってる手が震える。この空気が怖い。ミハルとバルトと、なにより、ケルンとユーリが。
ミハルの手が瞼を落とす。ひくりと唇がわななく。バルトが私の耳に手で蓋をする。
これらが同時に私の首から上に起こったことだ。視界は暗い。耳も聞こえない。
それでも、閉じられた五感の外から、大量の悲鳴が聞こえた。




