52.
ケルンは、つらつらとわかりやすく教えてくれた。と、その前におさらいしておこうか。
まずは前提情報ね。
私は鍵だ。で、この大陸の扉の施錠を役目にしてる。これは、この層で絶大なる権力を握ってる宗教の全面的バックアップが必要。
だけどもちろん、宗教っていってもやっぱり組織で。教主とか反教主とか派閥があって、もしかしなくても彼らの妨害はあるだろう。……う、うん。なんかものっすごく久しぶりに思い出したけど、そうだね。ケルンたちは最初にそうやって説明してくれたね。
「妨害派が仕掛けてくる罠については、問題はない。三体分の龍の加護だ。滅多な人間では最初から仕掛けようとすら思わんだろうよ。しかし狂信派となると自制は期待できぬ」
「だから僕たちもなるべく、ナーナへの悪意が見られる行為については潰してきたんですけど。今回の誘拐は、多分ですけどナーナへの攻撃意思を持った一派の内、最大大手の一番上の人間からの指示だと思うんですよね」
おいおいおい。なんなのその、『信号は赤だから渡っちゃいけないんじゃない?』的なノリは。どうしてそんなに爽やかに断定してるのユーリ。
「ナーナがお風呂に入っている間にさっきのオスの件は片付きましたが、なのでこれからしばらくはナーナ、ちょっとの間だけです。外出禁止でお願いします」
「んぅ? ユーリ? 最初の言葉と最後の方、繋がってないよ?」
「繋がってるとも、カナ。我と守護者どもがしばし外出を繰り返すのでな。目が届かなくなると困る」
「それは、そちらの理屈だろう」
涼やかな最後の台詞はミハル。私の髪を編み込みにしてはほどいて楽しんでたのを止めて、ケルンたちにくぎを刺す。
「カナは私の管轄下にある。私は今回、そちらの方面には行かん。よってカナの自由は保たれたままだ」
「自制はするけど」
「そうだ。自制もしてくれるだろうし、そもそも体力が落ちるだろう。なに、お前たちが虫を追い回すくらいの時間はあろうさ」
「…………ミハル」
体力が落ちるってアレか。月に一度、毎回キッチリ来てくれる客のことか。も、もうちょっとオブラートに包んでほしいな。
「なればミハルよ。我と守護者たちが帰るまで、まかせていいか」
「……なるほど。……なるほど? ケルン、お前も相当にカナに溺れているようだな? 精霊が龍の言質を取りにこようとは」
「我がつがい、聞き流せ。こやつの無礼は恋情ゆえ。哀れ」
芝居ががったような人外の声は、まったくの本気だった。いつも私をからかって遊んでる時の声じゃない。こっちに来たばかりの時に聞いたような、現実離れした喋り方。
きゅ、とミハルの手を握る。後ろ頭をミハルの胸に擦り付けた。甘やかすように降りてくる顔からキスを受ける。頬に。額に。
「大人しくしてる。もしも移動するときは、この先2、3日はミハルとバルトと、できるだけ一緒にいるって約束する」
ケルンと、それからユーリを等分に見て、宣言した。兄さんたちには目を合わせてから頷いて見せる。約束する、と言葉にしただけで重さをわかってくれる。
私が、滅多にそれをしないから。
「いってらっしゃい」
口角を上げて目じりを下げて。指だけをひらひらさせて挨拶にする。下手な言葉はかけたくない。だって言葉が現実を連れてくる。怪我とか、気を付けてだとか、注意を促す単語も口にしたくなかった。兄さんたちがユーリの腕を掴む。ケルンも。
鮮やかな笑顔と一緒に。私の守護者たちは屋敷を出て行った。
「さて、なんとしようか。眠るか?」
「ん。うん。眠っちゃうのがもったいないけど。ミハルも、おやすみなさい?」
「そうだな。バルト? どうする?」
我に聞くのか、と笑ったバルトがソファの端に腰掛けた。自分の眼の下を指して説明する。
「カナはここに、うっすらと隈がある。お前が思ってるよりも体は疲れていると思う」
「……そっか。はい。わかった」
「だが、心がすくんでしまっては、いい眠りは訪れん。どうする? ミハルの腕の中で夜間飛行と行くか?」
や…………ややや夜間飛行!!? それって、それってもしかして。
「リアル『ネバーエンディングストーリー』?! ガチで?!」
「お前の言ってることがいささかわからんが、飛ぶのはダメだ、カナ。今夜のお前の体の疲れ具合から行くと、空の温度に耐えきれまいよ」
「あ、……あぁ。そっかぁ。今はダメって話? 残念」
「ふむ、では転移させようか。それならば風にもあたるまい? ミハル」
「バルト……お前、もしかして存外に怒ってたのか」
んぅ? ミハル? バルト? 何言ってんの?
「怒らんでどうする。お前だって腹に据えかねたから言葉にしたんだろう」
「認めるのは自分の器の小ささをさらけ出すことと同義だ」
「……では、決まりだ。カナ。今からお前を、我が息子たちのいるところに連れて行ってやろう。文字通り、高みの見物をするがいい」
……んんんん? ごめん、真面目に話がわからない。
私を連れて行く? どういう意味で? 高みの……見物?
バルトがソファの前に立ち、ミハルに手を差し伸べた。すいっと無視したミハルが私を抱き上げる。縦抱っこっていうか、子供を腕の上にのっけて歩く、あの格好だ。
「ミハル? どういうこと?」
「……大地の守護者殿はな、カーナ。私の、龍の性質を知っていて『守れ』と釘を刺したわけだ。それは龍にとって、その、いささか、腹に据えかねる釘でな」
「ミハルは火龍にしては性質が大人しいから言わぬが。我がつがいへの侮辱は我が晴らす。お前は今から、あやつらが見せたくないと『勝手に断じた』光景を見て、あ奴らの身勝手さに失望しろ」
……み、身勝手さではどっちもどっちだと、思わんでもない。うん。
「では飛ぶ。カナ、向こうにつくと同時にお前と私を包む守りを作る。落ち着き、暴れるなよ?」
「またそんな、ミハルは子猫に無理を言う。カナができることを要求しろ」
「バルト、さっきからひどくないかな。私は猫なんかじゃないし暴れたりも…………」
「よし、黙ったな」
「ミハルぅぅ」
ミハルの手が私の瞼を覆う。お決まりの風。そして。
…………ううううーえ。私、ユーリとかケルンの言うこと、聞いてりゃよかったんだよ管理室長。やべぇ長のストックがガチで切れてきたよ。ネタがかぶってない? ここんとこ。
「……血なまぐさい」
かろうじて絞り出した単語が、端的にこの部屋を説明してると思うね。
そうさ、ほんとに、まったくのところね。




