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 いない間に状況が変わるのは、ちょっとだけ不愉快かも。

 私はきっちりと服を着込み、吹き出る汗をタオルでふき取る。つくづく、髪が短くてよかった。肩とか腰まであったらこの暑さ、耐え切れない。

 

 さっきと同じ、居間だった。うん、間違ってない。見たことのないお兄さんが一人増えてるけど。誰だこの人。


 「初めまして、柔生……カナです」

 「ほぉ? なるほど、ね。我はバルト。ミハルのつがいだ」


 どうでもいいけど、人外が我って言いたがるのって不思議だよね。俺とか僕とか……や、ユーリは僕か。そっか、そういえばミハルも私……うん?


 「ミハルの? つ、つがい?」


 つがいだとか、人型のご主人に向かって言うのは抵抗があるもんなんだね。初めて知ったよ。


 「不思議か? 我が、つがいなのが」

 「えっと、いいえ、そうではなくて。ミハルの大事な人に対してつがいとか、ちょっと言いにくかったんです。文化の違いです」


 言い切った。言いきってやりましたよ所長。これ便利だな。文化の違い。


 「私のいたところでは、伴侶の方は旦那とか主人とか、連れ合いだとか言ってましたから。つ、がいはほんのちょびっと、言いにくいんです。ごめんなさい」

 「ふむ、確かに。事実しか言っておらぬ。さて、それで?」

 「そ、それで? あの、……あ」


 何を言えってんだこの野郎、とか思ったけど、そうだよ。この人がミハルのつがいの相手だっていうなら、ユーリのお父さんってことだよね。あれ、ってことはバルトさんも龍なの?


「いかにも。我は風龍になる」


すげぇ。どうやったら初対面の人間に向かってこんなふうに偉そうにしゃべれるんだろう。しかも何気なく口に出してない私の疑問に答えてるし。ん、ん。事実しか言ってないって断言してなかったかこの人。なんなの、どういう意味なの。


「……口に出してはおらぬが、それだけ顔に書いてあればな……。おや、お前は我ら龍が虚言に対して敏感なのを知らぬのか?」

「伝えていません、父上」

「そうか。ならば知っておくがいい。我らは虚言を嫌う。ゆえに、お前がもし事実と異なることを述べればそれと認識できるのだよ。今のところ一言たりとてごまかしがないところはお前、龍の好みではあるが」

「そろそろ黙れバルト。お前が話をつけると思っていたから黙ってるんだ。たわいない戯言なら」

「では発声器官をふさいでくれるか? お前の持っている、同じ器官で」


ひくりとミハルの腕が震えた。……そだね。なんとなく私にもわかる。いらっと来る人だ、バルトさん。つがいであるミハル……あれ? っていうか、私は伴侶なんだよね? ミハルの。したらこの場合、


 「ま、間男になるの? 私。え? でも、男じゃないんだけど、この場合も間男って言うのかな?」

 「…………ナーナ」

 「ユーリ。ユーリにとってこの方はお父さんだよね? そしたら上手に説明してあげて欲しい。私は、人間の女で、ミハルの……て、貞操とかは狙ってなくて、えっとそのつまり、ミハルが望むなら、……望むなら遠くで暮らしても」


 そこから先は、なぜだか、どうしても口に出来なかった。私をこれだけ大事にしてくれてるミハルの望みなら、住むおうちが別れることも、もしかしたら遠くに離れて暮らすこともありえる、かもしれない。

 それが、許せない。

いいよ、とかって、簡単に言えない。

今日会ったばかりの人なのに。


 「…………カナ。カーナ」

 「み、ミハル、どうしよう。離れるのが嫌だ。どうしちゃったんだろう私。こ、んなわがまま、言ったことも思いついたこともないのに」


 舌がもつれる。そっと後ろから抱きしめてくれるミハルをぎゅって抱きしめ返して、こみ上げてくる気持ちの強さに怖くなる。

 だって、こんなに誰かに執着したことなんてない。どれだけ仲のいい友達だからって、ヒロトと別れるときにバイバイって口に出来なかったことなんてなかった。

 お互いの住む家が分かれてたことを、不思議になんて思ったことがなかったのに。


 「ど、うしよう。私、どうかしちゃったんだ。ご、ごめんねミハル。きっと鍵だとかなんとかの衝撃で思ったよりミハルに依存しちゃって」

 「依存は、依存だろうがね。お嬢さん。それは龍の伴侶たる絆だ」

 「きずな?」


 ゆったりと出されるこのトーンには覚えがある。ミハルが、私を落ち着かせようとしてたときの声の出し方だ。聞き覚えがないからミハルの旦那さんのものだって仮定して、…………依存、じゃなくて、絆?


 「……なるほどなぁ、ミハル。ミハルは伴侶を見つけたのだな」

 「そう言った。バルト。我がつがいたるお前にも許そう。これはカナだ。カナでもカーナでも呼び名は構わぬが、ナーナはダメだそうだ。ユーリが、シュラザータムハートレイドがカナをつがいと呼ぶのでな。ついでに紹介すると、カナはこの層のほころびを施錠する、鍵だそうだ。その役目を負わされてこことは異なる層から召喚された。鍵を守護するのだという人間も、さらに異なる層から喚んだようだな。そら、そこにいる男どもだ。名前は……」

 「ライクックだ。ライと呼んでほしい」

 「ガストールです。カナはトールと呼びますので、そのように」

 「ブックロゥ」

 「父上。僕はユーリと呼んでください。ナーナが付けてくれた名なのです。いい響きでしょう?」

 「やれ、面倒な。この層のモノではない龍がこれ以上に増えるか。……バルトとやら、我は大地の精霊だ。ケルンと呼べばいい。綻びの扉の施錠を見届ける役を負い、カナと共にその約束を果たす所存だ」


 「なるほど、……なるほど」


 落ち着くための声を出してくれながら、バルトさんが一歩、私の方に近づく気配がした。……言い忘れてたけど、私が混乱したと同時にミハルが私を抱き込んでくれてるんだよ。前どころか横も見えないよ。ふわふわの胸の圧迫感、すさまじいよ?


 「お前は、まだ子供のようだが」


 22歳だよ。どいつもこいつも。いいけどね、プライドはそこにないから。


 「22歳だそうだ、バルト。婚姻もすぐにでも結べるほどの大人、らしいぞ?」

 「それはそれは」


 なんだろう、バルトさんは相槌を二回打つのが癖なんだろうか。今、私の頭を優しく、ぽんぽんってしてくれたの、この人なんだろうか。声が笑ってるから、もう敵意はないみたいだけど。

 

 「我は、つがいと共に生きるモノだ。つがいから離れれば我は正気を失う。だから層を隔てていてもミハルを捜し、ここに辿りついた。今までもこれからもミハルのそばからは離れぬし、対として生きていくつもりだ。……だが、お前は? カナ。お前の覚悟はどの程度ある?」

 「私、……私は」


 そっとミハルの腕を外して、バルトさんと目を合わせた。ぴりって背筋に何かが走る。できるだけ正直に、今の気持ちを口に出した。


 「今日、ここに来たばかりだから、ぶっちゃけるとよくわかない。けど、まだしばらくはミハルといたい。……えっと、一緒に、最低でも次の季節まではいたい。その次も、その次も。でも」

 「でも?」

 「ミハルの大事な人がバルトさんなら、それは一緒にいた方がいいってのも、わかる。ユーリが生まれてるってことは、気持ちは一方通行じゃないよね? ミハルはきっと、強いから。バルトさんは、ミハルに愛されてる。そこも理解できてる」

 「……ふむ」

 「私の役目は、どんなに急いでも何か月かかかるんだって。そう教えてもらった。私は、鍵の役目をしたい。本当にそんなことができるのならね。扉を閉めたい。誰かが私を大事にしてくれるんなら、私も誰かを大事にしたいから。そのために、ここにいるみんなに迷惑をかけるっていうなら、私が頭を下げる。お願いだから協力してくださいって言う。だから、バルトさん」

 「……」

 「ミハルと一緒に、しばらく、私が鍵の役目を終えるまで、ここで暮らしてください。その間に、ミハルとバルトさんと私が一緒にいられるか、考えましょう」

 「……夜は?」


 え、そこ? って、最初に思った。だけど、どう考えてもとても大切なことだ。旦那さま、なんだもんね、バルトさん。ミハルにとって私と同じだけの一番。で、バルトさんの一番はずっと、燦然と輝いてミハルなんだ。バルトさんの横に伴侶がいないから。


 「待て。私がカナと一緒にいたい。朝までの別離さえも苦痛だ」

 「お前のその入れ込みようが我には苦痛だ。ありふれたことだがな」


 ありふれてんのかよ。龍の生態が気になってきそうだよ。

良く考えたらすげぇ乱れ方じゃないの? それ。


 「私は大丈夫だよ? ミハル。ケルンもいるし」

 「……ナーナ。どうしてそこでその青銀が呼ばれるんですか」

 「うん? だってユーリは男の子でしょう? い、やいやいや、私がどれだけ範囲外でもだよ? そんな、血縁関係もないのにこんな年の子とはもう一緒に寝られないよ」

 「というか、食事が共に取れないのに眠れるものか?」

 「うーん、それがねぇ、ライ。ほら、昼間に寝ちゃったでしょう? あれから考えると、ミハルとかケルンはオッケーだと思うんだ」

 「なら、私たちでも」

 「…………トール? ユーリでダメなら、ブックロゥたちはお兄さんなんだから、もっとダメでしょう? お嫁に行けなくなっちゃうじゃん」


 「「「「……嫁?」」」」


 その場にいた全員からの突っ込みに、だんだん慣れてきた自分が怖い。しかもこいつら、真顔で来やがった。美形のマジ顔、ガチで怖ぇっすよ。省長。


 「ま、まぁ嫁はともかくね。……えっと、何の話だったかっていうと」

 「我とミハルのことだな。…………いいや、もういいだろう。カナ」

 

 え、何が? 何がいいの? バルトさん。


 「まったくもって忌々しいが、カナは龍の好みの性質だな。ふむ、見ていたくなる愛らしさだ。仕方ない、しばらくは一緒にいてもいい」

 「…………バルト。お前の部屋はこの屋敷に用意していないからな。外で眠れ」

 「なんとまぁ、つれないことを。我がつがい。部屋ならばお前が用意してくれればいいだろう? なぁカナ?」

 「あ、……はい。好きな人と同じとこで眠れないと、私ならイヤだよミハル。じゃ、そういうことで私は今日はここで眠るよ。気持ちいいファブリックだし、ソファは大きいし」


 さらりと『愛らしい』とか言われて硬直してんだけど、バルトさんとミハルの会話の流れは聞いてた。私がソファで寝るってことには予測どおりにみんなから反対を受けたけど、強くお願いすれば流されてくれた。

おぉ? 強気で出れば何とかなる人たちなのかな? この過保護さんたち。


 「今夜は、では引き下がりますが。ナーナ。明日は僕と一緒に寝てもらいますからね」

 「寝台がないのなら仕方ないだろう。俺の隣で眠ればいい。ほら、一緒に寝るぞ」

 「しつこいですよライ。断られたでしょう? ……ああ、それならいっそ日替わりで私たちのベッドをまわっていくなどはどうでしょう? カナ。明日、明後日、三日後と、それぞれが違う寝台は? 趣きの個性的な味付けを楽しみませんか?」

 「いかがわしいことこの上ない誘いだね、トール。でも悪くない。カナは……うん、カナが選んでくれればいいから。今夜はここで寝るとして、明日は誰と一緒に寝てくれるの?」


 ………………うん。

 強気に出ちゃいけない人たちって存在しましたよ。母さん。どうしたんだよ。どうしてそんな結論になるんだよ兄さんたちは。毎度毎度。


 「明日、バルトさんとミハルの寝室を建ててもらおうね。ね?」



 ううううう。引きつった顔で最大限に強要してみたけど。

 大丈夫だろうか。


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