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内装のお願いを済ませたら今度は家具だ。ここは大人しくお兄さんたちに譲る。私が一緒に買い物に行く選択肢はないみたいだし……や、王様に話を通したところでやっぱり危険だからね……良くわからないから好きにすればいいって言ったあと、何とも残念そうな顔をした彼らだったけど、ブックロゥの「なら、僕たちの好きなようにカナの身の回りを整えていいんだね?」って言葉で火が付いたらしい。何にって、物欲に。


 「食事なんだけど、カナは自分の食べれるそうなものを自分で作ったほうがいい?」

 「あ、うん」

 「わかった。なら調理器具の一式をざっと揃えておくから、後で確認してね? なんなら簡単なモノでも一緒に作ろうか?」

 「あー、そうだね。今日はもう疲れちゃったし、何か外で食べられるものを買ってきてもらえた方がうれしいけど。できれば近いうちに一緒に何か作るっていうのはお願いしたいな、ブックロゥ。私、あんまりご飯を作るのが得意じゃないから。失敗するのが怖い」

 「そう? それなら絶対に失敗しない料理を教えるよ。楽しみだね?」


 「リネン類やクッションなどは私が選んでいいですか? カナ。日差しがまぶしいので日除けも買いましょうね。布地の好みはありますか?」

 「ありがとうトール。えっと、つるつるしてない、さらさらの、シンプルなのがいいな。んん、でも、もふもふしてるのもすごく好き。色としては、ばらけてても纏まってればそれでいいし落ち着いた感じがいい。……あの、私の言ってること、伝わる? 大丈夫?」

 「ええ、とても良くわかりますよ。カナの言葉は不思議ですね。具体的な説明はなくて、語り手と聞き手の想像に任せるような単語です」

 「ん、うん。擬音……かな? 私のいた国は、ほぼ単一の民族で構成されてるの。習慣や環境を共有してるからある程度はおまかせで通じるよ。……あのね、嫌味じゃなくて、トールが買ってきたものでトールと私の日常が見えるから、実はすごく楽しみ!」

 「それはそれは。では、腕によりをかけて、私とカナの言葉の意味を擦り合わせましょう。答え合わせは買い物の後ですよ?」

 「うん!!」


 「大型の家具を担当しようと思うんだが、カナの好みは」

 「大型? ライ、大型のって、どんなサイズなの?」

 「食事のテーブルやベンチ、ソファ……意味が通じてるのか? 固有名詞でも」

 「それがびっくり、きっちり伝わってるよ、ライ。私の言葉で理解してる。うん、そしてライの担当家具もわかった。えっと、シンプルで、ごつごつしてないのが好き。床が暗い色だから明るい色がいいな。……うん? 箪笥とか靴箱……は、作り付けか。そりゃそうだよね」

 「靴箱? それは小物入れだろう。どうしてそんな場所にあるか知らんが」

 「……っあー、下駄箱の習慣はないか。や、ごめん。勘違いした。そっか、土足の文化か」


 「……僕には何を選ばせてくれるんですか、ナーナ? 彼らに、あなたの身に触れるものを選ばせるなんて。僕、とても嫌です」


 かっ、かわいいなユーリ!! 中学生男子にして拗ねてるのがかわいいなんて、ある意味ここが一番すげぇチートじゃね?!

 おっとやばかった。今の、口に出してないよね? セーフだよね?


 「ユーリは、じゃあ私の洋服とかを選んでもらっていい? こだわりは別にない……あ、いや、肌を見せるのは得意じゃないから」

 「それは僕も嫌です。……はい、わかりました。ふふ、僕があなたを飾っていいんですね? 僕の好みで」

 「う、……うん。ちなみにユーリ、どんなのが好きなの?」

 「僕の好みはあなたですから。着ていないのが最上ですが、似合いそうであれば、なんでも」


 …………げ、撃沈されました艦長! 敵は想定外のところで爆弾をぶっこんできやがりますぜ大将!! ……大将?


 「私にも、何か残っているのかな? 伴侶の物を決めさせてもらえないなど、龍としてこれ以上に情けないこともないのだが」

 「ミハルには、私の部屋を作って欲しい。お布団……いや、ベッドか。寝る場所と、お化粧するところと、カーテンとかその辺りの色合いを選んでくれると、すっごーくうれしいな? あのね、あと、これはケルンと合わせてミハルにお願いしたいんだけど」

 「なんでも言ってほしい。すぐには叶えられないほどに大きな望みならその間中、私の幸せが永続きするから。出来うる限りにお前に関わりたいんだ、カナ」


 あ、……甘すぎるよミハル。ひー、女の人なのに色気がパネェ。取られてる手にちゅーしてくる速さも。必死なようでどこまでも熱のある視線も。


 「あ、あのね、それこそミハルじゃないけど、できるだけ私と一緒にいてほしいんだ。なんていうか、その、二人といるとすごく安定するっていうか……」


 違う意味では落ち着かないけどな! 心臓とかな!


 「……我が鍵の望みときたら、ささやかすぎて愛おしさが募りすぎる。もっと我の甲斐性も試してくれて構わぬのに」

 「ケルン。……ケルン、ほんと、どうかと思うその甘さ。きちんとこの場所だって守護してくれてるんでしょう? 私には感じられないけど、ほっとするのがさっきと同じだから、きっとそうだよね? ミハルもね。……そうやって、ぎゅってしてくれると私は息が出来るけど、でも、少しだけ恥ずかしいよ」

 「……ふむ、もう守護の気配がわかるのか。優秀だな、カナ」

 「恥ずかしがる様までかわいらしいお前が悪い。さあ、もっとその顔をよく見せて」


 言った傍からこれかよ!? み、ミハルだめ、ちかい近いちかいぃぃっっ!!




…………ふ、ふはははは。鍵なんかじゃなく猛獣使いになった気分でいっぱいです。要です。

やべぇ誰に向かっての自己紹介だよ。今はこの家の中に誰もいないっていうのにさ。


中庭の中央に植えられた大木に手を伸ばす。この家の中庭はウッドデッキ仕様だ。家の中の床材と同じ材質で、同じ高さに床が張られてる。その真ん中をくり抜いて、私が両手を回せば一周できるかなぁ、程度の樹が天を差す。

青々とした葉っぱ。

点在するピンクは花だ。桜じゃない。梅でもない。モクレンでもハナミズキでもない。私が樹木に詳しくないだけなのかな。こんな花は見たことがない。


でも、いい香り。


すぅ、と深く息を吸い込む。お昼ご飯のときも結局、腰に紐がかけられてたしね。なんだかものすごく久しぶりの一人の時間だと思える。

誰かに構われることなく深呼吸して、独り言をこぼせる。

「ミハルさまさまだね」

そう。この時間はミハルからのプレゼントだ。もうすぐ日が暮れる時間だから、他のみんなは市街地っていうか市場に買い物に出かけてくれた。一緒にいてくれと言っただろうに、なんて渋るケルンや、一人にしたくないのです、入れ違いでそれぞれが買い物に行けばいいでしょう? とかって拗ねたユーリたちを説得してくれたのもミハルだ。

結界は重ねて張っておけばいいって主張して、年頃の人間の女ならば一人の時間も必要なんだって力説して、私を置いて行ってくれた。

私のわがまま、おねだりを、心地よく聞いてくれるために。


……私にそんな価値、あるのかな。


ずっと放っておいた疑問が、つぶしてもつぶしても湧き上がる。鍵ってそんなに大事にしてもらえていいの? 始まりが拉致だとしても、これは、だってお仕事でしょ? この層の人たちの命がかかってるんでしょ? 私ごときの心の平穏なんかで後回しにしていいモノなの?

そりゃ、そりゃあ確かにケルンは言った。扉を閉めるには覚悟がいる。だからまず自覚してほしいって。

でもぶっちゃけ、何の覚悟なの。守られること? 兄さんたちと一緒に過ごすこと?


扉を閉めることで人命を救うんだっていう、何て言えばいいのか、こう、言葉は悪いけど薄っぺらい正義?

でもそれって、私の仕事? 本当に、私に出来る事なの?


ずるずると崩れ、座り込む。樹の幹に背中を預けて空を仰いだ。

綺麗。

息をするのがくだらなく思えるほどの、圧倒的な美だ。


オレンジ、ピンク、縹、コーラル、セレストブルーに水色。もう少しすれば夕焼けが進み、薄い群青が見えるだろう。きっと家の外に出ればもっと広い空が見える。月も、フライング気味の星も見えるかも。


おかあさん。


唐突に単語が口からこぼれた。ばっかみたいに明るく、綺麗ねぇ、要ちゃん! ってはしゃぐ幻聴が聞こえる。

会いたい。

能天気なあのイントネーションを直接に聞きたい。


『おっまえ、ばっかなぁ!! そんなキツイ選択してさぁ。逃げればいいのにさぁ!』


想像の中のヒロトも話しかけてくる。幼馴染の女の子は、凛々しいっていうか男の子みたいな喋り方だ。外見は見事にそれにそぐってない美少女なのに。さらっとした乾いた手のひらで私の手を握りこんで、いつもぐるぐる回る感情から私を助けてくれる。

ヒロトはいつだって私に逃げることを勧めるし、同情も、怒っていいってことだって伝える。自分はしないくせに、私には、マイナス感情も悪くないもんだってうそぶいてくる。


心配が底にある大好きな友人の甘やかしが、今は欲しい。


懸命に涙をこらえる。あほか、泣けよって想像上のヒロトが笑うけど泣きたくない。

もう、それは終わらせた。


これは感傷なんだ。きっと。


脳裏に浮かんでくるはずのお父さんの顔はぼんやりしてる。妹と弟の顔も。どこまでも正直に言えば思春期ど真ん中、反抗期バリバリのあの子たちは私に突っかかってばかりで、それが嫌で部屋に逃げてたからあんまり顔を覚えてない。お父さんは単純に忙しくて家に居つかないし。


お気に入りのワンピース、それに合わせた靴とバッグ。お気に入り登録したばかりのネット小説に、面白くなってきた翻訳物の長編恋愛ミステリー。

甘いお茶、甘くないお茶。

行きつけのケーキ屋さんの季節ごとの新作。


 ぜーんぶ、この樹の根元に置いとこうか。ああいや、それより大事に抱えよう。ちらっとでも忘れられないや。

だって捨てる選択がないよ。胸の中にしまいこんで、飾っておけばいい。

 そうやって、辛くなったらいつでも思い出を取り出して、自分の好きなように改変して舐めしゃぶればいいんだよね、ヒロト。

思い出は裏切らない。記憶は改ざんされていくから。


 好きな人のことも大切な人のことも、過去と未来は入り混じる。ほら、こんなふうな夕焼けみたいにね。



 みるみるうちに暗くなっていく空を、飽きもせずに黙って見てた。できるだけ急いで帰ってくるってみんなが言ってたし。一人にしてくれたことに感謝かも、ミハル。



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