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よし整理しよう。焚火周辺で『ふーん』って顔をしてる人たちは置いておこうね。
きっと私だけがわかってなかった……わけがあるかい。今、初めて明かされた事情でしょう? これ。ココにいるみんな、異世界から来たんだよね?
「俺は、ただ単にカナを連れまわすのがいいことだと思えなかったから」
「私もですよ。お疲れのようですから、まずは拠点を探そうかと」
「っていうか、召喚主からお金を受け取っちゃったら義理が発生しそうで嫌だよ」
「ナーナが僕以外の誰かとお話しするのが嫌です」
「私は愛し子と一緒にいられればそれでいい。移動など、面倒だ」
……おいおい予想以上にフリーダムな方たちでしたよ、お兄さんたち!?
っつか、龍の自由さが半端ないよ?! 人外だってこういう意味なの?!
「ふむ。まぁ長々と喋ってしまったが、愛し子よ。そもそも、ここには風龍がおり、我がいるのだ。空間のゆがみはさほど手間をかけずに察知できようぞ」
「はぁっ?! マジで?!」
おっといけない、つい素が出たわ。我慢ガマン。
「そんならとっとと扉とやらを閉めに行けばいいじゃん! 鍵がここにいて扉の位置もわかるってんなら何をぐずぐずと!」
やだ我慢できてねぇわ。事情がわかんない私のために説明してくれたっていうのに。恩知らずさが天井知らずで怖い。
「まずは、鍵であるという自覚。愛し子が、カナが、自分が扉を閉めるのだという覚悟を持ってほしいのだよ。それに、自分の置かれている状況を把握せねば、そら、この通りにノコノコと王もどきのところに行きかねん」
……うぅぅぅ。ケルンの指摘にその通りだと頭を下げる。身の危険があるって先に言われてるんだから。
私がすべきなのは扉の施錠だけど、そのためには『何らかの覚悟』がいるってわけか。……ま、守られる覚悟、かな?
…………物語の主人公に求められる素質って、大きいよねぇ。
無理。
守られろなんて、ガチで無理です。
…………とかってのも、言ってられないんだろぅなぁ。ふぅ。
改めて整理しよう。
・扉を閉める鍵が私。
・大地の精霊ケルンいわく、扉を閉めるにはなにがしかの覚悟が必要。
・急がないと、扉のせいで人心荒廃、土地も荒れる……のかな?
・閉めるべき扉は一つとは限らず、この大陸のどこかにある。
・扉の管理管轄はこの世界のメイン宗教の宗主様で、宗主は国を持っていて、王様。
・王様が私を召喚。この世界共通の宗教の威力をもってしても、たいしたボリュームの説明と保護、教会の全面バックアップが必要な仕事をさせようと思ってたのに呼んでみればまさかの異世界人。
・『かくあるべき』鍵が異世界人の私だったことで、権力争いとして主教主流の人や傍流の人、お貴族様……ふーん、お貴族様のいる文化なわけね……からの反発は免れなさそう。
・ってことから、失敗に限りなく近かった今回の鍵、つまり私を『なかったことにしちゃおう』作戦が複数筋から決行されかねない。これは私の推測ね。けど、『いっそばっさり』の単語が否定されてないから、近いところではあると思う。
・私が死なない限り、次の鍵は召喚できない。
「……な、なんてきれいな死亡フラグ」
思わず一人ごちちゃったけど、みんなからはぴくりと眉を上げられるだけで済んだ。気をつけよう、この人たちって独り言に突っ込んできちゃいそうなタイプだよ、うん。
よし、箇条書きで言うならこんなもんかな。次は問題点と解決方法のあぶり出しだね。
・扉の位置はユーリとケルンがいれば大体把握できる。転移の魔法が使えるから移動もできる。
・お金の概念を知らない人と持ってない人しかいないので、身動きがとりづらい。
・扉を閉めたとしても、私は帰れない。お兄さんたちは帰れる。
…………えーと。帰宅問題は棚上げだね。自分でも不思議なレベルで『帰れないこと』を私が納得しちゃったから、とりあえずミハルのそばを離れない以外の他の手段は取れないだろうし。
だったらつまり問題点って、お金がないこと、だけじゃない? しかも転移できるんなら移動って一瞬だよね? 急げば今日中にも施錠できないのかな、これ?
「ケルン?」
「カナ。先ほどから精霊殿の名前しか呼んではいないね? 私の膝にいて違う男の名前を呼ぶのは、少々、腹が煮えるのだけれど」
「ナーナ、頼るのなら僕を頼ってください。汗をかいた後の体が気持ち悪いのなら浄化の魔法をかけてあげますから、さぁ、こちらに」
「風龍よ、私はこちらの魔法を知りませんが、私が魔法を使うときには使役する本とある程度の体感を共有します。カナの体表面の浄化ということで理解していいのですか?」
「ここの魔法はエーテルを動かしてるんじゃないの? どっちにしろ浄化なら僕も使えるよ。ちょっとばかり撫でさせてもらうことになるから、嫌ならしないけど」
「というか、普通に、濡らした布で拭けばいいんじゃないか? ほら、カナ、ここに来い。拭いてやる」
お、おいおいおいおい。なにがどうしてそうなった。
目を点にしてたき火の向こうを見る。ってのとほぼ同時に、顎がくいっと持ち上げられた。漫画とかではよく見るけど、ほんとにこういうのってされるんだ。びっくり。
綺麗な蒼の瞳に見入る。虹彩はくっきりはっきり。ケルンが冬の海の色だとしたらミハルは夏の海の色だ。あと湖とか。緑が混じった蒼。……あ、でもすごい、色付きの眼の色ってこんなにくるくる変わるもんなんだね。ほら、今なんて空の青に近い。セレストブルー? 秋の空の色?
「ミハルの眼の色、きれい」
「……カナは、全部がかわいらしい」
ふふ、と笑ったミハルが私の頬を舐める。…………このだだ甘な言葉にも、かなり濃いめのスキンシップにもそろそろ慣れてきた自分が怖い。切実に。
「ナーナ」
苛立たしげなユーリの言葉に、はっと我に返った。わたわたと手をばたつかせればミハルは逆らうことなく私の顎に添えていた手を離す。けど、ユーリを見ようと思った顔の動きは制限された。…………なるほど、ミハルを見ていろ、と。他人と会話することは止めないけど、目を離すな、と。
おぉぉぉぉぉ。これ、…………こんな状況に陥ったことってある?! って話だよね。こうさぁ、こんな異常な経験したことないからスルー方法っていうか、いなし方がイマイチ不明だよ。ちょ、私の中の小説とか漫画の中のヒロインを総検索してもだよ、龍に全力で迫られて堕ちてないパターンとかなくない?! むしろ、昔話のほうがその展開があるね! でも詳細描写はなかったよね!!
何が言いたいかっていうと、学習能力が私に欲しいよ! と。そういうことか。
……すとんと結論が落ちてきて、ようやく息がつけた。目の前のミハルに笑いかける。ひらりと指を振ることで目の端のユーリに合図した。恐ろしく無礼な方法だけど仕方ないよね。同じ龍だからミハルの執着もわかってくれるだろうし。
「ユーリ、話しかけてくれてありがとう。えーと、でも、お風呂は確かに入りたいけど、体を拭くことは自分でしたいんだよ。ごめん」
ていうか、そこは誰かに体を洗われるとかいう選択もないから。余裕で20歳すぎの若い娘さんだから。ありえないから。
「お金の件は未解決だけど、そうだね、うん、落ち着ける場所は欲しいよ。でも、矛盾してるようだけど、私としては扉を閉める作業があっという間に終わるなら、ベースはいらないかもって思うんだ。扉を閉める時間ってば、トータルでどのくらいかかるんだろう」
「ふむ。鍵が、カナが心を定めておきさえすれば扉はさほどの時間をかけずに閉められる。扉の場所の特定は我とユーリが方向を決め、ゆっくり移動していれば見逃しまいが……今までの事例では大体が5年ほど、だな」
は?! ごねん?!




