第3章〜デバッグおよびクランチ〜④
「ごめんなさい、わたし、ちょっと席を外すね……」
そう言って席を立ったひかりは、そのまま冬空の屋外に走り出してしまった。
「ひかり―――!」
声を上げた美鈴は、すぐに僕たちメンバーの方に向き直って、懇願する。
「渚ちゃん、ゴメン。ひかりをフォローしてあげてくれない? 男子2人には、私から事情を説明しておくから」
「わかった。ひかりを見つけて、落ち着いたら戻ってくるよ」
突然の事態にも、渚は柔らかな表情で美鈴の言葉に応じると、ひかりのコートを手にしてから、彼女を追い掛けていった。
渚が出て行ったのを見計らってから、「さて……」と、つぶやいた美鈴は、僕と和也の顔を見渡して、困り顔で、
「どこから……どこまで話したら良いか、私も迷うところなんだけど―――」
と口にする。そして、苦笑しながら、
「二人には知っておいてもらった方が良いと思うから、私の責任で話をさせてもらうね」
そう言って、大学入学後、ひかりの身に起こったことをかいつまんで語ってくれた。
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「そっか……ひかりに、そんなことがあったのか―――常盤雄一って、名前だけじゃなくて、C.C.Pってサークルが、美鈴とひかりの大学の団体ってことには気を配っておくべきだったな……」
ミーティングのときとは違った意味で重苦しい雰囲気に包まれる中、和也が口を開く。
一方の僕はと言えば、自分の中にある理不尽に感じる怒りに似た感情と、困惑する想いが、込み上げてくることに驚いて、満足に口を開くことすら出来ないでいた。
ただ、
「ひかり―――」
信頼する幼馴染みにして、僕たちにとって、替えの効かない重要な開発メンバーの名をつぶやくように口にすると、美鈴が、
「達也くん……」
と、僕に同情するような表情で視線を送っていることに気が付いた。
「美鈴、僕やゲームの開発のことは良いから、それより、ひかりを探さないと―――」
そう言って、リビングのテーブルに備え付けの椅子から立ち上がろうとすると、彼女は、小さく首を横に振る。
「渚ちゃんから連絡があったよ。『ひかりと一緒に居るから心配しないで』って……」
僕たちと違って、開発チャットのメンバーに入っていない美鈴は、和也だけでなく他のメンバーとのメアドの交換も済ませていた。ひかりの友人ということもあるし、さっき指示を出したからという事情もあるだろうけど、渚が連絡した相手が美鈴であるということに、開発メンバーの彼女に対する信頼感が見て取れる。
渚から入った連絡に、安心した僕たち三人は、
「ひかりのことは、渚に任せるとして、しばらく戻って来ないようだから、今のうちに今後の対策を話しておかないか?」
という和也の提案にうなずいた。そして、恋人同士のあうんの呼吸を感じさせるように、すぐに美鈴が口を開く。
「私は、ゲームの開発のこととか、ホントに全然わからないんだけど―――達也くんが、さっきのゲームとゲームエンジン? をみんなに紹介しようとしたってことは、それだけスゴいモノだってことなの?」
ゲーム開発にまったく関わっていない美鈴だけに、その疑問はもっともだと思った僕は、彼女の言葉にうなずきながら答える。
「そうだね……渚が、ちょっと言ってたように、この『|Ether Vector』って、ゲームは、素人が作ることの出来るレベルをはるかに超えていると思う。その制作に大きく貢献しているのが、スタッフロールにもあった、『オデッセイ』というゲームエンジンであることも、間違いないだろうね」
「その『オデッセイ』? っていうエンジンは、みんなが作ってる『フリップスライド』のゲーム開発にも役立つの?」
「あぁ、さっきはそれを説明しようとしたんだ。もっとも、ひかりは当然のこと、渚にも細かな説明は必要無かったかもだけど……」
「じゃあ、制作進行のオレに説明するために、さっきの動画を見せようとした訳か……」
「あぁ、和也の情報収集にかける本気度を侮っていたよ。ゴメン―――」
「いや、それは別に良いんだが―――ただ、ひかりの事情は置いておくとしても、他人が開発したエンジンを勝手に使えるモノでもないだろう?」
和也が口にした疑問に、同意するように美鈴がウンウンと、うなずく。
「それが……会社の意向なのか、常磐ってヒトの考え方なのかは良くわからないんだけど―――開発元のユグドラシルってチームは、『オデッセイ』を期間限定でオープンソース化することを発表したんだ」
「おいおい、マジかよ? オレが調査に当たったときは、そんな情報なかったぞ」
「情報が公開されたのは、つい最近のことだから……和也は、それだけ早く有効な情報に当たってたことだよ」
「そ、そうか―――」
驚きの声を上げたあと、納得したようにうなずく和也に対して、美鈴は「オープンソース……?」と小首を傾げて解説を求めているようすだ。
「オープンソースって言うのは、開発に必要なソースコードが無償で一般公開され、誰でも自由に閲覧・改変・再配布できるようになる仕組みのこと」
開発者目線で話をさせてもらった僕の言葉に、うなずきながら、和也が、さらにわかりやすい言葉で説明を加える。
「つまり、相手に使用料や特許料を払わずに、『オデッセイ』を使えるってことだ」
こうして一般人にも理解しやすい言葉で重要なことを伝えられるのは、僕たちにない和也の長所の一つかも知れない。
「じゃあ、許可さえもらえば、そのゲームエンジン? を使えるってことなんだね?」
確認するように語る美鈴の言葉に首を縦に振った僕は、和也と目を合わせ、心の中でため息をつく。
おそらくは、制作進行担当の友人も同じことを考えているはずだ。
(―――と言っても、ひかりが納得するかどうかは、別の話だよなぁ……)




