第3章〜デバッグおよびクランチ〜③
『ゲーム制作日誌 ◯月□日 ディレクター兼シナリオ担当の提言』
「開発チャットでもメッセージを送ったように、『フリップスライド』の開発に遅延が発生している。いまは、まだ許容範囲と言えるが……ここまでのディレクターの話から考えるに、ここから残り3割の作業は工数が逼迫するであろうこと考えると、現状でも締め切りまでギリギリかも知れない」
制作進行の和也の言葉は、予想どおりシェアハウスの共有ルームに重たい空気をもたらした。
「う〜ん……」
と、思わず腕を組んでしまう僕。
「これは、なかなか厳しそうだねぇ」
いつもは、朗らかな渚の表情が沈んだものになっているのは、僕の気のせいではないだろう。
そして、誰より責任を感じているのか、ひかりは、
「ゴメン……わたしが、もっとスムーズに作業ができていれば―――」
と言ったあと、うつむいてしまった。その痛々しささえ感じる表情を見ていられなくなった僕は、少しくらいディレクターらしくしようと彼女に声をかける。
「いや、ひかりは、良くやってくれてるよ。これまでの遅延は、僕の無茶な仕様書のせいだし―――」
僕がそう言うと、ひかりは、「達也くん、ありがとう」と弱々しいながらも笑みを見せる。
ただ、「フ〜」と小さく息を吐いた和也が、制作進行担当らしく冷静な発言をすると、彼女の表情はふたたび強張る。
「そう、たしかにこれまでの作業遅延に関して言えば、ひかりよりも、達也の突発的なアイデアに応えて来たからだろうと言うことは、行程表の一覧からも予測できる。ただ―――この先は、どうなんだ? ひかり、正直に言ってくれ。制作を始める時に言っていた3D対応のゲームエンジンの開発状況は、どんな感じだ? 状況によっては、ここから先のゲームの仕様を見直さなきゃならない」
制作担当の一言に、「そ、それは―――」と、言ったまま押し黙ったひかりは、そのあと、小さな声で、
「ごめん……全然、目処が立っていない―――」
と、率直に進捗状況を明かした。
彼女の沈痛とも言える表情に、これまで黙って制作ミーティングの成り行きを見ていた美鈴が声を上げる。
「ひかり、大丈夫? 和也くんも、もう少し言葉を選んで―――!」
交際を始めたばかりの彼女から、注意を受けたからか、それとも、本人の持って生まれた優しさのためなのか、和也は、「あっ、すまない……」と、一瞬だけ気まずそうな表情をしたあと、ひかりをフォローするように声をかけた。
「ひかり、正直に話してくれてありがとうな。問題点が明らかになれば、あとは、解決策を考えるだけだから」
制作担当であり、恋人でもある和也の柔和な表情に、開発メンバーの誰よりも、美鈴がホッとした顔を見せていた。そして、僕はここで、『フリップスライド』の原案者であり、ディレクターらしく、発言することにする。
「そのゲームエンジンについては、僕の方から、ちょっと提案があるんだけど、良いかな?」
口を開くと、メンバーの視線が、こちらに集まった。みんなの士気が高いことを嬉しく感じつつ、僕はノートPCを操作する。
「正月休みの間、僕なりに情報収集をしていたんだけど―――スゴいゲームを作っているサークルを見つけたんだ。そのチームが制作したゲームが、YourTubeに動画をアップしているから、まず見てほしい」
僕は、そう言ってメンバーの方にPCのディスプレイを向ける。サービス開始から、わずか一年足らずで、僕たちの世代には、すっかり馴染み深いものになった赤地に白の再生ボタンをタップすると、『Ether Vector』というタイトルとともに、シューティングゲームの映像が再生される。
3D空間の大空を背景に、ダイナミックなカメラ視点の変更とともに自機がシームレスに疾走する。正面への高火力「ガトリング」や左右へ広がる「ワインダー」を切り替え、迫る敵機編隊を撃破していく。奥行きのある空間から出現する敵機には照準を重ねて「ロックオンレーザー」を解き放ち、強力なチャージ攻撃で一撃粉砕。
無数の弾幕とダイナミックな爆炎が画面を埋め尽くす高密度な3Dシューティングアクションは、見ているだけで、僕の心をワクワクさせる要素が満載だった。
「なんだ、達也も知っていたのか……?」
制作担当として、情報収集を怠らない和也が、苦笑しながらつぶやく。
「和也もチェックしていたのか? さすが、制作進行だ。このゲームのクオリティは素晴らしいよ」
一方、渚はこのゲームの映像を初めて見たようで、
「スゴいね……これって、同人ゲームなの? インディーズでここまで出来るんだ……」
と、感心しながら食い入るように画面を見つめていた。
ただ、開発メンバーにとって、大きなプラスになる情報を提供できた、と満足していた僕は、肝心なことに気を配ることが出来ていなかったことをこの直後に後悔することになる。
映像を見ながら、僕はメンバーに告げる。
「このゲーム、『Ether Vector』には、スゴいゲームエンジンが使われている。そのエンジン『オデッセイ』さえあれば、僕たちの『フリップスライド』も―――」
そう言葉にして、動画のエンディング場面のスタッフロールに、スペシャルサンクスとして、ゲーム制作のためにゲームエンジンを提供してくれた人物と団体の名前を確認する。
すると、ひかりと美鈴の顔色が一瞬で青ざめるのことがわかった。
そこには、こんな開発者名が記されていたのだ。
ゲームエンジン『オデッセイ』開発責任:常盤雄一 チーム:ユグドラシル。
制作著作:サークルC.C.P(立明館大学)




