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心療専門医はゴッフレード・ガンディーニと言う名の白髪白髭な老紳士だった。
優しい笑顔のおじいさんでエリアナは一目で気に入った。
「よろしくお願い致しますわね」
サンタクロースが赤い服を脱いで白衣を着たらこんな感じじゃないかな。
TVでしか見たことないけど。
エリアナが微笑ましくゴッフレードを眺めていると、神経質そうな長身で眼鏡を掛けた男がチェックシートとペンを回収に来た。
名をザシャ・ゼッキンゲンと言い、ゴッフレードの助手を務めているらしい。
ゴッフレードの診療に付き添う傍ら、薬学部の教員や研究員達の統率、管理から雑務までを担っていると言う。
神経質そうな見た目だが、チェックシートとペンの手渡し方や説明の仕方は優しく丁寧で、なかなかに好感の持てる人物だと思えた。
ゴッフレードがチェックシートに目を通しザシャと何やら相談を始めると、ほんわかとした雰囲気の白衣の天使がリラックス効果があるのだと薬草茶を勧めてくれた。
ふくよかな体型とえくぼのできる笑顔が可愛らしいイレーネ・インカンデラと言う名の白衣の天使は、薬草をはじめとした薬物全般の知識が大変豊富で、ゴッフレードが診療方針を決める際にもその知識をもって多大な助けとなっているらしい。
ゴッフレードの待つ部屋に来る前に寄ったエリアナの怪我の確認と手当をした部屋で、塗り薬や痛み止めの世話を焼いてくれたのもイレーネだった。
ちなみに、この世界を主に支えているのは武力と薬学だと言って過言ではない。
武力をもって魔物を倒し、魔障や魔物による被害への対処も対策も薬草等から作る薬物や香などがそのほとんどを担っているし、魔障以外の怪我や病気も薬物治療が主体である。
つまり薬物に関する知識に長けているイレーネは聖女がいない今現在この世界において、プレ聖女、ほぼ聖女、聖女的な、なんかそんな感じの存在らしい。素晴らしい。
そしてエリアナが最も気になったのは、診療室の隅でそわそわと早く帰りたそうにしているジェシー、ジブソンと言う名の研究員だった。
ボサッと1つ結びにまとめられた髪はダークブラウンで眼鏡の奥の瞳もブラウン。前世が日本人のエリアナとしては何とも親しみを覚える、安心する色合いである。
とは言え異様に顔面偏差値の高いこの世界。ジェシーなる人物も例にもれず中性的な色気を漂わせている。
何よりエリアナの琴線に引っ掛かったのは、「私の上司が大変失礼なことをした」と言う第一声だった。
愛想のない表情と素っ気ない口調で、それでも律儀に謝罪を述べる姿が髪と目のブラウンと相まって、前世で大変迷惑をかけ通しだった、がっきゅー委員だかふーき委員だかの不憫な同級生男子を彷彿とさせたのだ。
エリアナは思わずニヤけそうになる頬を引き締める。
そしてジェシーを盗み見る。
ニヤニヤしそうになるのを誤魔化すのがツライ。
でもまた盗み見る。
目が合った瞬間、不審そうな迷惑そうな顔をされた。
(これだよ!これ!!!)
エリアナはガッツポーズしたい気持ちを抑えこっそり拳を握りしめる。
そんなエリアナの様子に気付いた訳でもないだろうが、ザシャが声を掛けてきた。
「紹介がまだでしたね。ジェシーは催眠療法の研究に特化しています。診療方針の1つの選択肢としてその知識を借りる事があるので同席をお許し願いたいのですが」
「構いませんわ。よろしくお願い致しますわね、ジェシー様。先程「私の上司が」と仰いましたが、ジェシー様はあの眼鏡⋯⋯合同演習で私に同行して下さった先生のお弟子さんですの?」
エリアナはザシャに淑女の笑みで返すと、ここぞとばかりにジェシーに気になっていた事を尋ねる。
するとジェシーは露骨に嫌そうな顔をしてみせた。
「師弟関係にある訳ではありません。たまたま同じ研究室を使用している、私より数年長く生きているだけの人間です」
なるほど。ジェシーは眼鏡ネズミ教師が嫌い、と。
エリアナの考えている事が分かった訳ではないだろうに、ジェシーが居心地悪そうに続ける。
「同じ研究室を使用している人間が問題を起こすと、その度に私の研究に費やす時間が減るので正直言って迷惑です」
なるほど。
問題と言うのは今回のことに加え、年度初めに監査が入った前年度の会計ミスの事を指しているのだろう。
眼鏡ネズミ教師が生贄にされた事から見ても悪事に手を染めたのは眼鏡ネズミ教師より上の連中で、ジェシーからすればまさに同じ研究室を使用しているだけの迷惑極まりない存在と言えよう。
ついでにそのどちらにも関わっているエリアナに対しても、いい感情は抱いてなさそうだ。
坊主憎けりゃってやつだね。
「さてエリアナ嬢。いくつか質問をしても構わないかな?」
白衣サンタ、もといゴッフレードがエリアナに向き直ると穏やかな笑顔を見せる。
ゆったりとした心地の良い声音にエリアナも笑顔が溢れる。
「ええ、どうぞ」
「エリアナ嬢は初めて魔物と対峙したと聞いたが、どうじゃったかね?」
「どう、⋯とは?」
エリアナは何をどう答えるべきか悩んでしまった。
それでなくとも今日は沢山のことがありすぎた。
「何でも良いんじゃよ、どう感じたかな?」
とりあえず魔物が現れた時の記憶を引き出す。
「何でも、ですか⋯。大きくてひょうきんな顔をしていると思いました。あと、そこそこ高い知能と残虐性を持ち合わせた個体だろうと推測されました」
「ふむ。魔物を目の前にした時も今も、とても落ち着いていたと見えるのう。なかなか豪胆なご令嬢の様じゃ。⋯⋯⋯怖くはなかったかの?」
ゴッフレードは少し逡巡を見せたあと質問を続けた。
「怖かったです」
「ほう、何がどのように怖かったかの?」
エリアナが即答した事が意外だった様で、ゴッフレードが軽く目を見開いた。
「フィオリーナ様、⋯同じチームの生徒を危険な目に遭わせてしまうことが」
「なるほど。チームメイトを守ることで必死じゃった、と。なるほどなるほど」
ゴッフレードはゆっくりと何度か頷くと、ザシャに向かって軽く手を上げ合図をした。
そしてエリアナに向き合いしっかりと目を合わせると、しわくちゃの顔を更にくしゃくしゃにして笑った。
「チームメイトのご令嬢もエリアナ嬢もよく頑張られたのう。無事に戻ってきてくれて、こんなに喜ばしいことはないわい」
エリアナも顔をくしゃくしゃには出来ないが、ゴッフレードの目をしっかりと見つめ返して微笑む。
「ありがとうございます」
「また、話を聞かせてもらっても良いかのう?じじいのささやかな楽しみに付き合ってくれると嬉しいんじゃが」
そう言ってゴッフレードが器用にウィンクをする。
なかなかお茶目でかわいいじいさんだ。
「ふふ、勿論ですわ」
ゴッフレードはコロコロと笑うエリアナを見て優しく笑いながらそっと息を吐くと、カルテに「要観察」と記した。




