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エリアナが確かに見たことがあるはずなのに、誰だか思い出せず悔しいような気持ち悪いような思いをしていた眼鏡ネズミ教師は、年度初めにエリアナが前年度の会計ミスを指摘した部署の下っ端教師だと思い出した。
エリアナと直接やり取りしたのもこの眼鏡ネズミ教師だから、処罰を受けた関係者達から随分と針のむしろだったに違いない。
エリアナとしては誰が相手だろうと結果は変わらなかったと思っているが、当人達からすれば誰かしら鬱憤をぶつける相手が必要なのだろう。
(だから顔を隠したり、感じの悪い言動が目立ったのか)
不祥事を起こして処罰された人間が、処罰した相手を気に入らないのは当然の感情だ。
とても人間らしい。それは別にいい。
だからきっと今回のことは眼鏡ネズミ教師のあたしへの当てつけ、フィオリーナの継母は関係ない。
クラウディオがどうのこうの言ったのも、あたしの婚約者であり、あたしを守ろうと合同演習のルール変更を渋ったのが気に入らないから。
それならそれで良い。単純明快で実に分かりやすい。
あたしが標的ならそれで構わない。
巻き込んでしまうフィオリーナには本当に本当に申し訳ないが、フィオリーナの継母と繋がっていなければそれだけで御の字だ。
そう思うのに、不安が拭えない。
大丈夫。継母の企みであればカルロが気付いたはず。
それなら出発前に気を付けるよう一言あったはずだ。
それとも何か手を打っているのだろうか?
だけどそれはあくまでもカルロが気付いていたらの話で⋯
いや、だめだ。
こんな考えはカルロに責任を押し付けているだけだ。
継母が、眼鏡ネズミ教師が、カルロに気付かれない様に動いていた可能性だってある。大いにある。
あたしが敵側なら最も警戒すべき人間が誰かくらい調べてから動く。
それに眼鏡ネズミ教師はあたしに顔を見られないようにしていた。
カルロにもそうしていたかも知れない。
(⋯⋯⋯⋯アレコレ考えるだけムダだ。あたしはバカなんだから)
継母の企みであろうとなかろうと、やる事は変わらない。
フィオリーナを守る。
それだけだ。
その為にはとにかく、フィオリーナを魔物に近付けない。
それだけだ。
(まず、森に入ったら絶対に入り口付近から動かない)
フィオリーナの身を守るためには、薬草の採集はフリだけで、魔物が近付いたらすぐに感知できるようにそちらに感覚を研ぎ澄ませる。
魔物を見つけ次第フィオリーナを森の外に押し出す。
狼煙をあげてすぐに助けに来てもらう。
「フィオリーナ様。森に入ったら先には進まず入り口のギリギリの辺りで採集を致しましょう。良いですね?絶対ですよ」
エリアナはフィオリーナを向くと、懇願するように告げる。
フィオリーナもしっかりと頷いてくれた。これで一安心だ。
そう思ったのも束の間。
森に入ると採集をする生徒達で溢れかえっていた。
皆、魔物と遭遇するのが怖くて先に進めない。つまり、エリアナと同じ作戦をとっているらしい。
合同演習の森の中エリアへの入り口として選ばれた場所だけあって多少は開けているものの、広さはそこまでないので完全にすし詰め状態である。
同行している教師なのか監視員として配置された教師なのか分からないが「先に進める者は先に進むように」とアチコチから聞こえる。
半分は怒声だ。非常に殺伐としている。
これではロクに採集は出来ないかも知れないが、これだけ人がいるなら逆にここは安全だと言う証拠だろう。
(⋯⋯⋯本当に?)
これだけ人が居る場所に、例えば魔物が近付いてきたとしたら?
本当に魔物が来なくても「魔物だ、逃げろ」と誰かが叫んだとしたら?
これだけの人数が一斉に逃げ出そうとしたら?
訓練された軍人の隊列などではない、ごった返した人ごみ。
雑踏事故という言葉が突如エリアナの脳裏をよぎって背筋が凍る。
それでなくても整備された道ではなく森林の「森」の方。自然そのものなのだ。
朽ちた倒木や生茂った草花等で足場は悪く、折れた木の枝やら樹やら剥き出しであるし、エリアナは名前も知らない謎の棒状の植物や紐状の植物、棘のある植物に禍々しい色や形をした植物、蠢いている植物や何やら液体が滲み出てくる植物エトセトラエトセトラ。
グルリと見渡しただけでもフィオリーナを近付けたくない植物が非常に多く目につく。
ひとまずエリアナはフィオリーナを連れて、監視員として配置されているのであろう教師のところへ向かった。
人が多すぎて事故につながる可能性を示唆し、先に進むか森の外へ戻るか時間制限を設けて決断させ、この場所はあくまでも通過地点とし長時間留まることのないよう徹底してもらう。
つまりはエリアナとフィオリーナもこの場所から移動しなくてはならなくなった。
監視員の補助として伝達、誘導を手伝うつもりでいるが、わずかな時間稼ぎにしかならないだろう。
(やっぱり、「強制力」かな?)
エリアナは補助を終えたら森の外へ出るつもりで、フィオリーナにもその様に伝えてある。
可愛い上に優しいフィオリーナは「クラウディオ殿下とカルロ様の対決に差し障りがあるのでは」と心配していたが、エリアナは淑女の笑顔で押し切った。
あの2人ならきっと許してくれる。
クラウディオの願いはあたしが土下座してでもカルロに頼み込むつもりだし、カルロの願いはあたしの幽閉以外は何だって協力を惜しまない。
クラウディオの従者でもペットでもなるからと言えば聞いてもらえるかも知れない、と密かな希望を胸に抱いている。
そうして注意を払っていたにも関わらず、数分後、何故かエリアナとフィオリーナは森の奥へと進んでいた。
方向感覚が失われた所へ眼鏡ネズミ教師に巧みに誘導されたらしい。
(⋯⋯⋯え。これも「強制力」?)
だとすると、この流れは小説に則っている、つまりフィオリーナの継母が絡んでると考えて然るべきだろう。
そこへエリアナへの私怨が加わって、より面倒な事態に陥っていると言ったところか。
エリアナは盛大に溜め息を吐きたいのを我慢してフィオリーナをそっと見やった。
フィオリーナも森の入り口ではなく奥へ進んでいると気が付いたようで、不安そうな瞳とぶつかる。
エリアナはフィオリーナをこれ以上不安にさせない為に笑顔をつくる。
そしてリュックを下ろすと中身を探り始めた。
最早、警戒すべきは魔物だけではない。
雑踏事故もそうだが転落事故、遭難事故も想定に入れなければならない。
薬草のなかには直接触れてはいけないものや吸い込んではいけないものだって少なからずある。
眼鏡ネズミ教師が先導して道をつくってくれているが、自分でも足元を充分に確認しながら歩を進めるべきだろう。
眼鏡ネズミ教師が薬草に詳しいのであれば毒性の強い薬草を使って危険な目にあわせる可能性も捨て切れない。
「フィオリーナ様、これを」
エリアナはフィオリーナに布を渡すと鼻と口を覆う形で巻くように告げた。
手袋は持参していたようだ。流石はフィオリーナ。可愛い上に賢い。最強。
最後にゴーグルを着ける。視界が少し悪くなるが仕方ない。
フィオリーナも問題なく装着できたようだ。
同行の教師が敵か味方か分からない(と言うより敵である可能性が高い)以上は、思いつく限りの危険からエリアナがフィオリーナを守らなければいけない。
とは言え、「強制力」を考えると魔物と遭遇する可能性は限りなく高いだろう。
それ以外も一応警戒しつつ、充分に魔物に備える。
(⋯⋯⋯うーん、眼鏡ネズミ教師さん、魔物と遭遇させるの失敗してくれないかなー)
エリアナは「ポンコツであれ」と期待を込めて眼鏡ネズミ教師を見るが、足取りは確かで、とても道に迷う可能性はなさそうだ。
きっとこの道は中級魔物に続いている
そう確信しながら眼鏡ネズミ教師の後をついていくエリアナの足取りは、それはもうとてもとても重かった。




