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代え難き戦友

幾週ののち……。

エドワードがもたらした秩序は、領民にとっては救いだった。しかし、当然特権を失うことを恐れる生き残りの貴族たちにとっては「脅威」でしかありませんでした。


隣国との一時的な停戦が結ばれ、王都で開催されることになった『戦勝記念夜会』それは、一兵卒から成り上がったエドワードを公の場で引きずり下ろそうとする、旧態依然とした貴族たちの罠でもあった。


「エドワード様、本当に行くのですか? 貴方を快く思わない者たちが、手ぐすね引いて待っていますわ」

ソフィアは、エドワードの軍服の襟元を整えながら不安を口にします。彼女自身も、かつての慎ましい令嬢ではなく、主を失ったローゼンタール家を背負う者として、毅然としたドレスを纏っていた。


「彼らは私を『戦場しか知らない野蛮人』だと思っている。ならば、その傲慢さを利用するまでだよ。……大丈夫だ、ソフィア。私の隣には、世界で一番聡明な淑女がいるのだから」

エドワードは彼女の手をとり、煌びやかな王都の夜会へと乗り込む……。


会場に入った途端、冷ややかな視線が二人を刺す。

「見なさい、あの成り上がりを」

「横にいるのは没落寸前のローゼンタール家の娘か。お似合いだな」


学園にいた頃のような脆い心を持つ二人はもういない。壮絶な日々を過ごした二人にとって、もはや貴族からの嫌味など、気に留めることすらない代物となっていた。


煌びやかなシャンデリアの下、着飾った貴族たちが談笑に興じている。しかし、その華やかさは、最前線から帰還した者たちにとっては、あまりに眩しく、そして空虚なものだった。


「大勢……死んでしまった……。俺の部下も、君の仲間も。彼等は故郷の土すら踏めなかった……。なのに、ここでは誰もその血の匂いを覚えていない」

低く掠れた声。エドワードの傍らに立ったのは、かつて学園で彼を蔑んでいたカイルだった。


しかし、今の彼に、あの頃の卑屈な傲慢さはない。無謀にも指揮官として最前線に送られた彼は、自らの無知ゆえに部下を次々と失い、自らも死線を彷徨った。


「カイル。……飲みすぎるな。ここは戦場じゃない」

「わかっているよ、エドワード」

シャンパングラスの触れ合う繊細な音が、カイルの耳には、あの日の「障壁が砕ける音」に聞こえていた。


(……カイル?)


カイルの視界が、一瞬で赤黒い泥濘ぬかるみへと引き戻される。


北域戦線・第4防衛線。

轟音と共に、空を覆っていた魔法障壁がガラスのように粉砕された。

直後、降り注ぐ巨大な火球の一群。カイルのすぐ傍を歩いていた、歴戦の将軍、カシウスの姿が、眩い閃光に飲み込まれてしまった。


「……!?」


カイルが目を開けた時、そこには何もなかった。何も。

父の代から自分を支え、慣れない戦場で常に適切な助言をくれた、あの逞しいカシウスの背中が、灰すら残さず消滅していた。


「か、カシウス……? どこだ? どこへ行ったんだ……」


周囲では兵士たちが叫んでいる。

「カイル卿! 今や貴方が指揮官です! ご命令を!」

「カシウスは? カシウスはどこだ?」

生気を失ったように発し続けるカイル。

「カシウス様は戦死されました! 早く、早くご命令を! 敵が向かってきております!! カイル卿! カイル卿!!」


カイルは、ただ立ち尽くしていた。剣を握る力も、声を出す方法すらも忘れて……。

そこへ、泥を蹴り立てて一騎の影が駆け寄る。


エドワードだった。

エドワードは馬から飛び降りるなり、我を失い呆然とするカイルの胸ぐらを、引きちぎらんばかりの勢いで掴み上げた。


「カイル! カイル!!」

「……エド、ワード……? カシウスが、カシウスがいないんだ……」

「私の目を見ろ! 見るんだ!! 君は騎士だろ!! しっかりしろ!!」

エドワードの碧い瞳が、至近距離でカイルを射抜く。その瞳には、仲間を失った悲しみよりも先に、今この場にいる生者を救わんとする、苛烈なまでの意志が燃えていた。


「敵は待ってはくれんぞ! 嘆く暇があるなら、カシウスが守りたかったこの兵士たちをお前が守れ!! 剣を取れ……カイル!」

その咆哮が、カイルの凍りついた魂を叩き割った。

エドワードはそのまま、混乱する兵たちに向き直り、喉が裂けんばかりの声で的確な号令を下し始めた。


「右翼、盾壁! 盾を構え、突撃してくる敵を引きつけろ!! 後続は私に続け!! 工兵の援護だ! 障壁装置を取り戻すぞ!!」

エドワードに向かって叫び、鼓舞する兵士達。


その背中を見て、カイルは震える手で地面に刺さった剣を引き抜く。

自らを敵扱いしなくなった宿敵の、そのあまりに気高く、孤高の背中を追うために。


──


「……カイル様?」

ソフィアの優しい声に、カイルは現実へと引き戻された。

カイルの手は、グラスを割らんばかりの力で握りしめられ、震えていた。

隣に立つエドワードは、何も言わず、ただ静かにカイルの肩に一度だけ手を置いた。その手の重みは、あの泥濘の中で胸ぐらを掴んだ時と同じ、魂を繋ぎ止める重さだった。


「……ああ、悪い。少し、酒が回ったようだ」

カイルはソフィアに一礼し、それからエドワードに向き直った。

かつてのような虚勢はない。あるのは、死地を共にした者だけが通じ合える、沈黙の信頼。


「エドワード。……君の言う通りだ。ここは戦場じゃない。だが、俺の剣は、いつでも君の隣にある。……カシウスに、笑われないためにもね」


夜会の中心で、三人の絆はより深く、重厚なものへと変質していく。

それは、華やかな宮廷の歴史には決して記されることのない、泥と血と誇りによって刻まれた、真実の友情だった。

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