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九月 ほのかに、妖精めいた午後

 九月。朝顔は、まだ朝ごとに咲いている。

 ムーンガーデンに、ロベリアの青い花が咲いた。こばれ種から芽が出たのだ。アリッサムは緑の葉っぱばかり。パンジーはまだまだ。芽が出てから、わずかに大きくなった程度。このパンジーは、前と同じように、白い花が咲くかどうかはわからない。原種に近くなって、三色の小さい花になっているかも。

 その時は、その時。

 柔らかい新芽は、虫にはごちそうだ。ニンニクと唐辛子の忌避剤を撒いておいた。

 家の中では鉢植えのローズゼラニウムが、にょきにょき育っている。どうしようか、これ。

 セージもずいぶん伸びている。摘み取って軽く洗って水気を取り、吊るして干しておく。いくらかはすぐ使えるように、冷蔵庫に入れておいた。





 食パンにオリーブオイルを塗り、黒コショウをふる。シラスとチーズをちょっと乗せて、オーブントースターへ。朝ごはんには、これで十分。

 スライスしたトマトにバジルをちぎってまぜ、オリーブオイルと黒コショウ、レモン汁をかける。トマトのシンプルサラダ。ねぎを散らした納豆の小鉢もつける。骨粗鬆症こつそしょうしょう対策。

 ショウガとレモンのゆるゆるジャムを、炭酸水で割ってジンジャーエールを作った。

 サラダをつつき、納豆を食べ、ジンジャーエールを飲み、出来上がったオープンサンドもどきを、むぐむぐかじる。ハーブの香りが広がる。ありあわせだけれど、何だか豪勢な朝食。


「セージで何作ろう。ミクルマス(九月二十九日、天使ミカエルの祭り)にはセージ詰めたガチョウ料理食べるんだっけ?」


 セージとジンジャーエールで思い出した。ミクルマスの日にショウガと、セージを詰めたガチョウ料理を食べると、無病息災、という言い伝えがある。ガチョウの代わりに、鶏肉を使ってもOKだったはず。


「オムレツにしちゃっても良いか」


 セージを刻んで、チーズを入れて。


「ソーセージの語源になったハーブだもんなあ。動物性の食べ物に合わせる薬味と言うか。玉葱、セージ、鶏肉、塩胡椒、にレモン……でシンプルに蒸し焼き……パン粉と豚挽き肉で、小さいソーセージ作っても良いなあ。セージと玉ねぎ刻み込んで、ナツメグ入れて、ハンバーグっぽくして」


 豆にも合うのだっけ?


「揚げ物にしても美味しかった……」


 フリッター。ハムを一口大に切って、セージの葉で巻いて。衣をつけて揚げる。豆腐を使ったらどうだろう。レモン絞って。それだと香りが強すぎるかな。

 でも今は、台所に熱気のこもる料理はあんまりしたくない。


「とりあえず~、昼は。セージとチーズのオムレツ」


 プラス果物。





 十時を過ぎると、外から熱気がやってくる。朝晩は涼しくなってきたが、日中はまだ暑い。部屋に日光が入らないよう、カーテンで影を作る。


「もう少ししたら、涼しくなるかなあ」


 八月からずっと、言っている気がする言葉。

 ゼラニウムを少し刈り込んで、葉をオリーブオイルに漬け込む事にした。煮沸消毒したビンに、ハーブと油を入れる。日付を書いた札をつけて、後は二週間ほど、太陽の光の当たる窓辺に放置。二週間たったらハーブを引き上げる。ゼラニウムは肌に良いとされるハーブなので、手荒れに使えるだろう。

 ついでに別のガラス瓶にティーバッグを入れて、ミネラルウォーター(硬水ではなく軟水で)で満たして、こちらは外へ。日の当たる場所に放置。「サンティー」という、水出し紅茶が昼までには出来上がる。いわゆる「日向水ひなたみず」、太陽の熱で熱くなった水で出された紅茶は、まろやかな味になる。できあがったら、冷やしてアイスティーにしよう。

 パソコンで調べ物をする。検索をかけるが見つからない。キーワードをあれこれ変えて、やっと見つけたと思ったら、出版社が倒産して絶版になった書籍で、一冊一万円の値段がついていた。


「元の値段の十倍近いよ……」


 読みたい。でも買えない。それにこれ、シリーズ物だから、一冊買ったら絶対全部そろえたくなる。


「英語版の本はまだ出てる……ってか、こっちの方が安い……」


 図鑑だからなあ。ビジュアルわかればある程度……でもなあ。辞書片手に読むだけの気力ないよ。

 専門用語出てきたら、わからないだろうしなあ。

 児童文学や、専門的な分野に足を突っ込んでいる書籍は、復刊が難しい。買う人が限られてくるからだ。良い本多いのに。再興されないかな、某出版社。

 うなっていると、アマゾンからお知らせメールが届いた。以前、探していた絶版本が見つかったとのこと。


「五千円……」


 わあ、やすーい。と、言うべきか。何これ、イジメ?





 昼になったので、オムレツを作った。冷蔵庫から、朝の残りのサラダを出す。食事を終えて一息ついてから、サンティーを家の中に入れる。少し室温でさましてから、ピッチャーに入れ替えて、冷蔵庫へ。

 ちょっと疲れたので、薔薇の実ローズヒップの粉をティーカップに入れて、湯を注いだ。皿でふたをして、三分。砂糖を少し混ぜて飲む。

 薔薇の実はビタミンCが豊富だ。しかもこのビタミンCは、湯を注いでも壊れにくい。日焼けの後や、風邪っぽい時にはだから、割と有効。疲れを取るクエン酸をプラスする為、ハイビスカス(ローゼル)の花と一緒にされる事が多いが、単体でも良く飲まれる。

 ティーカップの底に残ったふやけた粉を、スプーンですくって食べる。微妙にジャム状態。クラッカーに乗せても良かったかも。


「フェアリーケーキが食べたいなあ」


 赤い色を見ていたら、何となく、そう思った。





 フェアリーケーキは、カップケーキの事だ。イギリス方面で元々、そう呼ばれていた。カップケーキ、という言い方は、アメリカで売り出された時、ティーカップのような入れ物に入れて売っていた為、


「大きい普通のケーキとは違う、カップに入ったケーキ」


 と、呼ばれた為らしい。

 ちなみにイギリスでフェアリーケーキと呼ばれた理由は、


「大きい普通のケーキとは違う、妖精さん用の大きさのケーキ」


 の、意味合いがあったようだ。

 同じ物ではあるのだが、「カップ」と「フェアリー」では、印象が随分変わる。

 シェイクスピアは、「どんな名前で呼ぼうとも、バラの香りは甘く変わりはない」と、後世に残る有名なセリフを書いた。ジュリエットがロミオに言うセリフだ。しかしやはり、名前から来る印象と言うのは、人間の心理や感覚に色々と影響を与える。

 モンゴメリーの『赤毛のアン』には、シェイクスピアから引用したセリフや、パロディのセリフが多くあるのだが、彼女はジュリエットのセリフを主人公のアンに言わせた後に、こう付け加えさせている。


「でも、バラがアザミとか、スカンク・キャベツなんて名前だったら、今のまま、素敵な香りだとは思えないと思うの(I don't believe a rose WOULD be as nice if it was called a thistle or a skunk cabbage.)」


 物事の本質は変わらない、とするジュリエットのセリフも真理だが、名前や見かけも、そのものに大きく影響する、とするアンのセリフも真理である。たとえば、シクラメンの和名は「ブタノマンジュウ」と言うのだが、


『彼女の部屋には、シクラメンの鉢植えが窓辺にあった』


 という一文では、繊細な女性がイメージされるが、


『彼女の部屋には、ブタノマンジュウの鉢植えが窓辺にあった』


 では、いろいろなものがぶち壊しである(書いてみたい気もするが)。

 こうしたイメージ力を考えると、名前の持つ力、というのは確かにある。

 そうして名前から逆に、そのものに変化が起きる事もある。フェアリーケーキも、妖精フェアリーと呼ばれている内に、ケーキに変化が起きた。

 ケーキに飾りをつける事は、良く行われている。日常的にちょっとつまんだり、食べたりするたぐいの素朴なケーキには、それほどの飾りはつけないが、何か祝い事がある時には、クリームや花の砂糖漬け、果物などでデコレーションをし、見た目に楽しく、美しいケーキにする。

 小さなケーキにも、もちろん飾りはつけられた。

 それほど凝ったものではない。砂糖漬けの花や、マーブルチョコレートをいくつか、ちょこちょこと乗せる程度。それでも、そうやって飾ると、可愛らしい印象のケーキに早変わりする。

 だってこれは、妖精さんのケーキフェアリーケーキだもの。

 見た人は、何となくそう思う。決して豪華ではないが、ほのぼのとしている。手のひらにおさまる程度の優しさ。

 基本は良くあるカップケーキ。味もさほど変わらない。けれど、妖精さんのケーキフェアリーケーキ、と呼ぶたびに。可愛らしくて素敵なものがそこにある、との思いをおそらく、誰もが抱いた。そこから、「じゃあ、飾りをつけてあげよう」とか、「花のモチーフが素敵」とか、「蝶々の形とか、できないかな」などといった工夫が生まれた。

 名前からのイメージがただの「小さなケーキ」に、目に見えない魔法と、目に見える優しさを与えた。本質は変わらない。けれど、名前の持つ力も、本当のものだ。





「ゼラニウムで作るケーキのレシピが、どこかに……」


 捜したら、見つけた。ほんのりバラの香りがする、バターケーキ。


「これでカップケーキできないかな?」


 型さえあれば。

 オーブンさえあれば。


「壊れてるんだよね、うちのオーブン……」


 オーブンレンジなのだが、いきなり煙を出して壊れた。レンジの部分はまだ大丈夫なので使っているが。買い換えたい。ああもう。出費ばかりだ。


「型もないし。うーんんん……カスタードソースにバニラの代わりにゼラニウムの葉っぱ……これで行くか? いやでも」


 前に確か、パンケーキのたねをアルミホイルで包んで、オーブントースターで焼いた事があった。蒸しパンみたいに仕上がった。ああいう感じに出来ないかな。


「ココット皿に入れて、アルミホイルかぶせて、オーブントースターで。いやもう、蒸したら良いか。蒸しケーキみたいに。仕上げにあれだな。赤。ローズヒップで」


 考えながら、小麦粉を探す。卵はある。バターもある。

 ベーキングパウダーがない。


「まあ、あれだ。中世の料理に、ベーキングパウダーはなかったから。それでもケーキ焼いて食べてたから」


 卵が入っているから、多少は膨らむだろう。





 溶かしバターに砂糖を混ぜる。砂糖は控え目。卵を少しずつ混ぜて、小麦粉をさっくりと混ぜる。ゼラニウムの葉を刻んで混ぜ、カップにたねを入れてラップをして、蒸し器に入れる。

 粉状のローズヒップを耐熱の器に入れて、レモン汁、はちみつ、砂糖、水を加える。水はやや多め。レンジで加熱。ショウガジャムの応用。これで、赤いソースができる。


「プティングなんだか、蒸しパンなんだか。謎のケーキになってるなあ」


 出来上がったカップケーキもどきに、ローズヒップの赤いソースをハートの形になるように乗せ、摘んできたローズマリーの花を、ちょんと飾った。


「とりあえず、フェアリー」


 気分だけ。

 ミツティさんのメールマガジンで、輪切りにしたオレンジやグレープフルーツをシロップにつけて、オレンジの香りのシロップを作る方法が載っていた。シロップにローズゼラニウムの葉を漬け込んだら、バラの香りのシロップが出来ないかな?


「熱を加えた方が香りは出るけど……漬けとくだけだと、弱いかな」


 鍋で温めて作る方法だったら、シロップにハーブの香りがつけられるかも。今度やってみよう。

 冷蔵庫から、冷やされた紅茶を出す。グラスに氷を入れ、シロップとミルクを入れた。上からそっと紅茶を注ぐと、綺麗に二層に分かれる。

 フェアリーケーキにアイスミルクティー。

 マドラーをくるくる回すと、からから、と氷のぶつかる音。


「夕立が来てくれたら、涼しくなるんだけどね」


 こんなに暑いと、あと二月もすれば冬がやってくるなんて、信じられなくなりそうだ。でもきっと、九月の後半ぐらいから、夜が長くなる気配を感じるようになるのだろう。

 巡る季節。螺旋のように輪を描き、繰り返され、続いてゆく世界。

 その中で生きる人は、ちっぽけなものだ。ごく普通に、ごく当たり前に、世界の中であたふたとしながら、生きる事を続けてゆく。

 それで良い。

 それが良い。

 フォークですくうようにして、ケーキをつつく。ほんのりと、バラの香り。

 ちょっとの幸せ。

 ちょっとの喜び。

 それがあれば、日々の暮らしも悪くはない。

 ゆったりした音楽が聞きたくなって、古い歌のCDをかけた。祖父が好きだったパティ・ペイジ。テネシーワルツのメロディが流れる。そしてドリス・デイのケ・セラ・セラ。

 グラスの中で、からん、と氷が小さな音を立てた。



※ 参考文献

『赤毛のアンに隠されたシェイクスピア』著:松本侑子

 モンゴメリーは、シェイクスピアを暗唱するほど好んでいたとのこと。アンのセリフには、シェイクスピアのセリフの引用やパロディが満載されているそうです。作品が書かれた当時、学校ではシェイクスピアなどの古典文学を暗唱する教育が行われていたそうで、当時の人々にとってアンのセリフは、学校で習った事のパロディに思えたでしょう。

 集英社版の第一章が、WEB上で公開されています。



※ ミクルマス

旧暦(ユリウス暦)十月十日に行われていた天使ミカエルの祭り。中世では、手袋、ガチョウ、ショウガの「三つのG」がシンボルとされました。

 手袋(gloves……グラブ)

 ガチョウ(goose……グース)

 ショウガ(ginger……ジンジャー)

 いずれもGで始まるものです。ミクルマスでは、広場に巨大な手袋が飾られ、ショウガのパンやジンジャーエールが出され、玉ねぎとセージを詰めたガチョウ料理が食されました。この日にガチョウ料理とショウガを食べると、悪い運から逃れ、病にかからないと言われていました。

現在は、九月二十九日に行われています。


※ ゼラニウム

 園芸品種のゼラニウムと違い、ハーブ扱いのセンテッドゼラニウム。匂いゼラニウムとか、香りゼラニウムと訳されます。正式名は、ペラルゴニウム。

 薔薇に似た香りのものや、レモンに似た香りのもの、シナモンやナッツの香りのものなど、様々なものがあります。香りが虫よけになるので、窓辺に飾られる事が多い。ローズゼラニウムは、ケーキやカスタードソースに、バニラの代わりに入れたりします。収斂作用があるので、化粧水や、入浴用のハーブとしても使われます。



※ フェアリーケーキ

 現代では、マジパンで作った色とりどりの花で飾られた「フェアリーケーキ専門店」が、イギリスだけでなく、日本にもあったりします。


※ シクラメンの和名

 本当に、「ブタノマンジュウ」です。野生のシクラメンは、球根の部分が猪や豚に好まれるため、「イノシシのパン」と呼ばれました。それをそのまま、和訳したらしい。

 なお、これではあんまりだ、と誰かが思ったらしく、シクラメンには後年、「カガリビバナ」(篝火花)という和名もつけられました。花びらが全て上を向いて咲くので、火が燃えているようだ、という理由かららしい。考えてくれた人に、感謝したい。



☆★オレンジ色のシュガーシロップ作り方★☆


 オレンジか、グレープフルーツを輪切りにして、二、三切れほどを皮をむき、シュガーシロップ、もしくはグラニュー糖に漬け込む。


30分ぐらいで出来上がります。


『ミツティ メルマガより』


※ このシロップは、ミルクを使わないお茶に入れて下さい。



☆★アイスミルクティーの作り方★☆


材料 

アイスティーグラスに一杯。約150cc分

茶葉(CTCなど) 小さじ1と1/2 

牛乳 30cc

お好みで、シュガーシロップ(作り方下記参照)20cc


作り方

1)汲みたての水道水で、お湯を沸かす。

2)茶葉CTC(小さじ1と1/2)をティーポットに入れておく。

3)熱湯を150cc入れて、3分蒸らす。

4)グラスに牛乳と、お好みでシュガーシロップを入れてまぜておく。

5)グラスに氷をくちいっぱいまで入れ、茶葉を濾しながら、氷に当て紅茶を入れる。

6)シュガーシロップを入れておけば、きれいな2層に分かれる。


※ 甘みをつけるとその重さで、2層に分かれます。牛乳に甘みをつけたほうが、カンタンです。


シュガーシロップ。

  グラニュー糖:お水 = 1:1

  の比率で手鍋にいれ、火にかけて溶かすだけ。3分でできます。


『ミツティ ブログ 紅茶レシピより』


※ ミルクティーには、柑橘類を漬け込んでいない、透明なシロップを使って下さい。ミルクに柑橘類では、脂肪分が固まってしまいます。


※ バラの香りのケーキが作りたい方は、普通のパウンドケーキにゼラニウムの葉を3、4枚ほど、表面に乗せて焼いて下さい。一日置くと、香りが馴染みます。

※ 蒸す場合は、パンケーキのレシピにゼラニウムの葉を1,2枚、刻んで混ぜます。舌触りはあまり良くないので、細かく刻んだ方が良いかも。



書いた時には、かなり暑い日々でしたが。台風が来て、少し涼しくなってきた……と思ったら、水害がすごい事に。被害の大きな地域の方、無事でありますように。

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