竜を娶れば
「はははは!ロアン!『竜の愛し子』などと呼ばれ、いい気になっていた様だが、蓋を開けてみれば、選ばれもしないではないか!」
「平民の貴様が竜騎士になるなど、不相応な夢を持つ事自体が烏滸がましかったのだ。」
いつもなら、軽く受け流せる侮蔑の嘲りだが・・今日ばかりは無理だった。
言葉の一つ一つが、心の奥深くを無残に抉り、体まで凍てついてしまいそうだ。
竜を『娶る』事が出来なかった。
それはロアンが懸命に目指した竜騎士になる道を閉ざされた、と言う事に他ならなかった。
竜騎士見習いは、騎士としての厳しい鍛錬をこなす事は勿論の事、竜の世話などの長い下積みを経ながら、ふるいにかけられる。
そうして残った一握りの者が『竜の里』にて、相性の良い龍から選ばれる事で、初めて竜騎士となる事が出来るのだ。
その儀は『竜の娶り』と呼ばれ、遠い昔我が国の皇女が竜に嫁いだ伝承が起原とされている。
竜の中には、悋気激しく、選んだ騎士に他の女の香りが移るのを大層嫌う個体が希にいる。
当代の騎士団長の竜がそれだ。
団長はそんな己が竜の事を『我が妻』と呼び独身を貫いているが、雄々しい騎士だからこそ、溜まる物は溜まる。
竜相手に熱をぶつける訳にもいかず、娼館明けの日には、『妻』の機嫌を取るのに毎度苦労をしているとか。
そんな竜騎士の見習い組。
平民出身のロアンは、小柄で童顔、素直で純朴な性格で、先輩方に大変に可愛がられていた。
ちょこまかと懸命に働く姿は、まるで子犬。
ちぎれんばかりに振られる尻尾とケモ耳の幻影が見えると、むさ苦しい団員達の密かな癒しの対象になっていた。
作業中のロアンを呼び止めては、労を労う労う口実に、餌付けとばかりに飴や甘味を与えは、頭を撫でていく。
「仕事してるだけなんだけどなぁ。」
頂く頻度が多く恐縮だが、甘味には罪は無い。
常に懐の寂しいロアンは、いつもありがたく頂いているのだった。
そんなロアンをやっかみ、貴族の子息達からは、いつも嫌がらせで汚れ仕事を押し付けられていたが、
「御貴族様はこんな仕事やらないか。まぁそうかもな。」
呑気な事に、本来やる必要もない仕事を理不尽とも思わず、黙々とこなしながら懸命にその日を目指していた。
「・・まさかロアンが娶れないとは。」
誰よりも竜と心通わせ、まるで手足の様に乗りこなす事が出来るロアン。
その腕前は、歴戦の竜騎士さえも『竜の愛し子』と言わしめる程だった。
青天の霹靂。
このまさかの事態に同行した竜騎士達も、かける言葉が見つからない。
誰しもが、ロアンはさぞかし優秀な竜に選ばれると思っていたからだ。
異例ずくめ『娶り』の儀だった。
いざロアンの見合いが回って来ると、竜達が何故か騒ぎ出し、里の者でさえ聞いた事の無い鳴き声を発し始めたのだ。
「ギギキュイ。ギーギー。」
「ガァガアガガ。ギギィ。」
終いには竜達が後ずさりを始め、飛び去ってしまう竜も現れる始末。
これには里の者も驚きを隠せない。
まさか竜に逃げられるとは・・あれほど竜と相性が良く懐かれていたのに・・里の竜は、ロアンに一体何を見たのだろうか?
他の見習いが次々と竜を娶る中、娶れなかったのはロアンただ一人だった。




