第8話 あたたかい食事
フィーネによるお部屋ツアーは一時間ほど続いた。
(疲れもありますからお休みくださいってリンに言われたけど、寝すぎちゃった)
フィーネは一時間ほど休むつもりがなんと三時間も寝ていたという。
「ディナー用にお着換えしますか?」
「しょ、食事のたびにお着換えするものなの?!」
「大奥様様はドレスがお好きなのでよく着替えていらっしゃいますよ。それに今日のディナー用にって大奥様様からフィーネ様用のドレスを受け取っております」
「え?!」
フィーネはあまりにも今までの生活と次元が違うことが起こり、軽く混乱状態だった。
でも目の前にあるこの綺麗なドレスがフィーネを誘惑する。
(着たい……着てみたい……)
結局、お言葉に甘えてドレスを着てディナーへと向かう。
「本日は大奥様もいらっしゃるとのことでした」
「大奥様が?!」
オズと二人だと思っていたフィーネはリンの言葉で一気に緊張する。
そう思うとこの着替えたドレスもなんだか重たく感じるような気がした。
ひと際大きな部屋に着くと、リンはお辞儀をしてフィーネに入室を促しながら言う。
「大奥様、オズ様、フィーネ様をお連れしました」
「よろしくお願いいたし……」
「ます」という言葉より先にとんでもなく大きな衝撃が身体を襲った。
数秒の後に自分が誰か自分よりも背が高い女性に抱き着かれたのだと気づく。
(え?! なになに?! だれ??! え、顔にむ、胸があたって……)
「母上、フィーネが驚いております」
オズの言葉によってフィーネは解放される。
彼女を抱きしめていた女性はフィーネの両頬を優しく手のひらで包み、紅の濃い唇を上げた。
「ようこそ、フィーネちゃん。私はエルゼ。オズのママよ!」
「その言い方はよしてください」
「だってええ~ママはママだもの~! いいじゃない~!!」
「はあ……」
「まあっ! やっぱり似合うわ~そのドレス~!!!」
「大奥様からとのことで伺っております。ありがとうございます」
「いいのよ~! 可愛い子には可愛いドレスを着せなきゃ! ね、オズ?」
フィーネはオズのほうに視線を向けると、何とも言えない困った表情を浮かべながら頭を抱えている。
「さあ、一緒に美味しいお食事をしましょう!」
「は、はい」
少しこわばって返事をしてしまったが、そんなフィーネを優しく席へと誘導する。
全員が席に着くと、前菜のサラダにカルパッチョ、スープと順番に並べられる。
(す、すごい……こんな食事はじめて……)
「さあ、たくさん食べてちょうだい!」
エルゼはフィーネにそう言うと、上品に前菜に手を付ける。
でもフィーネはそれよりも困った事態に直面していた。
(食べ方とマナーがわからない……)
フィーネはどうしていいかわからずにしばらく手が止まってしまった。
その様子に気づいたオズは、フィーネに優しく声をかける。
「好きなように食べてごらん」
「え?」
「マナーなんて気にしないでまずはたくさん食べて?」
すると、エルゼもそっとナイフとフォークを置いてフィーネに語り掛けた。
「フィーネ」
「は、はいっ!」
「実はね、私もこのお屋敷にくるまでお食事のマナーもお辞儀のマナーも知らなかったの」
昔を思い出すようにエルゼは言葉を続ける。
「でも、ここのご当主、つまりこの子の父親がそんな私に優しくしてくれてね。マナーはいつか覚えればいいから好きに食べてごらんって。それですごく安心したの」
「そんなことが……」
「だから、フィーネちゃんもまずは美味しく食べることを知ってごらんなさい。この屋敷でマナーができないからと笑うものは誰もいないわ」
フィーネはその言葉に唇を震わせてこくりと頷いた。
そっとフォークをもってサラダの野菜を突き刺して、ゆっくりと口に入れる。
「美味しい……」
野菜がこんなに美味しいことも、ドレッシングのうま味もフィーネには新鮮だった。
お腹が空いていたこともあり、もぐもぐと涙を流しながら食べる。
そんな様子を見て、オズとエルゼは顔を見合わせて微笑んだ──
そして、食後のデザートが来た頃には部屋にはフィーネ、オズ、エルゼ、リンの四人になっていた。
ガチャリと扉の鍵が閉まる音がして、驚いてフィーネは閉めたリンの顔を見る。
「フィーネ、大丈夫。少し四人だけで話をしたいんだ」
「は、はい」
その瞬間突然空気が変わったことをフィーネは感じ取った。
(この感じ……馬車で感じた気配と同じ……)
そう思いながらふと気配のしたほうを見ると、そこには長い牙と赤い目をしたエルゼの姿があった──
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