第10話 さあ、公爵夫人教育の開始よ!
フィーネは目が覚めると、視線の先に昨夜ディナーを共にした方の顔がぬんと現れた。
「うわっ!」
「しっっっつれいね!!! そんなお化けみたような声出さなくてもいいじゃない!」
ぷんすかといった様子で拗ねる様子は、昨夜もみたエルゼの仕草そのものだった。
昨日よりもドレスが普段着寄りになっており、そしてメイクも心なしか落ち着いている。
いや、そんなことより、と言った様子でフィーネはエルゼに声をかけた。
「何か粗相でもございましたでしょうか?」
「なんで?」
「なんでと申されましても、その、私の部屋に朝早くからいらっしゃるということはよっぽどのことかと」
「何言ってるの、もうお昼よ?」
「え……?」
時計を見ると、そこには13時すぎの針が見える。
慌ててフィーネは飛び起きると、夜着のままベッドの上で正座してエルゼに謝罪をする。
「申し訳ございません、大奥様! 私のようなものが寝坊をしてしまい……」
ベッドに頭をめり込ませながら謝罪をするフィーネの顔を優しくあげて、口元に人差し指をあてる。
「ダメよ、『私のような』なんて言葉を使っちゃ。レディはもっと胸張って堂々として、そして強く生きなさい」
フィーネにはその言葉がなにより心に沁みた。
今まで虐げられるだけの日々だった自分の人生に大きな光が差したような、そんな気がした。
「さ、これからは一つフィーネちゃんにやってほしいことがあるの」
「なんでしょうか?」
「公爵夫人教育」
「え?」
フィーネ自身すっかり忘れていたのだ。
自分を買った主人、そして夫となる人物が公爵だということを──
「でも私マナーがまだ慣れなくて……」
「大丈夫よ! 私とリンで教えるから!」
エルザはそう言ってえっへんという感じに嬉しそうに、そして誇らしく胸を叩く。
リンに目を移すと、彼女はおしとやかにお辞儀をして無言の返事をする。
「でもお二人ともお忙しいのでは……」
「大丈夫よ! 私は暇だもの!」
「わたくしはフィーネ様専属メイドでございますので」
二人の心強い返事を聞いて、フィーネはふと馬車での彼の言葉を思い出した。
『君は公爵夫人として苦労をするかもしれない』
『はい、覚悟しております』
『でも君には僕を含めて味方がたくさんいる』
『味方?』
『いずれわかるよ』
馬車でのオズの言葉の意味がようやくわかったフィーネは、エルゼとリンの顔を見て思う。
(味方……私には、今の私には味方がいる。とても嬉しいこと。光栄なこと。ならば……)
フィーネは二人を交互に見ながら部屋中に響き渡る声で言う。
「やらせてください! ご指導お願いいたします!!」
その言葉にエルゼとリンは顔を見合わせて微笑み、エルゼはフィーネの肩を上げてその翡翠色の目をしっかり見つめて言った。
「一か月後にこの屋敷であなたのお披露目パーティーが開かれるわ。それまでにマナーをきちんと理解して身につけること。いいわね?」
「はいっ!」
その威勢のいい返事にエルゼは嬉しそうに微笑みながら、手を叩きながら告げる。
「私の指導は厳しいわよ~! 覚悟しなさい!!」
「よ、よろしくお願いいたします!」
こうして公爵夫人教育の日々が幕を開けた──
◇◆◇
エルツェ公爵邸の静かな夜でのこと。
オズの執務室では、彼の側近であるロルフが眼鏡をくいっとあげて、王宮での本日の様子を伝えていた。
「やはり、王太子様もうちの……特に東側辺境部の領地改革の進捗について気になっておいででした」
「やはりそこか。これ以上は引き延ばせないな。数日後に提案書を持って向かうと伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
ロルフは一礼した後、部屋をあとにした。
オズはため息を一つ吐きながら灯りを見つめて呟く。
「どうしたものか……」
頬杖をついて一息したあと、再び彼は仕事にとりかかった──
【一言コーナー】
ロルフが登場です~!
眼鏡キャラです。何気に自分の作品で眼鏡のキャラクターを出したことがなかったかもしれません。




