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五十二 迷信

   五十二  (super)(stition)


「鍛冶さん。ちょっと古い話から始めるけど、いいか」

「お願いします」

「わたしはひのえうま年生まれで、同じ学年の人口が著しく少ない。知ってるか」

「『八百屋お(しち)』の言い伝えですよね。ほれた男に会いたいがために放火の罪で火あぶりにされたっていう」

「そう。『お七』が生まれて四百年も経ってるっていうのに、『お七』と同じ運命をたどらせないためにって理由でひのえうま年の出産は忌避された。同じ学年のライバルが少ないから、進学も就職も有利だと言われてた。実際その通りだったと思う。わたしは、事件があった森口市の隣の園田市で生まれた。高校までそこで過ごした。県立園田高校を卒業した。このことは?」

「園田高校は知ってます。普通科のみの高校だったと思います。管理官がそちらのご出身だということもなにかの資料で拝見した記憶があります」

「父親は紳士服の仕立て屋稼業をしてたんだが、わたしが高校に通ってるころにはもうスーツはつるしの既製品ばかりになってて、仕立て屋は風前のともしびだった。わたしは大学進学を希望してた。親からは、私立大学には行かせられない、浪人もさせられないときつく言われた。当時は高速道路も通ってなくて、園田市からじゃどこの大学にも予備校にも自宅からは通えない。下宿しなきゃならないから金がかかるんだ。鍛冶さん、あんたは国立大学卒業だろ。わたしの置かれていた状況は想像できるね」

「分かります。ぼくも似たような境遇でした」

「今みたいに奨学金制度も整備されてなかったからな。それで、学費の安い国立大学に行けなかったら就職するしかない。だけど、普通科高校に企業から求人なんて来ない。だから、うちみたいな家庭の子弟はこぞって公務員試験を受けてたんだ。そのころは共通一次試験で、国立大学は一校しか受験できない。大学進学の滑り止めは役所への就職だ。わたしは柔道部員だったこともあって、県警の採用試験を受けた。合格した。ひのえうま年生まれだったのも追い風だったんだろう」

「大学は駄目だったんですか」

「受かった。だが、願書を提出して二次試験の直前になって、父親から頭を下げてわびられた。国立でも大学には行かせられない、あきらめてくれってな」

「そうだったんですか」

「だから、大学は記念受験のようなもんだった。合格してもどうせ通えないんだから、落ちてサクラ散らせて潔く警察官になろうと気楽だった。思いも寄らず受かってしまったから、辞退しなきゃならないのがやるせなかった。進学先の決まった同級生が気を使ってくれるのがよけいにつらかった。この年になっても大学出にはコンプレックスがあるよ」

「そんな。県警で幹部になられて。警視にまで昇進なさって」

「十八歳で巡査拝命して、警察学校がっこうを出てしばらく県央の交番で勤務した。警察官の仕事にもそれなりに誇りを持つようになった。なりたくてもなれない人がたくさんいたからね。そこに、降って湧いたようにバブル景気が押し寄せた。民間企業が人買いに走って、警察官採用試験の受験者が激減したんだ。実質競争率は二倍を切るようになった。警察は、なんとか見かけの競争率だけでも上げなきゃならん。警察官になるのは難関だと世間に思ってもらわないと、警察活動が成立しないんだ。どんなぼんくらでもいいから知人を受験させろって、上司から厳命を受けた」

「管理官は県警の人買いに協力したんですか」

「した。ただ、ぼんくらを受けさせるのにはちゅうちょした。少しでも優秀な人材に受けてもらいたかった。高校の柔道部で一緒だった同級生が名古屋の大学に通ってたんだ。そいつに声を掛けてみた。携帯電話なんてない時代だぞ。そいつの下宿先には個人の固定電話も引かれてない。園田市のそいつの実家に電話して、わたしが当時住んでた待機寮に連絡をもらえるよう頼んだ」

「連絡は取れたんですか」

「何度か行き違いになった末に取れた。交番(ハコ)長に報告したんだ、めぼしいのが一人いるって。優秀なやつかって聴かれた。ありのままを答えた。非番の日に会ってこい、必ず受験させろって命じられた。交通費は出せないから、警察手帳を持参して電車は警乗(けいじょう)しろって言われた」

「警乗で名古屋まで行ったんですね」

「うん。私服で警察手帳を見せた時の駅の改札係の驚いた表情が今でも忘れられない。警察業務を遂行するために許される警乗だから、席には座れない。だけど、それまでにないほど警察官としての誇りを感じた。交番で道案内したり、事件現場の規制線の前で立ち番したり、巡回連絡で管内の家庭訪問をしたりするよりずっとだ。正直な言い方をすれば、優越感に浸った。ドラマで活躍する敏腕刑事にでもなったような気分だった」

「それまで私服勤務はなかったんですか」

「なかった。初めて私服で手帳を携帯して、初めて民間人に提示した。それでそいつの下宿を初めて訪ねていったんだ。インターネットなんてない時代だ。部屋には無料で送られてくる当時の電話帳みたいに分厚い就職情報誌が積まれて天井まで届いてた。捨てても捨ててもたまる一方だってそいつは言ってた。そして、警察はそんなに人手不足なのかってそいつが見せてくれた情報誌のページに、わたしはショックを受けた。民間企業の募集に混じって、神奈川県警のページがあったんだ」

「官庁の特集とかだったんでしょうか」

「あまりのショックでよく覚えていないんだが、前のページも後ろのページも民間企業だったはずだ」

「ほかの県警は載せてなかったんですか」

「確認できたのは神奈川だけだ。就職活動を行う大学生が捨てても捨てても送られてくる安っぽい情報誌に、神奈川は学生にこびを売るような記事と写真を載せてた」

「ぼくの世代ではもうインターネットですが、官庁も民間同様の募集をやってました。警察本部がどうだったか記憶にありません」

「田舎より都会の警察本部の方が採用されやすいのは知ってるか」

「都会は大手の民間企業が多いから、公務員人気が低いのだと認識してます。都会の警察本部と田舎の警察本部が合同で採用試験をやって、地元県警に落ちた受験生が都会で採用されるケースがよくあるとも聴いてます」

「首都を守る警視庁だけは、よそにない装備や組織があるからまだ人気を保ってる。どこの警察本部にも受からない落ちこぼれが、埼玉、千葉、神奈川、大阪で合格する。今も昔もその構図は変わらない」

「バブル期には、神奈川県警はそこまで学生にこびを売らなければ受験生が集まらなかったってことですか」

「全国の警察本部が大学生向けの就職情報誌に広告を出していることを、わたしが知らなかっただけかもしれない。でも、その同級生も不審がっていたから、神奈川の広告は異常だったんだと思う。わたしは、警察官であることが急に恥ずかしくなった。帰りの電車は警乗しなかった。自前で切符を買って席に座った」


(「五十三 士気」に続く)

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