ハンマーインサイド
「全く……。学校で煙玉は止めて欲しい物だよ」
魔法を使う最強の1年生、猫屋敷蓮一郎からなんとか逃げ出してとある空き教室へと隠れた僕達。
最初にそう口を開いたのは、生徒会長の西城姫花さんだった。
「すいませんね、あの状態で一番効果的な物を選択したつもりですが」
「まぁ、逃げると言う意味ではあれ程効果的な武器ですからね。丁度良いでしょう」
と、僕の判断は間違ってはいなかった、とそう肯定してくれる西城生徒会長。
とは言っても、煙玉を使った事はまだ怒っているみたいだが。
「あの時、私が目線で指示を出したのは、あくまでも撤退ですからね。撤退出来たから良しとしましょうか」
と、そう言いながら彼女はあの時作っていたような笑顔を作り、そしてあの時と同じ合図を作り出す。
そう、先ほどと同じく、猫屋敷の方には見えないように作られた、雷の『撤退』と言う合図の文字を。
「……本当に普通に尊敬しますよ」
あの状況で。
高らかに宣言した後、こちらを元気付けるフリをして、こちらに自身の雷の異能で、指示を出していたのだ。
それも見ず知らずの一生徒であるこの僕に対して。
「僕が、撤退させるほどの力を持っていなかったらどうする気だったんですか。生徒会長」
「日向野健、と言う名前から、植物を武器に変える能力者が入っていた事を思い出して指示を出しました。生徒会長として、全生徒の能力と名前は一致しないといけないですから。
そちらの2人も名前と能力は知っています。炎を操る属性系無象属の加賀見アキさんと、虎の肉体系変質属白山楓さんでしょ?」
その言葉に、コクリと小さく頷いて肯定する2人。
全校生徒の能力と名前を憶えてるって……。
「だったら、猫屋敷連一郎の能力も覚えといて欲しかったわ……。そうすれば、あの魔女に倒されて、左凛さんが私達に迷惑をかける事もなかったのに!」
「それについては申し訳ありませんでした」
と、加賀見さんの言葉に対して、素直に頭を下げる生徒会長。
「名前と能力は一致させていたんですが、まだ能力の強さ、それに顔までは全生徒を憶えていませんでした。
あんなに強い生徒ならば、顔も憶えていても可笑しくなかったのに! 全て私の責任です!」
「い、いや、そこまで言われても……」
傍から見たら、自分が生徒会長をイジめている図にしか見えない状況に、オロオロと怯える加賀見さん。
その様子を見て、クスリと小さく笑う僕と楓。
「な、何よ! あなた達、人を笑うってどうなのよ!」
「いや、別に……なっ、楓」
「う、ん。可笑し、くない」
「可笑しいわよ! 後、言わないであげようと思ったけど、あんたの喋り方はどこか変なのよ、楓!」
「ムー……!」
そしてお互いに異能力を発動させて睨み合う加賀見さんと楓。
「……それで? 生徒会長は僕達を助けるために現れたんですか?」
「そうです」
と、西城生徒会長はそう言う。
「左さんから、私の敵を討つために文芸部に頼みに向かったと言う話を聞き、あなた達に迷惑をかけるのは筋違いだと思いました。だからこうしてあなた達に加勢しに来たのです」
えっ……? 今、彼女はなんて言った?
加勢、だと?
「つまりは……僕達にも猫屋敷さんと戦うのに協力して欲しい、そう言う事でよろしいでしょうか?」
「ちょっ……! 冗談じゃないわ!」
「戦いたく、ない……」
いや、あんまり戦いは遠慮したいのだが……。
「彼女の魔法の1つ、『蛇女の瞳』。その魔法を使った際に視線が合っていた人物と目が合っている限り、動けなくなってしまう魔法。この魔法をどうにかするためには1人では無理なのです! だから、左の言い分も悪かったですが、手伝っていただけると嬉しいです!」
「お願いします!」とそう言って、頭を下げる西城生徒会長。
(確かにその『蛇女の眼』があるのならば、人数は1人よりも多く居た方が良いけれども……)
あの時、動けなかったのは『蛇女の眼』と言う魔法のせい、か。
魔法を使った際に視線が合った人物が対象となるのならば眼を瞑ったりしていれば十分だし、視界に入り辛いように立ち位置を変えれば済む話である。
そう言う意味で言えば、僕達と一緒に戦いたいと言う彼女の願いはごく自然であるが……。
(あの化け物に再び挑みたいかと言われるとな……)
正直に言うと、否定である。
あんな魔法を使うなどと言う化け物に対して、また戦いたいと思いたいかと思われれば別である。
少なくとも僕は戦いたくはない。
「「コクコク……!」」
どうやら加賀見さんと楓の2人も戦いたくはないらしい。
まぁ、あんな死の恐怖は出来るのならばもう二度とやりたくはない。
別に僕達は恐怖を感じたい訳ではないし、Mと言う訳でもないのだから。
「私は勝利しないと……。生徒会長として勝利しないといけないんです」
と、西城生徒会長がそう言って震えていた。
「(生徒会長ってこんなにも勝利に貪欲でないとならないのだろうか? どう思う、加賀見さん?)」
「(いや、普通は違うと思うけどね……。ちょっと分からないね)」
「(まぁ、そう言う回答になるよな)」
「(わ、分かっているのなら聞かないでよ!)」
まぁ、敗北して嬉しがるような奴も居ないから、生徒会長の考え方は別に可笑しいと言う訳ではない。
敗北して喜ぶような奴なんて、どこぞの螺子を使う3年生くらいだと思うけれども。
勝利を求めるのは、人として可笑しい事ではない。
けれどもそうだとは言っても、生徒会長のはどこか執念染みた物を感じるんですよね。
……ちょっとは気になるんだよな、その事について。
「……生徒会長は」
「うん……?」
"どうしてそこまで勝利に拘るんですか?"
僕がそう聞くと、西城生徒会長はピクリと肩を揺らす。
「ちょっとした……昔の事よ。
そ・れ・に! 生徒会長としてあそこまでの才能と異能を持つ人を生徒会にスカウトしなくてはならないしね!
勿論、あなた達3人もそれなりに気にしているのよ。特に……」
西城生徒会長はそう言って、加賀見さんの方をジッと見つめる。
「……加賀見アキさん。あなたには、ね」
と、そう言ってアキさんを見つめていた。
(加賀見アキさん、か……)
そう言えば月見里部長は、僕と加賀見さんの2人を部員としてスカウトしたんですが、それは加賀見さんの事もそれなりに実力があると思っているのだろう。
加賀見さんは火炎を操る属性系無象属なのだが、それが生徒会長の眼を引くくらい凄いのだろうか。
「…………」
一方、西城生徒会長に見初められた加賀見さんの方はと言うと、なんだかちょっと複雑そうな顔で生徒会長を見ていた。
「……私で良いんですか? 私よりも"あの子"の方が……」
……? あの、子?
「うん! 私はあなたの事を知りたいな♪ 月見里からもあなたの事は聞いているし、それに"あの子"の事も、ね」
「……分かりました、考えておきます」
「えぇ、日向野君も白山さんも考えて置いてくださいね」
「あ、あぁ……」「えぇ……」
どちらかと言うと、生徒会長の勝利に固執する訳や加賀見さんの言うあの子の事とか、僕達が気になる事は沢山あった。
でもそれ以上に……
「ひがのけん、かがみあき、しらやまかえで、そしてさいじょうひめか。どこに逃げましたか?」
後ろから大きな声ではないが、それでもしっかりと聞こえてくる後ろから来る追跡者、猫屋敷さんの事が重要だった。
僕達はとにかく息を潜める事に専念していた。