塁球部員の体育祭
あのあと、ようやく出してもらえたのが夕食の時間になってからだった。
これからは発言に注意するという誓いまで立てさせられたが、年にお盆と正月にしか会わないため、あまり意味のない誓いだとは思う。
「お食事の時間よ」
食事も、一つのちゃぶ台に座り、みんなが座ったうえ、家長が料理に手を付けてからでないと食べてはいけないという決まりがある。
私の席は当然一番下座に決められていた。
私の扱いがひどいのは、慣れてはいることだが、やっぱり気分のいいものではなかった。
食事を終えると、もうすっかり辺りは暗くなっていた。
お盆帰りとはいえ、あまりここにはいたくないため、日帰りで毎年帰っている。
「ごちそうさまでした。もう帰りますね」
「あらあら……もう帰るのかい」
訳:いつまでいるんだよ。さっさと帰れよ
「もう暗くなってきましたし。あまり長居するのはもうしわけないですから」
駅に行く道には街灯が少なく、割と道自体も狭い。
それに、駅の手前には恐ろしいほど急な坂まであるのだ。
「そうかい。…気をつけて帰るんだよ」
「はい。失礼します」
こうして、私の嫌な里帰りは終わりを告げた。
電車に揺られているうちに眠たくなって、電車で眠りについてしまった。
…………このときの私はまだ、まだ幸せだったのかもしれない。
「あのこと」が、起こる前までは……。
夏休みは刻々と続き、やがてすぐ終わりを迎えた。
宿題は最終日に大慌てでやったとか、そんなのはかわいらしい思い出の一つだろう。
それよりも2学期が始まったことに意味がある。
2学期はイベントごとが多い…。
うちの学校では、文化祭、体育祭、マラソン大会などがある。
体育祭なんかに関しては、9月の終わりごろにある、大変早い行事だ。
私は体育が苦手なのである。
そのため、体育祭とマラソン大会なんかは、やりたくない行事の筆頭だ。
「体育祭なんて、女子が頑張る必要はない。体育祭で頑張るのは、『モテたい男子』だけでいい」
という持論を語るのは、尾鷲先輩だ。
「例えば、『イケメン』な男子が、スポーツができると、その男子の株はさらに上がる。でも、そのイケメンが運動音痴だったら、逆にその株は大暴落する」
なるほど…確かにそれは言えるかもしれない。
大体女子が黄色い声を浴びせているのは、スポーツができるイケメンばかりだ。
「逆に今までモテなかった男子が、『スポーツ万能』だったら、彼の株も大暴騰する。運動音痴だったイケメンと交代するかのように」
「先輩…なんでこんなこと詳しいんですか」
「秋広の話を聞いてれば大体は予想できる。あとは、女子トークの内容の変化」
きっと、体育祭の前後で、大暴落した株と、大暴騰した株があったのだろう。
男子はできる限り自分の株を落とさないように、体育祭で必死になるのか。
「その点女子はその点はあまりこだわらなくてもいい。ただ……リレーでこけるとか、ドジさえしなければ」
「どんくさい人間だって思われたら嫌ですもんね」
ま、私のことを見てくれている異性なんているわけがないからあまり関係ないといえばないのだが。
「ライト!行ったよ!!」
「オーライオーライ!」
いつものように、ただのおしゃべりが時間の大半を占めるパソコン部とは対照的に、青春の汗を流す部があった。
そのうちの一つが、「女子ソフトボール部」。
あまりいい実績はないものの、今年こそ、県大会の優勝を目指す、と各自の練習をこなしていた。
「岡崎が入ってくれたおかげで、今年の投手陣はなんとか安泰だな」
岡崎夕貴の義妹、岡崎沙夜。
彼女は女子ソフトボール部のエースだ。
というのも、今年に入部したメンバー全員が素人……なおかつ3年生が引退しているという結果、1年生の彼女がエースにならざるを得ない状態だ。
しかも、彼女の運動能力はかなりすごいらしい。
結果、彼女はエースという座を手に入れていた。
「こっちのリード通りに投げてくれるから、こっちも指示を出しやすいわ」
キャッチャーは、2年生の先輩であり、先輩が引退してから正捕手となった。
中には自分の思った通り投げたいと考える投手もいるなか、彼女がそのような欲求を出したことは一度もない。
自分の意志がないようにも感じられるが、どちらにしても、捕手という役目の人間からすると、守りやすい投手だろう。
このソフトボール部でも、体育祭の話は盛り上がっていた。
運動部に所属している生徒は、各クラスでもかなり頼りにされがちである。
男子では「野球部」「サッカー部」「陸上部」。
女子では「ソフトボール部」「テニス部」「陸上部」。
以上の部がかなり期待をされていた。
通常、一人1、2種目出るのが平均であるなか、彼女たちは3、4種目出させられていることなんてザラだ。
「私、障害物とリレーと、綱引きまで出るんだよ」
「私も~。みんな全然出てくれないもんねー」
ただ、みんな自慢したいだけであり、愚痴をこぼしたいだけだ。
そんなこと、みんなわかりきっていてそれでも、自分の自慢・愚痴をこぼしたいだけなのだ。
沙夜は半ばあきれながらその話を聞いていた。
ちなみに彼女は「リレー」「綱引き」「大縄跳び」「2人3脚」と4種目出ることになっている。
運動が苦手という子がクラスに多かったからだ。
もしかしたらそのなかに、さぼりたかっただけの人もいたのかもしれない。
しかし彼女は、嫌な顔一つせずにこの競技の参加を許した。
「………………」
彼女は、学校では非常に無口だ。
彼女が必要以上に喋らないからであり、そのせいか、クラスのみんなから近寄りがたい人として認定されている。
当然、ソフトボール部メンバーからも同じような目で見られていて、あまり彼女との交流はない。
しかし、彼女は何もそれに不安を抱いてもいないし、変には思っていなかった。
「あ、お姉ちゃん。今日は一緒に帰れる?」
「あ、沙夜。大丈夫だよ。一緒に帰ろう」
お姉ちゃんという、彼女にとって大きな存在がいるからだ。
お姉ちゃんといっても、義姉であり、もともとは無関係な存在だった人だ。
でも、沙夜にとって相当大きな存在なのだ。
「お姉ちゃん……。いつもありがとう」
「はは。そんないつもかしこまらなくていいって」
「ううん。私にとってお姉ちゃんは何より大切な人だもん」
「………そう」
夕貴の顔が少し曇った。
沙夜は忘れようとしているのだろう。
自分の実父の存在を……実母の存在を……。
「沙夜がそう思ってくれてるなら、それでいいんだけどね」
「うん」
誰にも見せない、沙夜の甘えた様子が垣間見れる。
それが、夕貴のそばにいるときだった―――――
「あれ?これって…………」
ところ変わり、ここは稲辺実家。
ポストに一通の手紙が入っていた。
この村以外との交信があまりないため、普段みんなは口頭かそれとも回覧板でやり取りをするのが普通だ。
そのため、手紙というものが珍しい。
「………………なに……」
その手紙に書かれていた内容を見て、家長のおじいさんが驚く。
それもそのはず……。
『高山家』の地図と、『遺族』のことについて書かれていたのだから……。




