パソコン部員の帰省
夏休みは刻一刻と過ぎていき、お盆の時期になった。
「本当に一人で帰れる?」
「……大丈夫だって。きっとね…」
私が一人暮らしをしているなか、年に数回、いわゆる「実家」というところに帰る日がある。
しかし、「家族と過ごした」実家ではない。
あそこは、すでに売り家になっていて、新たな買い手を探しているところ、のはずだ。
もう4年も昔のことのため、今どうなっているかはわからない。
というか、知りたくない。
そのため、私たちが帰るのは、本当の実家である、本家にいくことになる。
私の祖父母、伯父母、叔父母、従兄弟や又従兄弟などがいるのだ。
しかし、そこでも私は気が乗らない。
父親の行った所業を考えれば当然といえば当然なのだろうが。
半分その遺伝子が含まれているというだけで、私への態度はかなり冷淡だ。
まぁ、罵倒されたり、暴力を振るわれるよりはましだが…。
私の親戚の家には、電車で2、3時間乗り継ぎをしてようやく行けるようなところだ。
典型的な農家の一家であり、一族で周囲の土地を網羅している。
そんな一族に対する私の態度は、完全に村八分。
「正月と盆に帰ってこい。
あとは月にいくらか振り込んでやるから、俺たちの前に姿を見せるな」
非情にもほどがある。
「悪いのは父親で、あんたじゃない」と言った優華の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。
とはいえ、どちらにしても、世間体だってあるだろうし、子ども一人の意見でどうにかできる問題でもない。
さっきから愚痴ばかりこぼしているが、そればかりは本当にどうしようもない。
私は肩身が狭いながらも、実家に行くしかないのだ。
たった数日の辛抱だ。
私は電車に乗り込んだ。
電車がついたのは、周囲が森だらけの小さな無人駅だ。
セミの音だけがやかましく鳴り響き、それ以外の音は一切しない。
この電車自体も、私以外ほとんど誰も乗っておらず、この駅で降りたのは私だけだった。
駅のすぐ近くに、かなり急な坂があり、これを下に降りると、私の実家がある村に出る。
この村自体も、室町時代からある由緒正しき村らしく、そのせいか、この村は排他的で今現在かなり過疎化が進んでいた。
「えっと……この角を曲がって…」
一年に二回しか行かない家では、場所もあまりはっきりとは覚えていない。
地図を頼りに歩いて、なんとなく見たことがあるか、そうでないかを思い出しながら進むと、この村で一番大きな家を発見した―――――
「あ、これだ……」
大きな地主の屋敷が、他の家を寄せ付けぬ圧倒感を見せていた。
武家屋敷のようにも見えるこの大きな家の表札は、「稲辺」という文字が堂々と彫られていた。
「お邪魔します…」
古来の日本家屋独特の、誰でも入れるような作りの門をくぐり、私は家の中に入って行った。
「…お邪魔します」
「……久しぶりね。春香」
玄関先にいたのは、私の曾祖母にあたる、稲辺 まつ。
御年90年弱になる、長寿の人である。
わが一族の中でも、もっとも私のことを煙たがっているのが彼女だ。
私を見る目は冷たく、とてもではないが、曾孫を見るような目つきのものではなかった。
「あらら……。もう帰ってきてたのね」
そして、彼女につき従っているのは、私の祖母である、稲辺 芳子。
まつさんと芳子さんは、嫁姑の関係となる。
田舎の農家ということで、まだ跡取りの問題、嫁姑問題、介護問題だの、まるで戦前のような家族環境のなかにいた。
彼女の見る目も、まつさんのそれと大差なかった。
この二人は、いわばこの家に来たくない理由のトップ3の一つだった。
「……お父さまに挨拶してきなさい」
「…………はい」
そして、一番かったるいのが、これだ。
「…………おじいさま。いらっしゃいますか?」
「…………その声は春香…。まぁよい。入れ」
この屋敷の、南にある部屋。
縁側に面したこの部屋が、いわば母屋であり、家長が住む場所になる。
「………………失礼します」
「……座れ」
当然ながら畳の部屋であり、招き入れられると下座に座らされる。
それも、座布団すら用意されていない場所にである。
「お前が一人暮らしをするようになって、もう4年か……」
「…………はい。そうですね」
「もう高校生。立派に家業に努めることもできる年よ」
「…………」
「返事をせんか」
「は、はい……」
この曾祖父もまた、いつの時代を生きているのかわからない時代錯誤な人間だった。
全身から湧き出る殺気というか闘志というか存在感というか、何らかのオーラがあふれ出た、かなり威厳たっぷりのおじいさん。
しかも腕っぷしも強く、いまだに若い衆はこのおじいさんに力で勝つことができないらしい。
「昔なら……貴様のように女の分際で意見してくるようなクズはすぐに罰を与えておったもんだが…。俺も温厚になったものだ」
これでも温厚な方らしいです。
全盛期にはいったいどんな人間だったのだろうか。
今時のヤンキーですら、もうちょっと行動をためらうだろう。
「で、だ。貴様も一応……。一応だぞ…。わが一族の名を背負うている。貴様の父がいかにわが一族の面汚しだとはいえ、今のお前は、わが一族の養子だ」
そう…。私は一応、戸籍のなかだけでいえば、今は伯父の子供だということになっているのだ。
「お前ももう16…。この村に1人、お前の年齢に似合う男がいる。その者の家へ嫁げ」
「………………」
「返事をせんかっ!!」
おじいさんのはずなのに、非常によく通る声が、部屋中を響き渡った。
「……今の時代…、合コンでも婚活でも、結婚する方法なんていくらでもあるでしょう!」
「ふざけるなっ!!この村では代々、年頃の女は、村の中で嫁がせるようになっとるんだ!!」
「いまどき!そんな政略結婚みたいなことさせる人みたことないわ!」
「この村の伝統だ!!貴様のように、女のくせに家長に刃向うような愚か者はこうしてくれる!!」
このおじいさんの欠点は、すぐに頭に血が上ることと、「女のくせに」という口癖だ。
だが、頭に血が上った時の暴力は恐ろしいものがある。
「っ!!!!?」
「少し頭を冷やせっ!!」
床の間にかざるようにして置いてあった竹刀を手に持ち、私にそれを振り下ろしてきたのだった。
頭に、肩に、顔にヒットし、地面に倒れこんだのを気に、手足を縛り上げ、南京錠がかかる物置小屋に私を閉じ込めたのだった。
(もう……。こんな風になるから来たくなかったのに……)
じじいの発言はほとんどアウトです。




