パソコン部の過去 ~稲辺春香の場合~〈2〉
胸糞注意です。
通常の倫理観が崩壊している場面があります。ご注意ください。
稲辺春香 10歳
小学生の頃の私は、とにかく引っ込み思案だった。
友人も多くなく、男子としゃべったこともほとんどない。
目立たない役職や、目立たない学校生活を送っていた。
そんななか、私を気遣ってくれている、優しい少女がいた。
その子の名は、松坂 翔子。
彼女は、いつも私にしゃべりかけてくれた。
他人と喋るのが苦手な私は、なかなかうまく喋られなかったが、彼女は何とか私の言いたいことも聞き取ってくれた。
彼女は私の、唯一の親友ともいえる存在になっていた。
あの日までは―――――
『4年F組、稲辺春香さん。至急会議室に来なさい。繰り返します、稲辺春香さん、至急会議室まで―――」
この日、私は人生で初めて、学校の放送で名前が呼ばれた。
今までそのような経験は全くと言っていいほどなかったし、絶対にない、とまで思っていた。
それなのに、今日はどういうことなのか、先生に呼ばれる。
それも、職員室とかではなく、会議室だ。
(どうして会議室なんだろう?)
当然私は疑問に思う。
会議室を生徒が使う確率は極めて低い。
生徒会の人たちが使っていると聞いたことがあるが、私にとって生徒会のように、みんなの前で目立っている彼らは雲の上にいるような人たちなのだ。
つまり私のような人間が、会議室に入ることなど、ほぼ絶対にないと言えるくらいなのだ。
「失礼、します……」
一体何の用で呼ばれたのか、ドキドキしながら、会議室の扉を開ける。
小さな声であいさつをして、私は会議室の中に入室した。
「君が、稲辺春香さんだね…?」
「は、はい。そ、そそ、そうです………」
そこには、私の知らない人たちがたくさんいた。
この学校はあまりにも大きいマンモス校のため、学校の規則で、みんな、名前の書かれた名札を付けていなくてはならない。
学校の同じ同級生ですら、6年間で同じクラスになれない人がいるのだ。
そんななか、名札を付けていない、スーツ姿の大人がたくさんいた。
名札を付けていないということは、学校の関係者ではないということだ。
「とりあえず、そこに座ってくれるかい?」
私に着席を促したのは、私たちの学校の校長先生。
ひげを生やした、どこにでもいるようなおじいさんの先生だ。
「それでは、少し話を聞かせてもらおうかな」
その隣に、同じようにひげが生えているが、校長先生とは違い、どこか威厳のようなものが漂う男性が口を開く。
名札をつけていないので、学校関係者ではない。
「俺の名前は、松坂 栄一郎。○○警察署の刑事をしている。まぁ何、君を逮捕しに来たわけではないから、落ち着いてくれ」
「は、はい」
刑事…ドラマとかで見るような、犯人を捜して捕まえる人たち。
そんなテレビの中の人のような存在が、私の目の前にいた。
「で、稲辺春香さん。君に少し話をしてもらいたいことがあるんだ。まじめな話だから、ふざけないで答えてくれ。いいね?」
「は、はい」
私の周囲に、何人かの男性たちが集まっていた。
よく見ると、校長先生、教頭先生、担任の先生、あとは同じ警察の人だと思われる人たち、全員で約10人程度。
「君に話してもらいたいのは、君のお父さん、稲辺誠一さんのことについてだ」
「お父さんのことを、どうして…?」
「…………あまり君くらいの年齢の子に言うのはよくないのだろうが。正直に話すしかないだろうな…」
「そうですねぇ。刑事さん、やはり話してもらうしかないでしょう。我々も、彼女の支えはできる限りしていくつもりです」
いったい何の話をしているのだろう。
完全に私は置いてけぼりを食らっていた。
「……落ち着いて聞いてほしい。君のお父さん、誠一さんは、犯罪を犯してしまったんだ…。『暴行、殺人』とい犯罪だ」
「………………は?」
彼の言葉が、私の心に突き刺さる。
それと同時に、私の背筋が、ズズっと冷えていった。
校長先生の表情が曇る。
やはり、本当の事態らしい。
私はまだ、事実を受け止めることができなかった。
「まぁ、混乱するのも分かる。君のように、まだ幼い子供ならなおさらだな。でも、これは事実だ。明日には、新聞にも載るだろう」
「な、なな…ななな…」
「…………春香さん。お父さんの件は残念だが。お父さんはしっかりと罪を償ってもらえばいい。そうすれば、何度でもやり直しは利く」
「せ、せん、先生……」
私が、あまりにも唐突すぎる出来事に言葉を失っている状態、そこに担任の先生が、頭を撫でた。
大きな先生の手が、頭をなでると、私の涙腺が、崩壊していた。
「……泣けばいいよ。泣けば。残念だったね」
「グ……ヒグッ…………」
声を押し殺して泣く。
私はいったい、何のために泣いているのか。
お父さんが逮捕されたことも、だが、殺してしまった、お父さんが道を踏み外した。
そのことに泣いているのだ。
「落ち着いたかい…?」
「……」
首を縦に振る。
しばらく泣いていて、時間は一時間ほどかかっていた。
警察も忙しいはずなのに、こうやって私が泣き止むのを待っていてくれた。
「で、話してほしいこと、というのは、お父さんが罪を起こした理由だ。家でのお父さんは、いったいどんな感じだい?」
「……お父さんは、滅多に家に帰ってきません」
お父さんは、会社の、かなり偉い人だった。
何か難しい役職で、よく分からなかったのだが、とにかく、お父さんがいないと会社が成り立たない、と、お父さんはいつも自慢していた。
しかし、最近になって会社が忙しくなったらしい。
家にはロクに帰らず、会社で泊まることが多い日々だった。
私もお父さんの顔をあまり見ていない。
「会社で何か頑張らなきゃいけない仕事ができたって言って、家には帰ってきませんでした」
「…………そうか。うん、分かった。ありがとう」
「もういいですか?刑事さん」
「はい。校長先生。春香さんも、もう大丈夫だから。今日は帰って休みなさい」
「うん。クラスのみんなには、体調が悪くなって帰ったと伝えておくからな」
しっかりと、先生のフォローがついてくれてる。
大丈夫だ。
そう思っていたのだが、事態は急速に重くなっていった―――――
「犯罪者」「死ね」「最低な人間」
私の机に書かれていた、さまざまな言葉。
どれも、私を罵るものばかりだった。
どうしてこんなことになっているのか。
私がこの机に唖然としている間、教室の生徒全員が、私を見て、クスクスと笑っていた。
クラス全員が、悪魔にしか見えなくなっていた。
怖い怖い怖い怖い。
クラスの誰かが叫んだ。
「犯罪者が学校に来てんじゃねーよ!」
「そんなこと言っちゃ、『殺され』ちゃうよ~?」
「やべぇwwww」
笑いが起こる。
一体、どういうことなのか。
状況が全くつかめないのだ。
このとにかくわけの分からない状況が理解できてしまったのは、彼女のせいだった。
「おはよう。春香」
「あ、お、おお、おはよ、う。しょ、翔子……」
「どうしたの…?そんな、何か怖いものでも見たような顔をして…」
彼女は、私にいつもと同じように接していた。
「あ、あの、その…」
「あぁ。そういえば、言わなきゃいけないことがあるんだ」
私が今の状況を伝えようとしたのを無理矢理かぶせて、翔子がしゃべり始めた…。
「ごめんねぇ。もう、春香とは一緒にいられない。家のお父さん、警察官なんだぁ~。会ったでしょう?昨日。松坂栄一郎に!あの人、私のお父さんなんだよねぇ」
「………………!!?」
さらに二回目の驚きだった。
まさか、昨日会った刑事が、翔子の知り合いだったなんて…。
「でね。昨日、お父さんに言われたんだぁ~。『稲辺春香ってやつに気を付けろ』って。理由を聞いたら。はははははっ!笑っちゃうよねぇ!犯罪者の子どもなんでしょ!?はははははっ!!」
「!!?」
刑事の人、まさか、私のことを喋ったのか!? 他の人に!?
だんだんと蒼白になっていく私。
唯一の親友に、私は、
「犯罪者の娘と、警察官の娘が、友人同士なんて変じゃない。あんたはこれから、罪を償っていかなくちゃダメなのよ!」
「な、なん、で……?」
「当たり前じゃない。殺人犯の娘なんて、生きてるだけで罪なのよ!!!」
「―――――っ!!!?」
私は、裏切られたのだ―――――
その日から、私が罪を償うという名目で、いじめを行うようになっていた。
靴は隠され、学校のシューズも捨てられる。
宿題は、私の分だけ破いて提出させず、私の机には毎日悪口が更新されていった。
生きた虫を無理矢理食べさせられたこともあったし、便器に足を突っ込まされたこともあった。
ひたすら殴る蹴るの暴力を受けたこともあったし、一日中一切私に喋らず、物を投げつけてくるときもあった。
銃死刑と言われ、輪ゴム鉄砲の太い方ををゼロ距離で顔に当てられたこともあったし、水責めと称されてプールに顔を押し沈められたし、火あぶりとか言われて、アルコールランプの火を腕に押し付けたりもされえた。
先生は私のケアをしてくれると言ったが、それは最初の一週間くらいだった。
一度いじめが問題視されたこともあったが、それも適当に叱り飛ばしただけだった。
結局いじめが根本的に解決することはなく、たびたび授業を無断欠席したり、上の空だったり、提出物を全然出さなかったりした私は、先生にとって「問題児」とされただけだった。




