パソコン部の過去 ~稲辺春香の場合~〈3〉
やたらとボリュームのある話が2話連続で…!今回は胸糞要素は少ないと思います
稲辺春香 12歳
いじめは、三年間続いていた。
毎年、私たちの学校はクラス替えが行われ、一年ごとに、全く違う人と同じクラスになれるはずだった。
しかし、私と同じクラスに、偶然にも、去年も同じクラスだった人がいたのだ。
瞬く間に、私の悪名は広がっていた。
一週間もしないうちに、私はまた、犯罪者と同格のように扱われた。
いじめはだんだんと狂暴化、陰湿化していった。
通りすがりの暴行は当たり前。
気絶するまで殴られたことも、階段を突き落されたこともあった。
プールの授業で、着替えの服を男子更衣室に投げ込まれたこともあった。
冬の日の服をびりびりに破かれ、半そで半ズボンにされたこともあったし、下級生にまで噂が広がり、3年生くらいの男の子に、鳩尾を殴られ、一撃で失神したこともあった。
気が付けば、学校全部が私の敵になっていた。
そのころになれば、先生も私を腫物扱いするようになり、実質いじめを黙認している状態になった。
5年の時の音楽の先生なんか、私に難癖つけて、私を全員の前で土下座させたこともあった。
私がいくらやめてほしいと懇願しても、いじめは止まなかったし、いくら泣き叫んでも、みんな笑って私を無視した。
次第に、私の心は衰弱していた。
学校でこれだけいじめられるのなら、学校を休めばいい。
そう思うだろうが、私の場合、家にも休める場所が存在しなかったのだ。
私の母親が、とんでもない、虐待親だった。
私の母親がよくしたのが、ネグレクト。
ネグレクトとは、簡単に言えば、子供を無視し続けること。
当然、料理だって作らないし、家事も洗濯もしない。
たまに朝に帰ってくるくらいだったから、他の男が出来ていたのかも知れない。
そして気に入らないことがあると、私を殴ったり、蹴ったりした。
家で私ができることは、できる限り母の琴線に触れないように、いい子で居続けることだった。
母親に対して、反発しない。
なにを言われても「はい。今すぐに」と返事をした。
もしかしたら、母親が「死ね」と言っていたら、私はその時に死んでいたかも知れない。
それくらい私は、母親に従い続けた。
母親がこんなに荒れるのも、理由があるのだ。
夫である、誠一の裏切り。
誠一が殺人犯で捕まったことにより、母親は、お金を自由に使うことができなくなったのだ。
今までお嬢様として生きていた母親が、パートで働くことなどできず、気が付けば私たちの家族は、とんでもない貧乏だったのだ。
私は、生きる希望を失っていた。
お金もない、守るべき場所もない、やりたいこともない、自分を守る術を持っていない。
こうなれば、残り待つのは「死」である。
私はとある日に、自殺を決意した。
なぜその日にしたのか、といえば、殴られ続ける間に、「もう死ねよ!クズ!!クズ!!」と罵られていたからだ。
死ねよと言われたから、便乗して死ぬのだ。
死ぬ方法といってもいろいろあったが、てっとり早く屋上から飛び降りることにした。
6時間目が終了し、放課後。
いつもの通り、最後にもことごとくいじめられ、私の身体は満身創痍だった。
そんな体を必死に起こした。
これがたぶん、最近の人生で一番頑張ったことだろう。
私はやっとの思いで立ち上がると、さっきまでいじめられてた教室を離れる。
もう夕日が差し込むほど時間のたった学校を、ゆっくりと歩いた。
屋上は、私たちの学校の5階にある。
五階の屋上まで上がるのも、満身創痍の身体では非常に辛かった。
「はぁ……はぁ……フェンスに、登らなきゃ」
私の背丈を軽々と超えるようなフェンスが、屋上に取り付けられていた。
私みたいな、死のうとする人が他にもいたのだろうか。
私は手足をフェンスにかけ、登り始めた。
頂点に立ったら、そのまま下に落ちればいい。
そう思って。
「ダメェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエっ!!!!!」
私が半分くらい、フェンスに上った時、後から声が聞こえた。
「!!?」
「ダメダメダメダメぇえええええっ!!!!」
私の腰から抱きつくと無理矢理引きはがす。
元々非力の私は、あっという間にフェンスから引きはがされ、床に落ちた。
「…………つぅ」
「なんて危ないことしてんの!!?死んじゃうよ!!?」
これが、私と長島優華の出会いだった―――――
長島優華 12歳
「なんでこんなところ、登ろうとしたの?」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい、じゃなくて、なんで登ろうとしたの?」
「ごめんなさい」
私、長瀬優香は、目の前の少女を近くの教室に誘導し、適当な席に座らせる。
私がその前の席に座り、後を見る状態で彼女を見る。
彼女の目は、いかにもな虚ろな目で、どこを見ているのか、もしやどこも見ていないんじゃないかと思えるような状態だった。
「むぅ。たまたま生徒会が終わって帰ろうとしたら見つけたからよかったものの。もし私が数秒でも違うタイミングで帰ってたら、あなた死んでたんだよ…?」
「…………ごめんなさい」
謝るのが趣味なのか、と言いたくなるくらい、謝ってばかりだ。
別に私は、彼女に謝らせたいわけじゃないのだ。
「…………あんなところ、自殺する以外に行く理由なんてそうないわ。あなた、自殺しようとしてたのよね…?」
「…………ごm」
「ごめんなさいじゃなくて。そうなの?違うの?」
「…………そ、う、です」
必死に言葉をひねり出すように、肯定の意思を示す彼女。
「ごめんなさい」はすぐに出るのに、文字数で半分にも満たない、「そう」という言葉が出ないのか。
「なんで自殺なんか……って言えるわけないよね。こんな見ず知らずの人間なんかに……」
「………………」
何も言わない。
しかし、彼女を放っておいたら、いつか死んでしまう。
死ぬ方法なんて、割と簡単に思いつく。
息をいま止めるだけでも、相当苦しいだろうが、死ぬことはできるのだ。
「とりあえず、ちょっとお話ししましょう。下校しながら。私、長島優華。小学6年生」
「…………私のこと、知らないの…?」
いきなりの意味深な発言。
知るものか。
だいたいさっき会ったばかりで、これっぽっちも面識なんてないだろう。
この学校は、いわゆるマンモス校。
在校生は1000人を超え、同じ学年でも、面識なしのまま卒業を迎えることも多い。
そんななかで、知らない生徒がいるのもよくある、というか、割と頻繁に起こるはずだが―――
「……犯罪者の身内、なのに…?」
犯罪者―――そういえば、去年初めて同じクラスになった生徒の一人が言っていた。
『この学校には、犯罪者の子どもが通ってるんだよー。怖いよねぇ』
『うっそ。マジ?お前消されんじゃね?』
『名前も知ってるぜ。イナベハルカっていうんだ。なんでも、反省のためにいろいろヤバいことさせられてるらしいぞ』
『うわ。完全にお前消されるわー』
私は、完全に信じていなかった。
大体、犯罪なんて身の回りで起きたことなんて全くないし。
正直、犯罪なんてものは、刑事ドラマ内での架空のイベントだと思うようなレベルだから、リアルに犯罪という言葉にぴんと来ていなかった。
しかし、彼らの言葉をそのまま信じるとしたら
「あなた……イナベハルカ…?」
「そ、う。私の名前は、稲辺、春香…………」
とぎれとぎれに言葉を発する。
さっきの虚ろな目に、恐怖の表情がプラスされ、さらにひどいことになっていた。
「…………ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「えっ、どうして急に謝るの…?」
彼女は、ここが下駄箱だと言うことも忘れているのか、地面に頭をこすり付けるように土下座をして、謝り始めた。
肩は震えている。
「お、落ち着いて…」
「ひぃっ!」
肩に触れると、ビクンと全身が反応を示す。
よく見ると、地面が濡れている。
泣いているようだ。
「………………とにかく。私は怒ってないから。とにかく行こう…?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
それから、私は彼女のことをいくつか聞くことに成功した。
いじめを受けていること。
ネグレクトを受けていること。
自殺しようと思ったこと。
あまりにも残酷すぎて。
あまりにも悲惨すぎて。
私は泣いていた。
彼女にとって、この涙がどのように受け取ったのかは分からないが、彼女も泣いていた。
公園のベンチで、二人、肩を寄せ合って泣いていた。
小さな子供たちがぎょっとした様子で見ていたが、気にする暇などなかった。
私たちは泣き続けた。
春香の心。
辛いことにずっと、耐えて、耐えて、壊れていた心が、傷を埋めていくのが分かった―――――
稲辺春香 13歳
優華に触れ、泣き続けることで、どうやら私の心が壊れていたことに気付いた。
壊れた心から、今までの悲しみ、苦痛が全て流れ出していた。
彼女が、優華が、私の心を治してくれたのだ。
あのあと、優華の家に泊まった。
そこで、普通の親は、子供のために料理や家事、洗濯をしてくれるものなのだと知った。
一緒に風呂に入ろうと優華に言われたため、私が服を脱ぐと、そのあまりにも多い痣に、かなり引きつっていた。
それから、しばらくは保健室にいるといいと勧められる。
次の日、学校の先生に、生徒会が直談判するという事件?が起きた。
その後、当然いじめ問題が学校中で話題に上がり、ついに全校集会を開くまでにもなった。
いじめの発端となった、元4年F組の生徒をはじめ、校長先生、当時の担任の先生、その他何人もの人がつるし上げを受けたらしい。
いじめ問題は一応なくなったらしいと知り、普通に教室に通うことも、少しならできるようになった。
すぐにトラウマが蘇り、吐いたり、発狂したり、倒れたりもしたが、そのたびに長島優華が助けてくれるようになった。
小学校の卒業し、中学校に入学すると、トラウマが蘇る回数は減ったが、まだ、他人の目を気にすることは、他人を気にする癖は直らなかった。
それは今でも変わらず、相変わらず、他人の表情にだけは敏感になっているのだった。
「あのとき…心が壊れた私が下した決断。それが死だったんです。壊れた心って、本当に怖いんですよ」
「……なるほど」
「だから、冬香先輩を見ると、心配なんです。先輩の顔。昔の私と同じだから」
小学生のときの私は、あまり写真が残っていない。
卒業時の写真に、死んだような瞳をした私が数枚あるだけ。
それでも、あのときのことだけは鮮明に覚えているのだ。
「………………分かった。俺も、あいつを救いたくなった。協力してくれないか…?」
「もちろんです」
上野先輩との協力で、冬香先輩の心を治す決意をかためた。




