しかし“少女”は踊り咲く …10
“恐鬼”の本来の性質、それは『そもそも実体がなく、人の気付かない、気付けない世界の陰から人間の膨大な負の感情を喰う』こと。
そして、その意味は……『人間が負の感情によって暴走するのを止めること』。
激昂して人を傷つけたり、感情に左右されるあまり選択を間違ったり……それを止めること、つまり“人間が間違わないように感情を喰うことにより制御する”のが本来の“恐鬼”のあるべき姿なのではないか。
そもそもがおかしかった。
世界の法則とやらは、要するにこの世を支配している数学的論理や、宇宙科学、もしくは目に見えない絶対運命のようなもののことなのだろう。ならば、その世界を上手く廻してゆくのが法則そのものと言える。
ならば、どうしてこの世界の一員である人間を喰い過ぎる“恐鬼”もそのサイクルの中に含まれているのか。
それは、“恐鬼”が必要な存在であるからに他ならない。
言いまわしで言えば分かりづらい話だが、つまるところこうだ。
……人間の考えるオカルト的なものすべてに“恐鬼”が関与しているというのなら、守護霊や人を守り導くと言われる神のような存在はどのカテゴリに位置するのか。
答えは簡単。それも、“恐鬼”の一つの姿なのだ。
「……」
“偽”が力なく地面に倒れ伏す。その下には赤い水たまりが広がり続けている。
「……」
俺は、鈴を地面に寝かせると“偽”の伏せて、表情の見えない頭を撫でた。
“恐鬼”は、人間の記憶の中で最も恐怖する物に変化する。
逆を言えば、人間にとって有益なモノ達は、人間の中で最も大切な何かの姿を持つことになる。
暴走したが故に、本来とは真逆の行動をとる。よくあることではないか。
「……何、してるのよ」
顔を伏したままの“偽”がかすれるような声で呟く。
「因縁の相手が、地面に伏せているの……よ。……斃すチャンスじゃない。……ほら、早く殺しな……さい……」
「……そうやって、また俺は同じことをする、というわけか」
「……」
記憶の中から現れたものは、その記憶通りの結果しか生まない。いうなれば、化石の復元の様なものだ。
同じことをくりかえし、同じようにまた消える。
その人間にとって害をもたらした何かに“恐鬼”がなったなら、その何かと同じように、その人に害をもたらす。
逆もまた然り。
「……そう、ね」
“偽”が力なく嗤った。