しかし“少女”は踊り咲く …9
「うぐっ……」
“偽”の口の端から赤い線が垂れる。
何だ。この短剣はどこから現れた!?
「……くっ、時間もへったくれもないわね」
片膝を着いた“偽”が俺の方を向く。
「全く。こんなになっても、最後まで助けてあげることができなかったなんて……、“私”も不遇な奴ということか。そうなるようにできてるってわけね。……全く、何の冗談よ」
……何?
今、お前、何て言った?
今一瞬、聞き覚えのある言葉が聞こえた。聞き間違いではない。
はっとしたように、“偽”が口をつぐんだ。
「っ……いや、響輝よく言うじゃない、『全く、何の冗談だ』って。真似しただけよ」
真似……。はたして本当にそうなのか?
“偽”は傷口を押さえながらそっぽを向く。……だが、あのイントネーションと言い方はまるで……。
「……お前は、“何”だ?」
いつだったか、夕闇にのまれようとしている教室で問いかけた質問を再度、口に出す。
「……“何”、か。何って言われてもね。私達が“鍵”によって狂う前にどんな存在だったか、その意味を良く考えれば分かると思うよ。今の私には、そこまでしか言えない。言えば……」
そこで再び、“偽”の言葉が鋭い破裂するような音に遮られた。
見ると、今度は三本の短剣が“偽”の腕と足を貫いている。
「何なんだ、その短剣は……」
さすがの“偽”にも相当なダメージがあることは見て取れた。だが、“偽”は少しも痛がるそぶりを見せず、今だ足をつっかえながらも経っていた。
その姿はまるで、いつかの姉さんを彷彿とさせるようで……。
「……それは駄目!」
急に、“偽”が叫んだ。口の端から新たに血が流れるが、それを気にも留めずに声を荒げる。
「駄目。それを思ってはだめ。巽野茜は死んだわ。思い出さないで‼」
何だ? 何を急に焦っている? 俺はただ、一瞬姉さんのことを思い浮かべただけだ。
なのにこいつは何故焦燥しているんだ?
「私は“私”よ! 他の誰でもない、記憶に左右されない独立した存在。だから、だから……」
ふいに、南区の砂浜で鈴が言っていたことを思い出した。
ー『“恐鬼”は本来、人の負の感情を影でちまちま喰うだけの存在だったと言われています。その均衡は、“鍵”の出現によりー』
「……まさか…」
その言葉と今までの事を思い返した瞬間、一つの結論が脳内に浮上した。