しかし“少女”は踊り咲く …8
感情の強さは、“恐鬼”の恐怖を断ち切る強い武器だ。それ自体は実体がないものでも、心を支えることができれば人間は“恐鬼”よりやや優位にいることができる。
つまり、俺がこうして勝てないはずの“偽”と互角に削り合いをすることができるということは、俺にもそれなりの感情があるということか。
「……失いたくないだけだ」
感情、いや、これは自分勝手なエゴだ。
「茜姉さんのように、誰かを目の前で死なせたくない。自分の無力が故の災厄を阻止したい。戌海は、一人で囚われている。そして、時間がたてば殺される。……それは、その時間が来るまでに全てを終わらせれば、助けることができるということだろ? 救える確率がゼロじゃないなら、俺は戦うことをやめない。鈴だって、原因さえ分かればなんとかしてやれるかもしれないんだ。あいつは、そんなすぐに心をのまれてしまうほど柔じゃない」
そうだ。何も鈴に限ったことじゃない。俺は決めたのだ。周りの人を二度と死なせてなるかと。だが、その堅い、重すぎる意志が逆に人を遠ざけてしまっていた。
“逸れ者”だから助けるんじゃない。
宿命も法則も関係ない。
巽野響輝にとって戌海琴音も、祗園鈴も、皆がかけがえのない存在だからこそ、俺は戦うのだ。
「……ふうん、まあ、合格か」
“偽”が二振りの小太刀を振るい、俺が片手で持っていた小太刀を弾き飛ばした。
「なッ……」
その一瞬の間に、“偽”は目にもとまらない速さで片手を伸ばし、今だもがいていた鈴の眉間をがっしりと掴む。
「お前、何を……」
「黙って」
“偽”が急に押し殺したような声で言う。
「響輝、よく聞いて。この“街”を囲っているのは確かに“支配者”よ。……でも、必ずしも“本当”が目の前にあると思わないで。敵の存在を疑ってかかるの」
存在を疑う? いまいち分からない表現だな。
「こんな言い方しか出来なくてごめんなさい。今の私も、前の私も、結局この程度のことしかしてあげられないけれど、だけど……」
“偽”が鈴の頭から手を離した。意識を失ったらしく、力を失った体が人形の様に崩れ落ちる。
とっさに俺がその身体を両手で受け止めるのを見ると、“偽”は一歩身を引いた。その表情はうまく読み取れない。……だが、俺にはどこか遠くを見つめているように見えた。
「……もう限界かな」
そう呟くと、“偽”は俺と鈴の方に向き直り、何かを決めたような表情を浮かべた。
「……最後に、一つ。これは伝えないべきだと思っていたけれど、響輝、よく聞いて。“鍵”は本来……」
焦ったように“偽”が何かを言おうとする。
だが。
「なッ……!?」
“偽”は、その言葉を最後まで言い切ることはできなかった。
「ぐ……ゔっ……」
何故なら。
「……ぶ、ブラックハッ……くそっ気付いたのね……」
“偽”が何かを言い終わる前に、急に目の前の空間を裂いて飛び出した細い短剣が、その背中を勢いよく貫いていたからである。