しかし“少女”は踊り咲く …6
「どうした? 梨菜」
何をそんな表情を浮かべているんだ? 一応お前を見捨てるようなことはしないつもりだぞ、俺は。
「違うよ、周り。周りに“恐鬼”が……」
そう言いながら、梨菜はうろたえたように周囲を見渡す。
つられて少し遠くに目を凝らすと、今周囲にあるよりも一段と濃い霧がこちらに近づいているのが見えた。
途端に、三日ほど前にウェストブリッジで見た霧を思い出す。確か、あの中には幾体もの“影”が蠢いていた。今見えている“それ”があの霧と同じものなら、あの中には得体のしれない“恐鬼”が潜んでいることになる。
忘れかけていたが、この遊園地はこの街における奴らの本拠地だ。“支配者”が漁夫の利を狙っているのだろうことは容易に推測できる。
「それに、今、巽野さんからすごく嫌な感じがしたの。ぬるってして、気持ち悪い、何かとても悪いモノ」
「……」
それは今も俺の中に残っている、“漆黒”の残滓を俺がたぐったからだろう。だが、今はその“悪いモノ”に頼るしかないはずだ。このままでは鈴を失うことになる。
「違う、違うよ」
「……何が違うんだ?」
梨菜は目をつむり、違うの、それは駄目なの、と繰り返す。
確かに“漆黒化”は危険だ。それに、おそらく次に“な”ったら俺は元には戻れないだろう。
「梨菜、でも今はこれしか……」
「違うの。巽野さん、私、解るの。あの鎌を持ってるお姉さんが、とても苦しんでるって。あの鎌の人は、その“悪いモノ”に巽野さんがなることを望んでないよ、だから駄目なの!」
梨菜がそう言い放った。
鈴がそれを望んでいない……だが、今の状況でその鈴を助けるには“漆黒”に手を伸ばすしかないんだぞ。
思考が揺らぐ。
いつのものだったか、鈴の言葉がふいに頭に浮かんだ。
――『あなたが死んで、堕ちて、それで何もかもが解決すると思っているんですか!?』
死ぬつもりも無い、堕ちるなんてまっぴらごめんだ。……だが、確かにもう一度“漆黒”に近づいて、のまれてしまわないとは限らない。力を得られる可能性もあれば、逆にまた“漆黒”に喰われてしまう可能性もあるのだ。
――『みんなが最後に笑えても、そこにあなたの骸が転がっていたら駄目なんです!!』
酷い言いまわしだな。だが、言いたいことは痛いほど伝わった。こんな、人でなしの俺でも、待ってくれている人はいてくれるのだ。
「……待っていてあげます、か」
本末転倒だな。そう呟き、重い腰を上げた。
梨菜がきょとんとした表情でこちらを見上げた。
「ぎりぎりまで、せいぜい頑張ってみるよ。霧がそこまで来たら知らせてくれ、梨菜」
そう言うと、梨菜は何かを見出したような顔をすると、
「頑張ってね」
と、気丈に微笑んだ。