しかし“少女”は踊り咲く …5
「響輝君、逃げても無駄だよ、無駄無駄」
“偽”が嗤いながらこちらに向かって歩いてくる。
「くッ……」
何で“偽”まで。それに少し様子が変だ。……いや、確かにこいつは敵だが、それでもこんなに狂気をまとっていたことは一度も無い。
何が起こっている? 何かがおかしい。
「破壊。破壊……」
鈴も心ここにあらずといった感じだ。いや。本当に、攻撃するだけの人形のようになってしまっている。
これも何かの“恐鬼”の影響なのか? 記憶に作用する奴らの特性が彼女たちに何か大きなダメージを与えたとしか考えられない。
「ならどうすればいい……」
俺の方に歩いてきていた鈴が、素早く身を翻し、小太刀を放つ“偽”の方へと走り出した。おそらく邪魔者から先に始末するつもりらしい。
「何でしゃばってるのかな、大鎌!」
放出をやめ、“偽”が両手に一振りずつ小太刀を握り、振り下ろされる鎌の刃と小太刀が交差する音が辺りに響き渡った。
「あなたも、邪魔です」
大鎌の刃が猛攻を続ける。どう考えたって人間にできる動きではない。
対する“偽”にも言えることだが、お互いの攻撃は一発一発が致命傷になるほどの威力のはずだ。だが、鈴も“偽”もそれに少しも臆した様子も無く、攻撃を受け、返し、避けるといった駆け引きを続けている。
「……何が……」
俺に何が出来る? 二人の戦いに参戦するのか?……いや、こちらの後ろには梨菜もいる。こいつを一人置いて戦うのは危険だ。
……何も出来ないのか? 俺はただの人間で、鈴や“偽”とは違う。だからといって、見過ごしていいのか?
いくら鈴が戦闘のみに集中していても、やはり明確な戦闘能力の差を埋めるのは難しいらしい。
思い返せば、“偽”は普通だった鈴の攻撃を短刀一本で受け止めていた。それが小太刀二振りになったのだ。しだいに鈴の防御行動が増えているのが目に見えた。
「……人として、か」
人として、闘う。鈴はそう言っていた。だが、“人”に出来ることは案外少ないものだ。それを補うには、人であることを捨てるしかない。
思考が沸騰する。状況に押され、脳内を圧迫されるかのようなトランス状態に陥っても、思考は止まらなかった。
――人で無ければまだ太刀打ちが出来る。鈴を助け、何故あのような状態になったのかの原因を考えることもできる。だがどうする? このままでは鈴が……おそらく死んでしまう。
様子を見るに、鈴はいくら自分が傷ついても戦うことをやめないだろう。そうすれば、彼女はもう戻れないところまで、意識の深淵まで落ちてしまう。
……いやまて。まだ手はある。
頭の中に“漆黒”の二文字が浮かんだ。
……少し、少しだけ“漆黒化”に近づけば、あの戦闘を止めるだけの力ぐらいは手に入るんじゃないか?
そう考え、自分の心の中にぽつりと残ったしこりの様な異和感を探った。
「巽野さん!!」
だが、その思考は、梨菜が袖をぐいっと引っ張ったことで中断させられた。
驚いて梨菜の方を見ると、梨菜は先ほどの錯乱が落ち着いたらしく、酷く怯えた表情を浮かべていた。