そして記憶は儚く燃ゆる …13
「止めろ五十嵐! 死ぬぞ!」
そのオープンカーには大量の火瓶瓶が積んである。今何かに衝突してしまったらどうなるかぐらい、容易に想像がつくだろう。
「死を覚悟しないで勝てる闘いじゃねえんだ! ……頼んだぜ」
五十嵐を乗せたオープンカーがみるみる速度を上げ、ものの数秒も経たない間に、
こちらに向かってきていた“大蛇”と、正面衝突した。
“大蛇”の頭部に衝突し、ボンネットや車体のひしゃげる鋭い金属音が辺りに響き渡る。だが、その音はすぐに別の音にかき消された。
「ッ……」
轟音。爆音。オーバーヒートを迎えたエンジンが限界に達し、爆炎が辺りを赤く照らす。
続いて、車体の後部から、それを上回る勢いの火炎が吹きだした。
さながら火砕流の如き勢いで、全ての炎が“大蛇”の頭部を一気に焼き焦がす。
“大蛇”が苦悶の声を上げながら火を消そうと頭を振り回した。だが、五十嵐の言っていた通り、獏円は動けば動くほど“大蛇”の身体にまとわりつき、その存在を燃やしていく。
「……」
俺は、声も出せずにその様子を見続けていた。時折爆発する車体の熱が辺りを満たしたが、そんなことすらどうでもよかった。熱さは感じない。いや、感じることができない。
“大蛇”がもがけばもがく程、火炎はその身体を蝕んでいった。まるで何か意思でもあるかのように、鱗を、肉を、“大蛇”を構成する総てを破壊し、熱し、溶かしてゆく。
……オープンカーに乗っていた五十嵐は、もう影も形も見えなかった。
「……巽野さん」
声がした方を向くと、目を覚ました鳩丘梨菜が俺の服の袖口を握り、目の前で繰り広げられる灼熱の惨劇を見つめていた。見下ろしていたため、その表情は分からない。
そうしている間に、火炎は“大蛇”の全身に行き渡っていた。
おそらく、この中央市街にいた生き残りの人々の大半はこの“大蛇”に喰われたのだろう。この火炎は、その無念を象徴しているようにも見えた。
「……巽野さん」
「……」
ふと気がつくと、あれほど燃え盛っていた火炎は消えており、街道にはもう、煤焦げたオープンカーの残骸と、炭化しきって真っ黒になった“大蛇”の太い縄のような遺骸が残るのみだった。
「……オジサン、死んじゃったね」
「……」
やるせない感情がこみ上げて来る。
「ねえ巽野さん、早く行こう。ロストランドに」
見ると、梨菜の顔には何かを乗り切ったかのような表情が映っているようだった。
五十嵐は自らを犠牲にして、俺たちに勝利を託した。その決断に至るまでの葛藤は、きっと今の俺に想像できうるものではないだろう。
少しの逡巡の後に、俺は街道に背を向けた。
……『後は任せたぜ』
その言葉は人一人分の命の重みとなり、
俺の心を締め付けていった。