そして記憶は儚く燃ゆる …12
何が起こったんだ!?
思わず後部座席にいる梨菜の方を向く。
「多分、溶解液じゃないかなぁ。ゲームで見たことあるもん」
梨菜が後ろを向いたまま言う。
溶解液だと? あの“大蛇”め、飛び道具まで持っていやがったのか。なんて奴だ。
「もう時間は無いか……」
前を向いたままの五十嵐が言う。
「……」
どうすればいい。この状況を打破する方法は……。
だが、その思考はすぐに遮断された。
「……っ!」
後方から今度ははっきりと衝撃が加わった。
すぐ横の道路にサッカーボールほどの弾が着弾し、地面を溶かすのが見える。
後方では“大蛇”が大口を開けて迫っていた。
すでに距離はそこそこ離れていたが、いつ差を縮められるか分からない。
回避しつつ逃げられるか……?
そう考え、前を向いた時だった。
「うおッ!?」
急に前方に向かって負荷がかかり、危うく車上から投げ出されそうになる。車体の縁に手をかけて何とか堪え、五十嵐の方を向いた。
「酸弾を避けながら走れなんて言うなよ。これでようやく“大蛇”と同速なんだ」
俺の言わんとすることが分かったらしい五十嵐が即座に返答した。
だが、このままでは格好の的だ。どうにかあの溶解液の酸弾を避けなければならない。ナイフはそれなりのダメージを与えたらしく、“大蛇”は追走と言うよりもむしろ暴走している。しかし、オープンカーの方もあと一発喰らったら持ちそうにない。
しかし、いくら思考しても良い考えが浮かばない。そもそも“大蛇”との戦闘で常識が通じるはずもないのだ。ナイフが決定打にならなかった以上、こちらに“逃げる”という選択以外は存在しないのだ。
「巽野さん! オジサン! 伏せて!!」
急に、梨菜が叫ぶ声が聞こえとっさに姿勢を低くする。
「ッ……!!」
「うおおッ!?」
直後、背後から何かがはじける炸裂音がし、視界が反転した。
――――――――――――――――――――――。
「……くッ……」
一体、何が……。
身体を起こす。どうやら車上から投げ出されてしまったらしい。
固いアスファルトに手をつき周りを見渡すと、少し離れたところに見覚えのあるツインテールが目に入った。
「ぅ……ん……」
身体をゆすると、梨菜は呻くようなか細い声を上げた。どうやら気を失っているらしい。
何とか身体を持ち上げて後ろを振り向くと、もうすぐそこまで“大蛇”が迫っているのが見えた。
そしてそれを眼前にして、身体を引きずりながら片方の後輪を失ったオープンカーに乗ろうとする人影。
……五十嵐だ。
「五十嵐!!」
足が言うことを聞かない。痛む頭を押さえながら、オープンカーに乗り込んだ五十嵐に向かって叫んだ。
「……よう、巽野……」
こちらに背を向けたオープンカーの運転席で、振り向いた五十嵐が片手を挙げた。
今更オープンカーに乗り込んで何をするつもりだ。
ーー『チャンスが一度しかないんだ。無謀な賭けはできない』
急に、五十嵐が言っていた言葉が思い出された。
ーー『やるなら確実に斃す方法を……』
……まさか。
「おい、五十嵐! 止めろ!」
頭が一つの結論を弾き出し、思わず声を上げた。
五十嵐は俺が何かを察したと分かると、こちらに顔を向けた。
その表情は強張っているが、何故かとても晴れやかだった。
「なあ……巽野」
“大蛇”の方に向き直り、その表情は見えなくなる。
「俺には、もう失うものは無いと思っていた。だがな、一つだけあったんだ。絶対に失ってはいけないものが」
オープンカーのエンジンが、最期の雄叫びを上げ始めた。
「……それは“希望”だ。何があっても、希望だけは無くしちゃいけない。お前たちは、俺にとっての希望だ」
五十嵐が手を伸ばし、後部座席に置いてある段ボールの蓋を開ける。その中には……。
「……勝てよ、巽野。後は任せたぜ」
車輪が火花を散らしながら回り出し、五十嵐を乗せたオープンカーが酸弾を散らしながら迫る“大蛇”に向かって走り出した。