そして記憶は儚く燃ゆる …11
「……何を言って……」
運転席の五十嵐は振り向かずに言った。
「病院の生き残りにその手の物に詳しい奴がいてな。総合病院内の薬品をかき集めて即席のブツを作ってもらったんだ」
そう言いながら、五十嵐が後部座席の足元に置いてある大きな段ボールを指で示した。
梨菜が不思議そうに見ているのを感じながら、俺はゆっくりと段ボールのふたを開けた。
「これは……」
大小さまざまな薬品の瓶。中には酒瓶なんかもある。
「即席とはいえ、威力は試した。十分相手に通用する、火炎瓶だ」
「……ッ!」
思わず手を離す。かなりの速度で走っているから分からなかったが、なるほど、段ボールの中からはガソリンのような、油のような鼻にくる匂いがした。
「そいつは俺の大学時代の友人だった奴でな。中の薬品を少しいじって、炎が相手にまとわりつくように調合したんだとよ」
五十嵐はこちらを向かずに言う。
「これを、投げつけるのか?」
「いや」
訊くと、五十嵐は首を振って否定した。
「お前と梨菜ちゃんが二つずつ投げたところで、“大蛇”には通用しないだろう。少なくとも、そこに置いてある全ての火炎瓶を一度にあいつにぶつけなきゃいけねえ」
「だが、それなら段ボールを持ちあげて一気に投げ落せばいいんじゃないのか?」
「どうだろうな。目の前の地面が燃えているのを見て、あいつが突っ込んでくると思うか? 例えここで一度“大蛇”から逃れても、俺達が目指すロストランドは眼と鼻の先だ。すぐに奴もやってくる。そうしたら、もうこちらに対処法は無い」
確かに……そうか。
そもそも“大蛇”が脅威である理由は、その巨躯にある。硬い鱗による圧倒的な物理耐性や、巨大な身体の各部位を利用した大仰な攻撃。
ニンゲンとの差を利用した、まさに無敵とも言える破壊力だ。
「だが、それならどうやってこの火炎瓶を“大蛇”に当てるんだ?」
車を乗り捨てつつ特攻させるとかはどうだろう。
「いや、無人じゃ確実性に欠ける。その手の方法しかない上に、チャンスが一度しかないんだ。無謀な賭けはできない。やるなら確実に斃す方法をとる」
無人では確実性に欠ける……。
「なら……」
どうするつもりなんだ、と続けようとしたが、急に車体が揺らいだため俺の言葉は中断させられた。
「……ッ!?」
そして後ろを振り向き、俺は幾度目かの驚愕を再び味わった。
オープンカーのトランクにあたる部分が、半分ほど無くなっている。断面には、明らかに融解したであろう、ドロリとした何かがこびりついていた。




