そして記憶は儚く燃ゆる …10
投擲したナイフが“大蛇”の喉に突き刺さるのが見えた。
だが、それだけでは済まない。ただでさえこちらに向かって高速で移動していたところに、逆方向から鋭い刃物が飛んできたのだ。ナイフは想像をはるかに上回る威力を発揮する。
「……ッ!」
次いで轟音が響きわたり、思わず耳を押さえた。
顔を上げると、少し速度を落とした“大蛇”がその頭部を振りながら追ってきているのが見えた。
「……やったのか?」
依然、前を向いて運転を続けている五十嵐が振り向かずに聞いてくる。
「……いや、まだだ。だが、速度は落とした。これなら振りきれるかもしれない」
これが、道が湾曲したり分かれたりしていれば“大蛇”を振りきれたのかもしれない。だが、ここは直進するのみの街道。“大蛇”の方もそれを分かってかこちらを視認するでもなく、痛みに耐えているのだろう、その逆三角形の頭部を振りかぶりながら突進を続けている。
だがいままでより迫力が違う。その頭部が振られるたびに、その堅い鱗を纏った頭が周りのビルや家屋にぶつかり、ガラスや木片が飛び散っていた。
確かにあのバタフライナイフは対“恐鬼”においてはかなりのアドバンテージを誇る武器だった。
だが、今は悔やんでいる場合ではない。
そう思い直し、後方を確認しようとし後ろに向き直った。
「ねえ巽野さん。何だか様子が変だよ」
見ると、ずっと後ろを向いていたらしい梨菜が、怪訝そうな声を上げた。
「……?」
視線を“大蛇”に向ける。
少し後方に、”大蛇”が相変わらず直進を続けているのが見えた。……だが、確かに様子が変だ。
目を凝らそうと片手を挙げようとしたが、すぐにその変化がはっきりと見えたため、
俺はその姿勢のまま愕然とした。
“大蛇”の鱗は、一般的な蛇のイメージに従ってか、アオダイショウのような濃い緑色だった。だが、その緑に亀裂が入ったかの様なコントラストで、真っ赤な線が入っていた。
つまり、緑色だった“大蛇”の身体に鮮烈な赤色が走っていたわけだ。
「……何だ?」
その体色の変化に頭が追いつく前に、新たな変化に気づく。
“大蛇”は、明らかに速度を上げていた。先ほどとは比べ物にならない程の加速だ。
「不味い! スピードを上げて来た、追いつかれるぞ!」
再び全速力同士の追走戦が始まる。
「……巽野。ロストランドまで後どれくらいだ?」
しばらくして、おそらくオーバーヒート寸前であろうエンジンを操りながら、五十嵐が妙に冷静な声で質問してきた。
「……あと一キロだが、どうした?」
すでに前方には、ロストランドの観覧車が見えてきている。
「そうか。じゃあ、巽野。その娘を連れて、車から降りろ」
突然、五十嵐が何かしらの覚悟を感じさせる声で言った。




