そして記憶は儚く燃ゆる …8
荒廃しきった“街”の街道を一台のオープンカーが疾走する。
俺はその助手席のシートに片膝を立てて座っていた。
五十嵐の話によると、五十嵐と共に病院から脱出した他の人達の行方はいまいちわからないらしい。霧が濃くて判断しきれなかったそうだ。
だが脱出する前に、他の人達が二台に分かれて車に乗っていたことは確認したらしい。
……だが、何故五十嵐が一人でここまで来たのかについては、ついぞ話してくれなかった。
「ねえねえ、巽野さん」
「……何だ?」
「そのケータイみたいなの、何?」
「……何でもいいだろ」
「ええ!? 教えてよぉー」
梨菜が頬を膨らませ、後部座席から身を乗り出す。
俺としたことが危うく忘れかけていた。一つだけ云わせてくれ。俺は、こういうテンションの奴は苦手なんだ。
『我が寝ている間に色々あったようだな』
「あったとも」
市庁の非常電源を利用して充電したハーテッドが久しぶりにその電子音声を響かせる。
『だが、戦況に変化はないようだな』
「それを言うなよ……」
あの“大蛇”さえいなければまだスムーズに事が進んだだろうに。せめて弱点でもあればな。神話の英雄ですら弱点があるってのに。アキレス腱とか。
「……おい、巽野」
「何だ?」
運転席の五十嵐が前を向いたまま表情を硬直させていた。
「……前を見ろ」
そう言われ、促されるままはるか前方へと視線を向ける。
「あれは……」
しばらく進んだ先の道に、壁がそびえていた。
……否、“大蛇”の胴体が見えていた。
ハーテッドが復旧したため、地図の機能が使える今だからわかるが、ロストランドに行くには、どう進んでもこの直線状を行かなければならない。だが、“大蛇”は俺達の進行方向に対して垂直になって進路を塞いでいた。
「まだ胴体だけしか見えていない。このまま“大蛇”に気付かれずに避けて進めれば……」
「巽野さん! 右見て! 右!」
五十嵐に言おうとした言葉が梨菜の叫び声に遮られる。
その切羽詰まったかのような声に従い右を向くと、十字路の街道の百メートルほど先に、二度と遭いたくない逆三角形の頭部が見えた。
距離があったが、周りの空気が一変したことで、気づかれたと理解した。
「……“大蛇”だ! 気付かれたぞ!」
慌てて五十嵐に報告する。……そうだ。失念していた。進行方向と垂直に胴体の一部が見えているからといって、奴が真っ直ぐ身体を伸ばしているとは限らない。何せ新幹線を連想させるほどの長さなのだ。
重要なのは身体の一部よりも、“大蛇”に見つからないことだ。……クソっ、分かっていたはずだというのに。
すぐに十字路を抜け、前進し続ける。
しばらくして、少し先で道を塞いでいた“大蛇”の胴体が驚くほどの速さで右に移動していき、尻尾の先までが視界から消えた。
それと同時に、遥か後方で何かが破砕されたかのような轟音が響いた。
後ろを振り向くまでもない。獲物を見つけた“大蛇”がこちらに向かって動き出したのだ。
「とにかく前進だ! この街道をこのまま真っ直ぐ進んで行けば、ロストランドに着く!」
そう叫び、後部座席で後ろを振り向いていた梨菜を席に座らせる。
「任せろ。直進だけならバカでもできる!」
五十嵐はそう叫ぶと、アクセルを勢いよく踏み込んだ。