そして記憶は儚く燃ゆる …5
俺のすぐ眼前で停止していた“大蛇”がゆっくりと頭をもたげ、自信の後方を見る。
エンジン音はすぐ近くまで来ていた。おそらくこの街道を通っているのだろう。
すぐに身を翻し、その場から“大蛇”が向いた方とは逆の方向に向かって走り出した。
気休めにしかならないが、考える時間ぐらいは手に入るだろう。
後ろから来ているエンジン音がひときわ大きく聞こえた。“大蛇”が動く音は聞こえない。
どうやらあいつはエンジン音の方を向いたまま動きを止めているらしい。
……なるほど。あいつの中での優先順位が分かってきた。乗り物を持たない人間ごときよりも、絶賛走行中の乗用車や乗り物の方が喰うに値するらしい。
誰だか知らないが、感謝するべきだ。こちらに向かっているということは、俺がこのまま逃げたとしても再び“大蛇”に追われてしまう。
どうにか路地に逃げ込んであいつの眼をくらまさなければならない。
そう思った時だった。
「おぉ――――い!! 巽野の小僧ぉ――――!!」
後ろからエンジン音に混ざって、そんな叫び声が聞こえた。
「ッ!?」
この声には聞きおぼえがある。というか、“街”が死に始めてから俺のことをそう呼ぶのは一人しかいない。
「……五十嵐!?」
何故五十嵐がこんなところに……。あいつは生き残りの人間と共に龍ヶ峰総合病院に残ったはずではないのか。
五十嵐の乗っているオープンカーがこちらに近づき、すぐに俺に並んだ。
「五十嵐、どうしてここに?」
運転席に座った五十嵐がこちらを向いた。
「どうしてだ? それを聞くのは野暮ってもんだぜ、巽野」
野暮だと?
「ふざけるな。今は自分の命を最優先に考えるべきだろう。感傷で行動してどうす……」
そう五十嵐に文句を言おうとしたが、一瞬、何かが頭の中で引っかかった。
ーー『恐怖をそれより強い感情で上塗りしてしまえば……』
急に“偽”の言葉が脳裏に浮かぶ。
……むしろ、感傷に従う方が正しいのか?
だが、その思考は急に起こった地鳴りに妨げられた。
「……くっ」
背後を振り返ると、“大蛇”が再びこちらを向き、その頭部を地面に叩きつけ、動き出したのが見える。
「巽野、詳しい話は後だ。まずは乗れ!」
五十嵐が運転しながら助手席の扉を開けた。
……考えている暇は無い、か。
そい思い、俺はオープンカーの助手席に飛び乗った。