そして記憶は儚く燃ゆる …1
歪み、歪み、歪みに歪む。
踊り、惑い、数多の駒よ。
盤上狂いの支配者は、下した圍を振るいにかける。
氷の騎士は、常夜に響き。
復讐鎌姫は、鈴音に淡く。
魔弾の狩人、永久に滅し。
全ての鍵は、琴音を白す。
転がる遊戯に群がる恐鬼よ、廻りに廻って罪を喰らう。
記憶に乱され隠蔽された、巽の野に立ち尽くす。
後ろの正面、煌めく刃、壊れた記憶は誰のもの?
―――――――――――――――HIBIKI side
きーよしー、こーのよーるー、ほーしーがー、ひーかるー……
唄が聞こえた。酷く懐かしい歌。
ああ、確か幼稚園の卒園式で歌ったんだっけか。何で三月にクリスマスの歌なんか歌ったんだろう。
思い出せない。
……でも確か、あの歌を歌ったあの日。六歳のころ、とても仲のいい子がいたんだっけな。
名前は忘れてしまったが、とても笑顔の可愛い女の子だったような気がする。
――“狭間”の中の感触を一言で表すなら、『息の出来る水中』と言うのが一番妥当なように思う。
だが、不思議と気持ち悪いとは感じなかった。
ゆっくりと、空間の中の流れに乗って移動していく。
しばらくすると、アーチ形に区切られた、入口と同じ形の物が見えた。
どうやらあれが出口らしい。ずいぶんと凝った空間だ。どこぞの22世紀の秘密道具みたいにさっと抜けられればよいものを。
そんなことをを考えていると、流されていた身体がその出口を通り、視界が歪んだ。
――――――――――――――――――――。
「……っと」
急に地面が現れたため焦ったが、問題無く着地する。
辺りを見回すと、成程、真っ暗な空に赤黒い雲。辺りには薄っすらと霧がかかっている。間違いなく、龍ヶ峰市だ。忌々しい。
“偽”は、『座標は同じだけど、空間が違う』と言っていた。つまり、俺の現在位置はさほど変わっていないということ。
思えば、随分と長居をしていた。戦況に変化がなければいいが。
俺が“偽”の空間に拉致されるまで一緒にいたはずの、鈴と浅滅の姿も見えない。二人して戦いに出向いているわけか。歪みねえな。
しかし、“偽”の奴は一体何がしたかったのだろうか。確かに依然と同じで俺を殺そうとしているのだろう、と俺は考えていた。きっとそれは間違いじゃないはずだ。……だが、やっぱり気になる。“偽”との最後の会話に端々見えていた、本能としての捕食とはまた違う“何か”他の感情。
……まあ、今考えても仕方ないか。
再び独りになってしまったわけだ。慣れっこだが、やはりこの状況での単独行動は好ましくない。
ましてや、街道に出ればいつ“大蛇”に出くわすか分からない地域だ。
早く誰かと合流しなければ……。
俺は足早に、その場から街の中心に向けて歩き出した。