そして偽少女は身を委ねる …7
「……すごい。本当に凄いよ、響輝君」
“偽”がぱちぱちと手を叩きながらこちらを見ている。
「もうネタ切れか?」
“黒蜘蛛”、“狼”、“鉄騎士”ときて、次は何だ。
今の自分には余裕があった。身体疲労などの余裕ではない。心としての余裕だ。
例え相手が眼で追えない相手だったとしても、今なら冷静に対処できる。
人間は脆い。ならば、その代わりに持ち合わせた頭脳をどうやりくりするかで、人知を超えた相手に対処できるかどうかが決まる。
今の俺は、恐怖がちらついたとしても怖気づいたりはしない。
「……十分かな。まだかな……でも、もうあまり時間が無いみたいだし」
“偽”が、こちらに微笑みを向ける。
その顔が少しずつ、まるでテレビの画面にノイズが入るかのごとく、歪んでいくのが見えた。
「時間がない? それは一体……」
問いかけようとした時、俺と“偽”との間の空間が大きく揺らぎ、そこに……何と言うのか、“狭間”のようなものが出現した。
「行って、響輝君」
“偽”が言う。
「何?」
何を言っているんだ、こいつは。これから俺を殺しにかかるんじゃないのか?
「何を言ってるの? 響輝君。私、一度も響輝君を殺すって殺意を持って明確に宣言したこと……ないよ?」
「はあ? お前、何を言って……」
「いいから早く。もうこの空間は持たないから。そこが元の“龍ヶ峰市”に繋がってる」
さっきから何を突然、態度を豹変させているんだ。また騙すつもりじゃないだろうな。
「違うよ。いいから、早く」
“偽”が語調を強める。
一体何をするつもりなのか。……だが、今ここで疑い続けて果たして意味があるのか。
……否、考えている暇は無い。この“狭間”の向こうに例え龍ヶ峰市が無かったとしても、この“偽”の空間にいる以上、俺は藁にでも何にでもすがって“街”に戻る方法を探さなければならないのだ。
俺が“狭間”に向かって歩き出したのを見て、“偽”はほっとしたような表情を見せた。
「……じゃあお前」
“狭間”に片足を突っ込もうとしたが踏み止まり、“偽”のに問いかける。
「今までの……『食べてあげる』とか『殺されて』って、どういう意味だったんだよ」
すると“偽”は、少し考える素振りを見せた後、ニヤッと嗤った。
「……卑猥な意味だよ?」
「二度と話しかけるな」
もうこいつと話す価値は無いと判断。即、“狭間”に足を踏み入れる。
「でもさ、響輝君。一目惚れっていうのは……本当だよ?」
身体全体が“狭間”を抜けようとした時、“偽”が何かを呟いた気がしたが、既に俺の耳には届いていなかった。
ーーー“Faker” side
「はあ、行っちゃったか」
そう呟くと、“私”は黒い塵となり、徐々に霧散していく自分の腕を見つめた。
“私”は“恐鬼”? それとも、“私”は私?
「独りは寂しいなあ……」
本来の “恐鬼”のはたらきと性質に乗っ取って考えれば、“恐鬼”が独りになることは無い。
これは、“恐鬼”としての“私”ではなく確固たる“私”が選んだこと。
「響輝ったら……、すっかり成長しちゃって。あれなら大丈夫かな」
ただこれで、彼はもう一度“漆黒化”したら、二度と元に戻ることが出来ない。
「はあ……でもま、これで良かったんだよね、“私”?」
“私”は間違わなかったよね。
今度はしっかり送り出せたよね。
きっと、勝てるよね。
……いや、いらない心配はよそうかな。ひとまず“私”の出番は終わった。
響輝君は既に“偽”を恐怖していない。“私”はもう存在出来ない。
生きてね。きっと、ずっと。
身体は本来の、居ないモノとして、存在してはならないモノとなり、理のままに消えるのみ。
遊園地だった空間が、剥がれるように壊れていく。
もう、時間か。長かったようで、短かったようで……。
そう、最後の時を迎えようとした時だった。
『……駄目だなぁ、全然駄目だ、勝手にオイラのシナリオを改変しないでおくれよ。オイラを怒らせちゃ、不味いと思うんだけどなぁ?』
「!!」
声が響き、そして……、全てが闇に包まれた。