そして偽少女は身を委ねる …3
四体となった“黒蜘蛛”どもが牽制するかのように、ある一定の範囲をぐるぐると回り続ける。
その中心にいる俺は、それらをどうにか眼で追う。眼球が疲労しすぎてドライアイにでもなってしまいそうだが、一度でも眼を閉じたらこの四体に袋叩きならぬ袋切り裂きに遭ってしまう。
このままでは埒が明かない。
そう考え、足元にあったアスファルトの欠片を、飛び交い続ける紅い奇跡の中に蹴り飛ばす。
かなりの速度で動いていた“黒蜘蛛”は、それにも関わらず軌道を修正してそれを避ける。
……だが、威嚇のつもりで欠片を飛ばしたわけではない。
軌道を修正する一瞬の減速を狙い、一気に踏み込んでナイフを横振りする。
空中にあった“黒蜘蛛”の内の二体が切り裂かれ、遺骸が地面に落ちる。
「立て直させるかッ!」
続いて振り返り、残りの二体を、足とナイフで叩き潰した。
足元で四体の遺骸が空中に霧散していく。
振り返って今一度見た“偽”の顔には、まだ微笑みが浮かんでいた。
「驚いた。驚いたよ、響輝君。まさか六体の“黒蜘蛛”を、あっさり斃しちゃうなんて」
御託はいい。さっさと俺をこの空間から解放しろ。
「まだ駄目。まだ足りない。次は……、“抉り出し”!」
そんな物騒な台詞と同時に、“偽”の背後の空間がぐにゃりと歪む。
そこから、酷く重い空気が漂ってきたと感じた刹那。
「ッ!?」
車にぶつかったかの様な勢いで、身体が、吹っ飛ばされた。
「ぐッ……」
後方にあったポップコーン製造機に背中が激突し、うつ伏せに倒れこむ。
衝撃で一瞬息ができなくなり、口の中に血の味が広がった。
息を整えながら、潤む視界を“偽”の方に向ける。
「ねえ、知ってる? 狼男のモデルってさ、実際に人間の味を覚えた巨狼なんだって。戦場に埋められた兵士の遺体を掘り返して食べちゃったんだね」
そう言いながら“偽”が撫でているのは、“支配者”の“狗”の三倍はあろうかという巨躯で、
真っ赤な毛並みをたなびかせながらこちらを見下ろす、“狼”だった。
「……ね、仮に“狼男”なるものが実在しようとしまいと、恐いことには変わりないよね。よくできた怪異譚だと思わない?」
そう言い、“偽”が楽しげに微笑む。
その問いに答えず、立ち上がった俺は、ナイフを握り直した。
そして、そのまま“偽”の方に駆け出す。
……が、一歩踏み出した途端、一瞬視界に“狼”の赤い毛並みが映り、次の瞬間には、俺の身体は再び宙を舞っていた。