そして偽少女は身を委ねる …2
「響輝君はまだ強くない。どれだけ建前を取り繕っても、心だけは、ただ生きているだけでは“恐鬼”を退けるほどに成長することはないの」
“偽”が聞いてもいないのに余裕の表情を浮かべながら語り始める。
だがそんな話を聞いている場合ではない。
薄闇の中、俺の周りを円を描くようにいくつもの紅い軌跡が動いて行く。
おそらく、最初に“黒蜘蛛”遭った頃なら、俺は何もできずに死んでいたことだろう。
……だが、何故だろう。不思議と、恐くはなかった。
死ぬのが怖くない、というわけではない。ここで殺されるのはまっぴらごめんだ。
怖いものは確かに怖いのに……、何故かこの状況に恐怖を感じることはできなかった。
バタフライナイフを黒い塵になって霧散していく“黒蜘蛛”から抜き、片手で逆手に握る。
……“黒蜘蛛”達の行動に規則があるわけではない。だが、この化け物共がまだ攻撃のタイミングを伺っていることは理解できた。
しばらく、“黒蜘蛛”どもと硬直状態が続く。
「つまらないよ、響輝君。もっと熱くならな……きゃ!」
そう叫びながら、“偽”が上に挙げていた右腕を振り下ろした。
と、同時に、周りを飛び交っている紅い軌跡の内の一つが揺らぐ。
「……そこだッ!」
視界に映っていた軌跡が揺らいだ、ということは、今まで俺から見て左右に飛び交っていた“黒蜘蛛”が進行方向を変えたということだ。
従って、揺らいだ方向に向かって刃を突き出せば……!
「……へえ」
“偽”が愉快そうに声を漏らした。驚いたわけではないらしい。
突き出したナイフには先ほどと同じく、前脚を突き出した姿勢のまま、“黒蜘蛛”が頭部から突き刺さっていた。
それが乱闘開始の合図となり、残り五体となった“黒蜘蛛”どもが、それぞれ違う方向から俺に攻撃を開始する。
ナイフを構え直しながら、ふと、最初に会った時に鈴が言っていた言葉を思い出した。
――『空中に飛び上がるのは、敵に料理してくれと言っているのと、同義です』。
紅い軌跡の動きを頼りに、再び右腕を振り上げる。
同時に、丁度こちらの懐に飛び込んで来ていた“黒蜘蛛”が一体、身体を分断されて地面に落ちた。
その遺骸が黒い塵になって空中に霧散していくのを確認し、続いて、横から飛びかかってきたもう一体を蹴り上げる。
……あと、四体。